第21話 若返りの対処方法
「魔術院の研究部が今回のリオネルさんの件について対処方法を突き止めました」
アンリの言葉に、思わず椅子に下ろしたばかりの腰が浮きそうになる。しかしアンリの言いかたが、対処方法と限定していることが気になった。
「残念ながら、原因に関しては確証が得られていません」
「原因が分からないのに、治しかただけわかったのか?」
リオネルは首を傾げてアンリを見ている。
二人の向かい側の席に座ったアンリは、両手を机の上で組むような姿勢をとると、今回分かったことの説明を始めた。
「そうです、原因に関しては、おそらく穢れを帯びた際にリオネルさん自身に自己防衛のような現象が起きたと診ています」
「確かに、こうなった最初の頃からそんな感じの見立てだったな」
「対処方法を説明するために、まずはそこをもう少し詳しく話しましょう」
リオネルが頷くと、アンリはそれではと言って咳払いをすると話を始めた。
「リオネルさんは、元々持ち合わせていた魔力をそのまま魔術として使用するのではなく、体力や筋力へ割り当てていました」
「確かにそうだ、俺も出来ないことはない。だが以前と魔力量にかなりの差があって、それが技量差に直結している」
エレオノーラは、リオネルが実際に戦っているところを見たことがない。中央治癒院に来るときは他の騎士の見舞いなどが多かったので、とても強いのだろうと思っていただけだった。魔術を使うという話も聞いたことがなかったが、そんな魔力の使い方をしていたのかと今更ながら感心する。
「本来は筋力や体力にのみ作用するはずの魔力が、穢れから身を守るために身体を強引に若返らせているという状態です」
「そんなことが、可能なのですか?」
可能だからこそリオネルは実際若返っている。しかしそんな話聞いたことがなさすぎて、思わずエレオノーラは口を挟んでしまった。
「本来こういう状態に持っていくためには、とてつもなく膨大な魔力が必要になります」
「ん? 確かに俺も強かったとは聞いたが、そこまで魔力に卓越していた訳ではないと思うぞ」
そういえばとエレオノーラは思い出す。結婚当時、四日掛けて騎士団の猛者を模擬戦で倒してみせたという話を聞いたばかりだ。確かにリオネルの実力は、騎士団の中でも指折りなのだろう。
リオネルの魔力でないならば。順序立てて考えていくと、エレオノーラにもなんとなくだがとある推測が出来た。
「もしかして魔獣の穢れの力が、その膨大な魔力の代わりをしているのでしょうか?」
「そうです、穢れと言っても、実際は人に適応しないというだけで魔力の一種です」
アンリは神妙な顔で頷く。確かにリオネルたちが討伐した魔獣は、かなり大型だったと聞いている。リオネルが運び込まれた時も、青紫の炎のような強い穢れを浴びていた。
その時のことは覚えていないのだろう。リオネルは自分の両手を眺めている。
「しかし、あれから何度か検査はしたが、体内に穢れなど残っていなかったろう?」
「強引に治癒の術を掛け続けたため、リオネル様の身体を若返った状態で定着させてしまったのかもしれないんです」
そうだろうと確かめるようにアンリを見ると、神妙な表情で頷く。
「実際に行おうとすれば、若返る前に穢れを浴びた身体のほうがもちません。おそらくリオネルさんだからこそ、偶然が重なってそうなったという見立てです」
原因はもっと曖昧で分かっていないと思っていたが、かなり調べられていたようだ。
あの時のエレオノーラは、リオネルに助かって欲しかった。治癒の術を掛けなければリオネルは助からなかったのに。それが原因だというのだ。
そしてそうなると、エレオノーラには嫌な予感ばかりを感じてしまう。
リオネルのほうはだいぶ落ち着いた様子で、視線だけをアンリへ向けた。
「それで、対処方法はどうしたらいい?」
「若返った時と同じことをする、というのが魔術院の研究部からの結論です」
