第22話 希望はいまだ空高く
「まあ確かに、俺が飛べたとしても相手は飛竜だからな。空でやり合うのは分が悪い、当然地上に降りてきてもらうさ」
「誘き寄せるということになるのでしょうか?」
「うーん、たぶん?」
リオネルはそこで曖昧に頷いた。実際に討伐作戦が動き始めたわけでもないし、副団長職から離れているリオネルではそこまで分からないらしい。
本当に大丈夫だろうかと思ってしまう。頼もしかった先ほどまでの笑顔はどこにいってしまったのだろうか。
こほんと咳払いをひとつしてからアンリが言葉を挟む。
「僕の範疇外ですが、やるならば南の平原に魔術で射落とすことになるでしょうね」
「魔術で射落とす……」
「その上で、両翼と身体それぞれに対峙するよう、部隊分けして戦うことになるだろうな」
「なるほど、また上空に逃げられないようにするということが肝心なのですね」
「そうなりますね」
リオネルとアンリが簡単に説明をしてくれる。飛竜の大きさがどのくらいかは分からないが、今まで問題になっていて対処出来ていないということは、射落とすのもそれなりに大変なのだろう。
「まあどのみち、季節が変わって王都の上を飛ばれる前には対処しなきゃいけないやつだしな」
「季節が変わるとなんの問題が?」
「飛竜と言っても魔獣の一種です。核に穢れを含んでいるので、季節が変わって雨が増えるとその穢れが雨に混ざる可能性が増えるんです」
飛竜自体に討伐するべき理由があることはわかったが、それでも大きな作戦になることは確かだろう。まだなにも始まっていないのに、なんだか緊張してきて肩に力が入ってしまう。
「細かい作戦は、討伐が決まれば立つんだろう」
「そうですね」
リオネルの身体についてが絡んでいるけれど、この場で討伐が決まるわけではない。他の騎士や討伐に関わる者に危険が及ぶ作戦ならば、入念に打ち合わせる必要だってある。
それでもリオネルは騎士団への確認が必要だと思ったのだろう。
「エレオノーラ、すまないが俺はもういちど騎士団へ顔を出してくる」
「わかりました」
「帰りは遅いかもしれない、すまないが屋敷のことは君とロベルトに任せる」
「はい、お気をつけてください」
もう日は傾き始めている時間だったが、リオネルは話が終わるとそのまま急ぎ騎士団へと戻っていった。
まだ仕事を終わる時間には早く、エレオノーラは通常通り治癒の仕事をして過ごした。だがあの魔獣討伐以降、大きな怪我人などは運び込まれていない。
手空きになった時を見計らって、エレオノーラはアンリに声を掛けた。
「アンリさん、少し時間を貰えますか?」
「どうしましたエレオノーラ、もしかして先ほどのリオネルさんに関しての話ですか?」
「はい」
リオネルの治療のために、飛龍の討伐作戦を行うかもしれない。さっきその話を聞いてから考えていたことがある。
「討伐作戦になったら、中央治癒院からも治癒の術師を派遣するのでしょうか?」
「いいえ、これは過去の討伐とも同じことなのですが、現地での治癒は魔術院や騎士団付きの者が担当することになります」
「そうですか」
中央治癒院はあくまで、王都郊外の施設として重要な治癒にあたる研究施設でもある。そのため、討伐作戦などの現地同行に関しては専門外で、治癒の使い手もはっきりと担当分けされていた。
エレオノーラだって騎士団に同行などしたことはないし、他の者がそういう任務に当たるという話も聞いたことはない。
だが、今回だけはなんとか我儘になってしまったとしても通したい。
「あの、今回リオネル様の状況は特別だと多います、ですから私はあの時治癒に当たった術師として討伐作戦に同行したいんです」
取ってつけたような理由に聞こえるし実際そうなのだが、エレオノーラは駄目だと言われるのを覚悟してアンリに申し出た。
まだ作戦だって決まっていないが、今から頼めば部隊に編成してもらえるかもしれない。
アンリもエレオノーラが言い出すことは、ある程度予想していたのだろう。苦笑混じりの表情で答えた。
「エレオノーラが強く希望をするなら、推薦状を書くことも可能です」
「本当ですか、アンリさん!」
リオネルが飛竜の討伐に出るならば、出来れば彼に近いところで治癒にあたりたい。それをリオネル本人に言えば、危険だと止められるかもしれないとは思っている。
それにいくら治癒の術が使えるといっても、慣れないのに作戦に加われば足を引っ張ることになるかもしれない。
アンリも黙っていることは出来なかったが、エレオノーラを討伐作戦に推薦することには、あまり気が進まないようだ。表情からしてそうだと見て取れる。
しかしエレオノーラは諦めきれなかった。
「たとえ後衛での待機だとしても、リオネルさんは望まないと思いますよ」
「それでも私は、リオネル様が穢れを浴びると分かっているのに、ここでただ彼が運び込まれるのを待っているなんて嫌なんです」
これはリオネルのためではなく、エレオノーラの勝手だ。
推薦状を書いてもらっても、なにしろ経験がないので不適格として同行を拒まれる可能性だってある。討伐作戦が決まれば、なにより重要になるのは飛竜を討伐することなのだから。
「どうかお願いします」
「分かりました、希望としては受け付けます」
「ありがとうございます!」
表情を綻ばせて礼を言うと、アンリは苦笑を浮かべた。
「まだ決まっていませんよ、それに貴方を討伐に派遣するには推薦状とは別に、こちらの書面が必要です」
「家族の、同意書?」
アンリが差し出した書類は、既婚者や若年者などに必要な家族同意書だった。
「今回は大型の魔獣討伐になります、後方支援といえど取り決まりなので、緊急時の連絡なども含め同意を得ておく必要があります」
騎士や冒険者など、元々危険が伴う職種で同行する者はいちいち申請など必要ない。しかし中央治癒院などの協力施設から人員を出す場合は別なのだ。それが既婚者であれば、なおのことである。
書類の意図は良く分かったが、家族という括りにエレオノーラは戸惑っていた。
「あの、家族というのは、私は……」
「はい、エレオノーラの場合は、夫であるリオネルさんの署名が必要です」
若くなっているが、同意を取るべき夫であることは変わらない。アンリは書面の一番下をわざわざ指で示す。
思わずエレオノーラ眉尻が下がった。
「あの、これ必ず必要なのでしょうか」
「当日ちゃっかり紛れている、もう連れて行くしかない。そんな展開にはなりませんから、きちんと話をしてきてください」
思っていたことをずばり言われてしまい、さらに眉と肩が下がる。
「わかりました、署名を貰ってきます」
それからアンリがエレオノーラの前に積んだのは、推薦状ではなく魔獣討伐に関する手引き書などだった。騎士の基本配置からそれぞれの役割、兵法の基礎、さらに魔術師に関しても、それぞれの魔術基礎など様々だった。
どうやらこの流れを予感していて、最低限の数冊を用意してくれたらしい。
「このくらいは覚えていたほうが良いという程度です。まだ作戦までは時間がありますし、少しでも覚えてください」
「は、はい、勉強しておきます」
エレオノーラは、書面とアンリから受け取った数冊の書物を抱えて屋敷に帰った。
その日、いつもの帰宅時間となってもリオネルは帰ってこなかった。
一人で夕食を済ませたあとも、帰宅を待っていたが気配はまったくない。エレオノーラは、アンリから借りた書物で勉強をしながら、いつの間にか眠ってしまっていた。




