第20話 俺が好きなのだから
「リオネル様は、私を否定せずただ側にいてくれた、そんな存在だったのでしょう」
分からない。それは確かなことなのだが、エレオノーラも知ろうとしなかったのかもしれない。この酒場に来て一晩中一緒にいてくれたリオネルのことを振り返ると、そう思えてくる。
「正直俺も、年上の自分と聞かされてもいまだにぴんとこない。騎士団でも、なんだかんだ比べられるしな」
そこで言葉を区切ったリオネルは、なんだか楽しそうな表情でエレオノーラを見た。
「ただ、これだけは確かに分かると言えることがひとつある」
「今のリオネル様に分かること、ですか?」
いったいなんだろう。それはエレオノーラの答えにもなることなのだろうか。首を傾げたところで、笑みを浮かべたまま告げられる。
「君の夫であるリオネル・ハルザートは、妻であるエレオノーラのことを好いている」
「えっ!」
「何故なら、俺が君を、愛しているからだ。俺がこんなに好きなのに、同じリオネルが君を嫌っているわけがない」
「そっ」
そんなこと理由になっていない。そう言おうと思ったのにうまく言葉が出ない。
かつての十六歳も年上だった頃のリオネルより、ずっと感情が分かりやすい今の彼は、エレオノーラにも好意的に接してくれていた。
それにしたって理屈がめちゃくちゃだし、こんな場所で告げることではない。
エレオノーラの頬はどんどん火照っていく。
「はーい、ご両人いいところだが邪魔するよ、定食二つ、温かいうちに食べな」
まるで機会を狙ったかのように酒場の女性店員が、木の盆に乗せられた定食を二つ勢いよく机に置いた。
肉を濃い味付けで炒めたらしいものに、茹でた芋がついている。それから野菜がとろとろに煮込まれたスープにパン。小さな酒場が出している定食にしてはかなり良いものだ。
「うん、美味そうな匂いはしていたが、これは思った以上だな」
リオネルは定食をじっと見ているが、エレオノーラはそれどころじゃなかった。押し寄せた展開は頭の中で処理しきれず、目を丸く見開いたまま動けずにいる。
「エレオノーラ? 考えることは後にしよう、温かいうちに食べてしまったほうがいい」
「わかっています」
考えられなくしているのはリオネルなのに、言いっ放しなのだから本当にずるい。そう思って拗ねたような上目の視線で見ると、匙を掴んだリオネルはにっこりと笑った。
落ち着いたばかりの頬がまた火照っていくような心地がする。
「いただきましょう!」
やけだとばかりに勢いよく告げると、エレオノーラも匙を掴んだ。
食欲を唆る匂いがするとおり、温かな定食は美味しかった。上品な料理店というわけではないが、この店らしい味付けがしてある。やはりあの男たちと夜通し喋って飲んだ晩に食べた料理と、なんとなく味付けが似ていた。
「確かに料理は美味い、だがエレオノーラ、これはしっかり約束してくれ」
「なんでしょうか?」
「決して一人では来ないこと、いいな」
「約束します」
素直に頷くとリオネルはパンをちぎりながら、半眼でエレオノーラを見た。指の中のパンがどんどん小さくなっていくのだが、それは大丈夫だろうかと心配になる。
「かと言って他の誰かと来るなんてことも、俺としては許せないからな」
「そんな人いませんし」
ちぎったパンを次々と口の中に放り込み、そこへさらに肉料理も含んでゆっくり噛む。リオネルは、それらを全て飲み込み終わってからまた口を開いた。
「そう思っているのは、エレオノーラだけだろう」
「どういうことですか?」
しっかり煮込まれたスープは、薄味だがとても美味しい。にんじんも柔らかく似てあるし、なにより小さく切ってあるので、リオネルだって問題なく食べられる。
エレオノーラは、匙を下ろして首を傾げた。
「……君が結婚した時、騎士団にもエレオノーラを密かに想っていた者が多かったらしい」
「えっ?」
「中央治癒院のエレオノーラ嬢といえば、騎士の間でも憧れだと」
エレオノーラは初めて聞く話に、そんなことはないと首を横に振った。
治癒の術が使えたので、勤めには行っていたが常勤ではない。そのためエレオノーラは
、担当の騎士や患者がいるということもなかった。
結婚してからもリオネルはなにも言わなかったのでそれは変わらないはずだ。
「そんな話、知りませんっ、いつ誰から聞いたんですか!」
問題なく食べられる、と思ったのはどうやらエレオノーラだけのようだ。リオネルは、小さなにんじんを恨めしそうに匙の先で転がしている。
にんじんが恨めしいことに加え、その話題もなんとなく面白くなく思うのだろう。
「リオネル・ハルザートと結婚するという話が出た時、騎士団でも納得できないと言い出す者がいたそうだ。そんな騎士の全てをリオネルは模擬戦で打ち倒して見せたらしい」
「打ち倒して、見せた? リオネル様がですか」
「不満を言う者が多過ぎて、全ての相手をするのに四日ほど掛かったそうだ」
いつそんな機会を設けていたのだろう。なにせリオネルは毎日淡々とした様子だったし、なによりエレオノーラが朝起きた時にはもう仕事に行っていた。
結婚した当初から、彼はそんな調子だったのだ。
「そんな話は、初めて聞きました」
「当時、二日目に瞬く間すらなく倒されたというデリックから、さっき聞き出した」
ならば本当にあったのだろう。デリックは脱力しそうな喋りかたと独特な佇まいではあるが、リオネルが連絡役に据えていたくらいなので、騎士として有能で嘘はつかない。
しかしそうなると、デリックたちもエレオノーラにそのことを黙っていたということだ。負けたから話せなかったのだろうか。
リオネルは転がしていたにんじんを少しずつ口に入れ始めた。噛まずに飲み込んでいるのがエレオノーラとしては気になるが、小さいし柔らかく煮てあるのでまあ大丈夫だろう。
結局にんじんは、果実水で強引に流し込むことにしたらしい。喉を動かして全てを飲み終えると杯を置く。
そうしてすべてのにんじんを食べ終えると、息を大きく吐いた。
「それだけのことをやってのける腕と意志には、心の底から悔しくなる。でもそれは、君のことをそれくらい想っているという証拠に他ならないんだ」
「リオネル様……」
ここでかつてのリオネルのことを信じてみようと、会えたら話をしてみようと考えることはできるだろう。しかしそれは同時に、今目の前にいる若いリオネルを否定してしまうことになるのではないか。そんな風に考えてしまうと、エレオノーラはどうにも答えが出せない。
ただ考えるように杯の中の果実水を眺めているリオネルの表情には、もうひとりの彼である年上の夫リオネルの姿が重なって見えたような気がした。
***
リオネルとエレオノーラは、昼食を終えたところで中央治癒院に戻った。
午後には検査だといっても、特にリオネルの状況が変わるわけでもないし、出来ることといっても限られている。
そう考えていたのだが、その日はどうやら違うらしい。
あらかじめ決まっていた検査が済むと、リオネルとエレオノーラは中央治癒院のアンリに呼び出された。
「リオネルさん、それからエレオノーラ、大変お待たせしました」
「というと、原因と治しかたが分かったのか?」
座るように促されて二人が腰掛けるなり、アンリは話の本題を切り出した。
思わずリオネルとエレオノーラは、顔を見合わせる。




