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第18話 優しい声

 顔を紅くしたまま困っていると、そんな態度もどこか予想していたのだろう。リオネルは、どこか申し訳なさそうな表情をしていた。


「君を困らせている自覚はある。今後、俺の身体はどうなるかも分からない。でもだからこそ、伝えておきたかったんだ」

「リオネル様……」

「自己満足で困らせて本当にすまない」

「いえ、ありがとう、ございます」


 今後どうなるか分からない。という言葉に一瞬どきりと緊張を感じた。戻るにしろ戻らないにしろ、これ以上彼の身体に負担が掛かるようなことになって欲しくない。

 それだけはエレオノーラも祈っている。


 きちんと想いを伝えてくれるリオネルには、かつてはない甘い優しさを感じる。


「君の心は、今でも幾分かはかつてのリオネル・ハルザートのところにある。それはとても悔しく思うし、それと同時に喜びも感じている、手を振り払われて嬉しいのだから、本当に俺は勝手な男だ」


 手を振り払ったことは意に留めていない。というより逆にいいように思われているようで、ますますエレオノーラはどうしたらいいのか分からなくなった。


「リオネル様はずるいです」

「エレオノーラが可愛いからさ」

「かわっ……」


 ようやく収まってきた赤面と鼓動が、またぶり返してきそうだった。


 リオネルは、優しげに笑いながら、嬉しそうにエレオノーラを見ている。そんな視線も慣れなくて、思わずふいと視線をそらす。


「初めて言われたような顔だな」

「そんなこと、初めて言われました!」

「そうなのか? それは本当に勿体ないことだ」


 優しい声に、きゅうと心が締め付けられるような心地がする。いつまでも続いてほしいなどと思ってはいけないのに。そう考えるのが辛かった。



***



「なあロベルト」

「なんでしょうか、旦那様」


 朝食の茶にミルクを注いでいたロベルトは、流れるように返事をする。

 リオネルは朝食中も、心ここに在らずといった雰囲気でなにかを考え込んでいる様子だった。さらに言えば、昨日帰宅してからずっとなにかを考え込んでいる。


「南東の部屋が空いているだろう、日当たりもいいしエレオノーラの部屋にはあちらのがいいと思うんだが」

「……なんとおっしゃいましたか」


 突然のことに、エレオノーラもぱちくりと目を瞬かせて視線を上げる。確かめるよう、ほんの一瞬だけロベルトの視線が動く。だが気のせいだったかと思うくらい一瞬のことで、すぐにまた戻った。