「もう一度、同等クラスの魔獣を倒すということか」
「そんなのっ、あまりにもリオネル様が危険すぎます!」
エレオノーラは机を叩くような勢いで、握った拳を上下に動かして抗議した。
運び込まれた時でさえあんなに苦しそうにしていたのに、今度は助からないかもしれないではないか。しかもそれはおそらく、確実とは言えない方法だ。
「嫌です、私は嫌です!」
そんな危険な賭けのような真似は認められない。エレオノーラは、唇を引き結んで必死に首を左右に振った。
しかし顎に手を当てて考えていたリオネルは、一度目を閉じてからゆっくりと開きエレオノーラを見た。淡い青の瞳はとても澄んで落ち着き過ぎているくらいで、なんだか怖くなる。
「エレオノーラ、このままで良いわけがない、それは君が誰よりも思うことだろう」
「でも……、はい」
確かにこのままではずっと若い状態のままなのか、ここからあらためて老いていくのかもわからない。それに、実年齢のリオネルを否定したいわけではない。
エレオノーラが頷くと、リオネルはあらためてアンリを向いた。
「俺は覚えていないが、現場にいた騎士から聞いた話では、魔獣の核に剣を突き立てたところで青紫の炎に包まれたと聞いている」
「魔獣の核が、同等クラスの魔力を帯びていればあるいは、というところでしょう」
「そんな規模の魔獣が、都合良く現れてくれるものでもないな」
確かにそうだ。魔獣が王都に近づけば騎士団の討伐対象になる。だが今までのリオネルだとて、そこまで頻繁に討伐に出向いているわけではない。
その点についても、すでに検査をしていた魔術院やアンリで話題になったらしい。
「一応、騎士団と魔術院では、飛竜あたりを狙ってみるのも手かという案が出ています」
「確かに最近、王都の上をブンブン飛び回っているやつがいて、騎士団でも討伐案件として上がっているらしいんだが……」
わずかに考え込むような仕草をしてからリオネルが答えると、アンリは頷く。
「ですから、ついでに討伐してしまおうという案が出ているのでしょう」
「それは一体、どっちがついでだか」
リオネルとアンリは苦笑を浮かべているが、エレオノーラにはそんな簡単に笑えるような相手には思えない。飛竜、という呼び名だけでも聞き慣れなく、畏怖を抱く。
実際エレオノーラはその飛竜という存在を見たことがなかった。そもそも騎士団が討伐している魔獣でさえも、出会ったことがない。
あまりに想像がつかなくて、つい当たり前のことを尋ねてしまう。
「飛竜って、飛んでいるのではないですか?」
「なにしろ飛竜だからな」
危険なのではないのか。本当はそう尋ねたかったのだが、それが騎士としてのリオネルの務めだ。
そう考えると、エレオノーラはなにも知らない。リオネルが日々どれだけ訓練をして、どんな脅威から国や王都、それからエレオノーラたちを守ってくれているのか。
引き止める資格などない。それでも不安が拭えない表情のままリオネルを見る。
リオネルは、おどけた楽しそうな表情を浮かべていた。
「俺は飛べないぞ」
「それくらい、知っています」
思わずエレオノーラは頬を膨らませてリオネルを睨む。いくら彼のことを知らないといっても、飛べるかどうかくらいはわかる。
しかし彼はなぜか、笑いながらエレオノーラを見ていた。
こんなに心配しているのに、笑っているなんてどういうつもりだろう。
「エレオノーラ」
「なんでしょうか」
拗ねるような上目遣いの視線でリオネルを見ると、思ったより近くに綺麗な淡い青の瞳があった。こちらを見ている瞳はとても優しく温かい。
「俺だけが特別だということはないし、これも騎士としての務めだ」
「はい」
淡い青の瞳は真っ直ぐに見つめている。これからあとどれくらい、彼はこのようにエレオノーラを見つめてくれるのだろうか。
湧き上がる不安を考えないようにすることしか出来なくて、こくりと頷く。




