表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/33

第24話 共に在るために選ぶ

「書類に目を通すから、待っていてくれ」

「はい」


 受け取ったリオネルは真剣な表情で、同意書と共にあった書類に目を通していく。

 エレオノーラも指摘があったら説得できるように、書類には何度も目を通した。どんなに書物で学んでも、実際に討伐作戦に赴く騎士であるリオネルの言葉には敵わないかもしれない。

 それでも今回だけは、他人任せにして待っているだけになどしたくなかった。


「君も、この書類には目を通したのかい?」

「はい、すべて読みました」

「活動範囲の制限に関しては?」

「後方支援に限られますが、私は癒しの術が使えるので緊急時にはその限りはないと考えています」


 エレオノーラは、リオネルから目を逸らさず答えた。

 行く理由はリオネルだとしても、実際の役目は騎士の補助となる。治療やそれ以外にもやるべきことはあるだろうし、絶対安全だなんて思っていない。


「他にも術師は同行する、緊急時とはよほどだろうな」

「それでも、あり得ることだと思っています」


 同行を認めて欲しいと説得しなければならないのに、これでは逆だ。しかしなにも分からずに大丈夫だからと答えるわけにはいかない。好奇心で着いていくわけではないのだ。

 状況によっては、リオネルとエレオノーラの今後に深く関わってくるし、そのための作戦でもある。


「想定外や緊急時の可能性があるからこそ、同意書が必要なのでしょう」

「……そうだな」


 そこで二人の間に沈黙が流れた。リオネルはじっと書類を眺めて悩んでいる。

 身を案じている心はとても伝わってくるから、だからこそエレオノーラは説得を始めた。

 心配なのはこちらだって同じ、だからこそ出来る限りのことをしたい。


「リオネル様が若返った時に、治癒の術を掛けたのは私です。だからリオネル様が元に戻るために作戦に出るというのなら、その時だって見届けたいんです」


 責任を感じているというのとも少し違う。ただ近くにいたい。エレオノーラはリオネルに好意を感じ始めている。だからこそ見届け、さらに先へと繋げるべきだし、なによりそうしたい。