 リオネルは気がついていないのか、朝らしい爽やかな佇まいでさらに繰り返す。


「だから、エレオノーラの部屋を変えたいと思うんだ」

「意味がわかりません、もう一度、お願いします」

「お前、聞こえているし意味もわかっているのに聞き返しているだろう。俺はエレオノーラの部屋を南東の部屋に移動したい!」


 エレオノーラは朝食用のハーブティーを飲みながら、二人の会話をハラハラとした心地で聞いていた。

 ちなみに当人であるエレオノーラの意志などは、置き去りのようだ。別に部屋替えを希望していないという意味では、聞こえない振りをしているロベルトを応援したい。


 ロベルトはカップにミルクを注ぎ終えると、慣れた仕草でそれをリオネルへと戻す。

 そうしてぴんと背を正して執事らしく立つ。


「ならば答えさせてもらいます」

「ああ」

「調子に乗るなクソガキ」


「ッ!」


 ロベルトがそんな物言いをすることなど初めて聞いた。聞いていたエレオノーラのほうが、おかしなところに茶が入りそうになってむせる。


「ロベルト……さん?」


 慌てて呼吸を整えてから、恐々ロベルトを見る。いつもの佇まいのままだったので、なんだかとても安心した。


「エレオノーラ様の部屋は、確かに北西ではありますが、鍵の掛かる元々は客室だった部屋です。慣れた場所を移すことに意味は感じられません」


 ちなみに全く使用されていない主寝室を挟み、反対側である南西にリオネルの書斎と寝室がある。つまり今は使っていない夫人の部屋に移したいと提案しているのだ。

 エレオノーラ自身は特に望んでいないし、今の部屋で全く困っていない。


「いい考えだと思ったんだが……」

「奥様がどう想われていたとしても、今の状態でなにかあれば、私はこの屋敷の本来の主人である旦那様に申し訳が立ちません」

「分かっている、俺だって強引に部屋替えを進めようと思っているわけじゃない」


 リオネルはカップの茶を飲み干し、立ち上がった。どうやら通る意見だとはあまり思わずに言ったことらしく、すんなり諦めたようだ。

 そろそろ出かける準備をしなければならない。エレオノーラもカップを置き、メリルを呼ぼうと姿を探す。

 すると行きかけたリオネルが、身体の向きを戻してきた。

 やはり諦めてないのかとどきりとしたが、そうではないらしい。


「そうだエレオノーラ、良かったら一緒に昼食をとらないか?」

「今日の昼食ですか?」

「そうだ、午後は中央治癒院に顔を出す予定になっている。だからその前に一緒にどうだろうと思って」


 若返った原因が分からないリオネルは、今も中央治癒院で定期的に検査を受けている。今日はその日なのだろう。

 厭う理由が見つからないので、エレオノーラは素直に頷く。


「はい、分かりました」

「ではそう思っておいてくれ、昼前には迎えに行く」


 そう告げるとリオネルは出掛ける準備に向かった。

 一緒に昼食を取ろうと誘われるなど、結婚してからも初めてのことだ。胸が高鳴るのは、緊張なのかそれとも期待なのか。エレオノーラ自身よく分からないまま立ち上がる。

 すると、なんだかとても楽しそうな表情を浮かべているロベルトの姿が見えた。


「なんでもありませんよ、奥様」

「……ロベルトさん、私はなにも言っていないわ」

「これは失敬、夕食は軽めにしたほうがよさそうですね」

「そうしてください」


 リオネルとの夫婦関係が当人にばれてしまっていることは、昨日のうちにロベルトや屋敷の使用人も把握済みだ。そのせいなのか、リオネル含めとても温かい視線を受けているような心地がする。


 なんとも言えない気恥ずかしさを感じながら、エレオノーラも出掛ける準備をすることにした。


 準備を終えて屋敷から出ると、ちょうど迎えと一緒にリオネルが出るところだった。

 二人の騎士は、エレオノーラを見るとにこやかに朝の挨拶をしてくれる。


「おはよーございますー」

「おはようございます」

「デリックさん、コーディさん、おはようございます。お迎えご苦労様です」


 するとデリックが、挨拶もそこそこにすすっとエレオノーラの横までやってきた。

 どうやらあれから案じてくれていたらしい。声を落として尋ねてくる。


「あれからー、大丈夫でしたかー?」

「はい、実はあの後にアノルド夫人と鉢合わせてしまったのですが、それが逆に良かったらしく、帰りの馬車できちんと話をしました」

「それならよかったですー」


 気不味い状態で放り出してしまったと、かなり気にしていたようだ。大丈夫だったと頷き答えると、すぐに安堵した表情が浮かぶ。

 すると背後から手が伸びて来て、デリックの肩を掴んで押し退けた。


「っと!」


 強引に身体を動かされたデリックは、片足で堪えるようにしながら数歩横にずれる。するとその後ろには、不満そうな表情のリオネルが現れた。


「近すぎる」

「リ、リオネル様?」


 デリックを睨みつけるリオネルの様子に、エレオノーラは不穏を感じる。どうか朝から揉めないでほしい。

 体勢を戻したデリックも、普段は丸く人好きのする目を細めながら言い返す。


「俺の距離が近いというよりー、副団長の心が狭すぎるんだーと、思うわけ」

「うるさい」


 間伸びしたデリックの言葉を遮りはしたが、言われたことに対しての自覚はあったのだろう。リオネルは不満そうな表情のままそこで黙り込んだ。

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