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第14話 買い物日和

 一方の壁際には棚が設られ、ずらりと大きな茶缶が並んでいる。もう一方の壁側は長机になっていて焼きたての菓子を扱っているのだ。

 店内はふんわりとした優しい香りがして、独特の心地よさを感じる。


「なんというか、初めて来たが見事な品揃えだな」

「お茶なら王都で一番有名な店なんです」


 元々は、ロベルトがハルザート家で客人にふるまう茶葉を購入していた店だ。少々値が張るけれど、とても良い茶葉を扱っている。

 ちょうど手空きの店員のところへ向かう。


「いらっしゃいませ、本日はどのような品をお求めでしょうか」

「ハーブティーが欲しいの、夜飲むものとそれから朝のもの、いつも買っているものがあるけれど、新作があるならお聞きしたいわ」


 普段買っている銘柄二つを告げて見せると、すぐにその二種類の茶缶とそれから他にもおすすめの品を出してきてくれる。


 ひとつずつ茶缶を開けてもらい、香りと茶葉の様子を確認していく。茶葉を買う時は、この缶を開けてもらう瞬間がとても心地良く楽しい。

 同じようだがどれも僅かに違う。ハーブティーも調合によって効果や香りが様々ある。


 リオネルを後ろで待たせていることもすっかり忘れて、エレオノーラは茶葉を選んでいく。目一杯悩んで夜用は今までと同じ物を、朝用は季節にちなんだ新作にした。


「それから、来客に出すいつもの紅茶も欲しいの」

「それでしたら夫人、こちらも季節の新茶が入っておりますが」

「ああ、これはいい香りね、それでいて控えめだからちょうどいいかも、これにしてください」


 店員は頷いて茶缶を出してから、次におすすめ焼き菓子のリストを出してきた。

 菓子は別の店でも買う予定があるので、ここでしか買えない茶葉の入ったものだけ少し買う。沢山買っても普段のリオネルは口にしないし、エレオノーラが食べすぎるわけにはいかない。


「お菓子はこの茶葉の入った焼き菓子をください、包装は簡易なものでいいわ」

「承知いたしました、用意いたしますのでお待ちください」


 購入した品を用意してもらっている間、おすすめだという新作の茶を淹れてもらう。


「随分慣れた様子だ、本当に贔屓の店だというのがわかる」

「はい、すっかり放り出して夢中になってしまって申し訳ありませんでした」

「いいや、楽しそうな君を見られたから構わない」


 放っておいたのに、リオネルはなにやらとても嬉しそうにしている。

 なにが良かったのだろうかと不思議に思っていると、別の客へ対応していた店主が、するするとリオネルの側までやってきて丁寧な様子で声をかけた。


「本日もありがとうございました。ハルザート様にはいつも贔屓にして頂いているうえ、夫人がわざわざ足を運んでくださることを光栄に思います」

「こちらこそいつも世話になっている、ありがとう」


 店主はそもそも滅多にリオネルに会わないので、若いなどとあまり感じないのだろう。

 一方で、たまに訪れているエレオノーラのことは見知っている。『夫人』という呼び方にどきりと緊張したが、リオネルは柔らかな笑みを浮かべて店主に答えた。

 どうやら気にしていない様子に、ほっと胸を撫で下ろす。


 支払いを済ませ、包みを抱えて店を出る。リオネルは荷物持ちは当然自分だと、茶缶の入った袋をエレオノーラの手からするりと取って歩き始めた。

 やはりずいぶんと上機嫌に見える。


「さて、次はどこへ行くのだろうか」

「すぐ近くにある菓子店に行きます」

「先程買った菓子とは別のものを買うのかい?」


 リオネルは歩調を合わせながら首を傾けている。菓子は出されれば食べているが、そこまで詳しくないので、複数の菓子店に入るという感覚がよく分からないのだろう。


「これから行く菓子店は、王宮へも菓子を献上している人気店なのです」

「君がそういった店に拘るなんて、少し意外だったな」

「いえ、拘っているのは私ではなくて、アノル」


 軽快に会話を続けていたエレオノーラは、そこで口を止めた。

 噂とお喋りが大好きなアノルド夫人の対応は、かつてのリオネルも明らかに苦手としていたのだ。だからこそロベルトも、今の若いリオネルではアノルド夫人を持て余すと感じている。だからこそ、誤魔化すための菓子なのだ。

 これから行く菓子店は、エレオノーラの気に入りの店というより、アノルド夫人がとても好んでいた。


「ええと、あの、ロベルトさんに頼まれているんです、私も良く分からないのですが、お屋敷絡みでお付き合いのある方への贈り物だとか」

「ロベルトが? それは帰って確認しなければな」


 到着した菓子店に提げられている看板を眺め、リオネルはじっと考えている。やはりアノルド夫人のことも思い出せないのだろう。


「いらっしゃいませ、これはハルザート様」

「おすすめの焼き菓子を頂けますか? 化粧箱入りで用意して欲しいんです」


 エレオノーラは、店員が余計な声掛けをするより早く飾られている化粧箱を示した。さすがに二店舗入って、どちらでもハルザート夫人と呼ばれてしまえば、リオネルだって勘付いてしまう。それは避けたかった。


 店員が商品の準備を始める。アノルド夫人が大切なのは、この店だとわかるあの化粧箱入りの焼き菓子だ。中の菓子の選定など店員に任せておけばいい。


 リオネルはその様子をじっと興味深そうに眺めていた。


「俺は菓子には疎いが、とても繊細で見事だな、好むものが多いのも頷ける」

「どうもありがとうございます」

「追加でもう一箱頼みたい、そちらの小さな箱に詰めてリボンを掛けて欲しいんだが」

「承知いたしました」


 リオネルは様々な形をしている焼き菓子が気になるらしく、自分でも買うことにしたようだ。店員からおすすめを聞きつつ、なにやら注文をしている。


(リボンって、どなたかに贈り物かしら?)


 なんとなく口を挟むべきではないように感じて、エレオノーラは数歩下がったところでその様子を眺めていた。


 なにげなく壁際にある窓から外を眺めたところで、ぴたりと固まった。

 目の前にある大通りで、馬車から降りている女性の姿が見える。思わず叫び声が出そうになって、慌てて飲み込んだ。


(アノルド夫人だわ!)


 ここに入ってくる気なのか、別の店なのかはわからない。だが華やかな佇まいとぴんと伸ばした歩きかたに間違いはなかった。


 ちらりとリオネルを見ると、まだ店員と焼き菓子を選んでいる。


(ここでリオネル様とアノルド夫人を会わせるわけにはいかないわ!)


 ただでさえ会話の相性が良くないアノルド夫人と、それを思い出せないリオネルだ。会ってちぐはぐな会話をどう受け取られるか。

 それに、リオネルの現状を、おかしな噂として広められてしまうわけにもいかない。


「リオネル様、少し空を見てきますので、ここで待っていて包んだ菓子を受け取ってくださいませ」

「わかった、もう少し掛かるから店から離れないで欲しい」

「はい、もちろんです」


 こんな適当な言葉で納得するか怪しかったが、リオネルは言葉を素直に受け取った。菓子が気になるので、そこまで気に留めなかったらしいのが幸いだ。


 エレオノーラは菓子店の扉を押し開けて外に出た。

 たしかすぐそばにアノルド夫人が馬車を停めていたはず。

 そう思いながら見回すより早く、すぐに少し高い見知った声が耳に入った。


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