 リオネルが戻らないというのなら、必要ないだろう。しかし目の前にいる彼は、様々な今を知っても戻ることを選ぼうとしている。

 ならばエレオノーラは一緒に進みたい。今更ながらだが、リオネル・ハルザートのことが知りたいし好きになりたいから。


 そこまできちんと伝えるべきだろう。しかしそれを現状のリオネルに伝えるのは酷なことなのではないか。そうも思えるから口を引き結んでしまう。

 すると今度は、リオネルがゆっくり喋り始めた。


「心の中には、このままでいいじゃないかと思う俺がいる、今のままでエレオノーラと少しずつ理解しあって、夫婦として距離を近くしていけばいいだろうと囁く」


 そう考えるのは不自然ではない。

 戻ると簡単に言っても前例はないから誰も結果を知らない。当人であるリオネルには、不安や恐怖があるに決まっている。


「ただエレオノーラとずっと一緒に生きるためには、いつまでもこの不安定な状態でいるわけにはいかない」


 まったくどこもかしこも矛盾している……。

 そう呟いて微かに笑みを浮かべた。

 いつも頑なで誰よりも背を正し常に強くある、エレオノーラの中でずっとそんな印象があった彼が見せたほんの少しの弱気だ。


 エレオノーラは一歩前に出てリオネルに近付くと、彼の手を取った。


「どうかお傍にいさせてください」

「エレオノーラ?」

「経緯がどうであれ、離れることはいつでもできました。それでもここにいた私は、これからもリオネル様のお傍にいたいと思います」


 リオネルは驚いたような表情で此方を見ている。

 エレオノーラが祈りを込めるように笑顔を浮かべると、触れていた指先が握り返すように動く。見開いていた彼の瞳はゆっりと弧を描き、柔らかに笑みを作った。


「ありがとう」

「はい」


 それからリオネルは机に向かうと、エレオノーラが持ち込んだ同意書にもう一度しっかり目を通してから、その最後の欄に署名した。

 書類を綺麗に揃えて控えの部分だけを取り出し、提出用をエレオノーラへと戻す。


「はい、これでいいだろう、署名をしたよ」

「あ、ありがとうございます」


 あまりにもあっさり同意の署名が貰えたので、エレオノーラのほうが戸惑ってしまう。あれこれ考えていた説得の言葉は大半が使われず拍子抜けしている。

 そんな表情はとても分かりやすかったのだろう。

 リオネルは口元を引き上げ、なんだか楽しそうに此方を見ている。

 楽しそうな表情につられて、思わず少しだけ正直に言葉に出す。


「もっと怖い顔で駄目だと言われると思っていました」

「だろうね、正直まだそうするべきか悩んでいるところもあるんだ」

「ならばどうして署名してくださったのでしょうか」

「エレオノーラは行きたいと、傍にいたいと思ってくれただろう、その気持ちはなによりも必要なもので守りたいからかな」


 エレオノーラ自身もまだはっきりと判断がついていない感情だ。だけどリオネルはそれがとても大切だと思ってくれている。

 ならばこの胸の奥の温かさをエレオノーラ自身も大切にしよう。

 しっかりと心に決めると、受け取った書類をしっかりと抱え直した。


「エレオノーラ、どうかリオネルに機会をくれないか」

「機会、ですか?」


 突然言われたことがよく分からなくて思わず聞き返す。敢えてリオネルという呼び方をしたところに要点があるのだろう。


「俺が、リオネルが戻るということは、今あるこの出来事を覚えていないかもしれない、そうなればまた君に冷たい仕打ちをするかもしれない」

「……はい」


 それは可能性として心の中にあった。

 ただ何故か今のエレオノーラは、目の前にいる若いリオネルと本来の夫であるリオネルを全くの別人と考えていない。どちらのリオネルも否定したくないし、そう思えるくらいに今はエレオノーラの中にリオネルへの想いがあるからだ。


「ただリオネルが戻ってしまうとしても、俺が君に与えた影響はなくならないだろう」

「私も、そう思っています」

「都合のいいことを言うけれど、俺のことをよろしく頼む」


 悲観した考えかたをしたくないから、エレオノーラは笑顔で答える。


「はいっ、お任せください」


 リオネルが戻ったとしても、これからの夫婦の関係は変わっていくという根拠のない自信がある。

 むしろあの冷たい淡い青の瞳をどう攻めようと考えてしまうくらいだ。


 エレオノーラがしっかり頷くと、リオネルはひとつの手紙らしきものを机の中から出して差し出した。

 リオネル・ハルザートと署名のある手紙は、しっかりと封がしてある。


「これはなんでしょうか?」

「俺が元の年齢に戻った時に、君の手で俺に渡して欲しい」

「リオネル様からリオネル様への手紙、ですか」

「そうだ、エレオノーラの手で渡すのが最善だと思っている」


 討伐作戦が決まってから書いたものだろうか、受け取った封書は見た目以上に重たく感じる。

 しっかり封がされているし、なにが書いてあるかは聞かないことに決めた。


「俺は俺自身とエレオノーラを信じているが、出来ることはなんでもしたいんだ」


「わかりました、必ず渡します」


 エレオノーラがしっかりと頷くと、リオネルは楽しそうに瞳を動かした。


「俺は本来のリオネルがどんな態度を君に取っていたかわからないが、恥ずかしさに気が狂うくらいエレオノーラへの愛を綴っておいた」

「えっ!」


 思わず受け取った封筒を落としそうになる。封書の重みがさらにずっしりと増したような気がした。


「筆跡も俺のものだし、まあそれなりに効果はあるだろう」


 にっこりと笑顔を浮かべているリオネルが、どこまで本気でなにを綴ったのかはわからない。

 とりあえずエレオノーラはこくこくと頷いて手紙を大切に抱えた。

 手紙なども用意していたところからして、リオネルの心中ではかなり整理が付いているのだろう。


「さて、出来ることは済んだし夕食にしようか」

「はい」


 リオネルはそう告げると立ち上がり、書斎の扉のほうへ歩いて行く。

 背中を眺めながらゆっくりと深呼吸をしていると、扉の把手に手をかけたリオネルが振り返って呼ぶ。


「エレオノーラ? どうしたんだい、さあ行こう」

「はい、いま行きますっ」


 エレオノーラは思う。


 これから先にどうなったとしても、この強くて想いに溢れた人を失いたくない。

 そのためにも、エレオノーラはリオネルの妻で在りたいのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