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第13話 二人での外出

「旦那様は真面目で常に正しくあろうとするかたですが、いささか不器用なのです」

「それはそうね、私だって知っているわ」


 常に表情も変わらず淡々としているが、騎士としての職務に誇りを持っている。冷ややかではあるが、全く話を聞いてくれないわけではなかった。

 なにを考えているのか分からないと、距離を置いていたのはエレオノーラのほうにもいえたことだ。


「全てを忘れたとしても、エレオノーラ様のことだけは想っておられる、貴方が気になって仕方ないのですよ」


 楽しそうにロベルトに説明され、エレオノーラはぽかんとした表情で目を瞬かせた。それではまるで、リオネルがエレオノーラに気があるような言いかただ。

 そんなはずはない。否定しようと思うのに、顔に熱が集まっていく。


「お二人のためにも、行ってらっしゃい」

「っ!」


 どうにもならないこと。そう思い心の中に閉じ込めていたものが溢れそうになる。


「御者とメリルに説明して参ります、買い物は茶と菓子、それからアノルド夫人への贈り物をお願いします」

「……わかりました」


 首を縦に二回動かして承知すると、ロベルトは踵を返して行ってしまった。


「一体どうしてこんなことになっているのかしら……」


 リオネルが若返ってからは、迎えに来てくれたり一緒に馬車に乗る機会はあった。それと同じこと、そう考えようとするのに上手くまとまらない。


 狼狽えているうちに、着替えを終えたリオネルが部屋から出る音が聞こえた。近づいてくる靴音が、なんだか妙に緊張する。


「お待たせ、ロベルトたちはもう外にいるのか?」

「ええと、ロベルトさんはお屋敷で用事が出来たそうなので、一緒には行かないと」

「そうなのか?」

「はい、いま御者に行き先を伝えてくれています。ですから、私と二人で行くことになりますが、構わないでしょうか?」


 以前のリオネルならばこういう場合、僅かに眉を寄せ「ロベルトに確認する」と告げて、エレオノーラの脇をすり抜けて行った。どう説明しても己の判断が伴わなければ納得してくれなかったものだ。


 だがリオネルは、エレオノーラの言葉を聞くなり、ふんわりと笑顔を浮かべた。


「わかった、エレオノーラのことは俺が責任持ってエスコートしよう」

「あ、ありがとうございます、よろしくお願いします」


 優しい笑顔は、此方の笑顔を誘い出すような効果があった。思わずほっとして肩の力を抜く。


 並んで馬車へと向かうと、ロベルトが和かな笑顔を浮かべて待っていた。まるで一部始終を見通していたかのような、そんな表情である。

 御者もいつもエレオノーラを送ってくれる馴染みの男なので、御者台からぺこりと会釈で挨拶してくれた。


「馬車は大通りの茶を扱う店へ着けます。菓子店へはそこから歩いてください、買い物が済んだ良き頃、また迎えに来ますので」

「分かった、だが茶と菓子だけでいいのか?」

「といいますと?」

「エレオノーラはまだこの屋敷に来て日が浅い、運び入れた荷物も多くないようだ」

「そうですね、元々あまり物を持たないので」


 ずっと屋敷に住んでいるのだから、荷物がどうこうという心配がない。それに実家を追い出された過去があってから、エレオノーラはあまり物を増やさないようにしている。服や身の回りのものも最低限のみ、中央治癒院の働きで得た給金からなんとかしていた。


「ついでに服飾店なども巡ってもいいのではないかと思うのだが、どうだ?」

「えっ!」


 誰の服を買うんですか? 思わず喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。

 聞いたところで、リオネルはそんなの決まっていると答えるだろう。

 かつてのリオネルが口を挟むのは、たまに付き添いで夜会に出る予定が出来た時くらいだ。そんなことさえほとんどなかった。


「ええと、今持っている服を着回しているので、特に困っていませ」

「是非そうしてください、支払いはハルザート家で処理しましょう、それでよろしいですよね、旦那様」

「そうだなそうしよう、贔屓の服飾店はあるのだろう?」

「は、はい」


 断りの言葉を上手く遮るように、ロベルトとリオネルに笑顔を向けられ、エレオノーラは頷くしかなかった。


「行き先に関しては、エレオノーラ様が承知しています、それから迎えの馬車は大通り西側にある噴水広場のあたりへ着けます、よろしいでしょうか」

「そこならばわかる、巡回でよく通るしな」


 リオネルが簡単にロベルトと打ち合わせをしている間に、馬車に乗り込んでおくべきか。そう思ってスカートを摘んでいたのだが、すぐに気が付かれてしまった。

 当然と言わんばかりの笑顔で、リオネルはさらりと手を出す。


「気をつけて、手をどうぞエレオノーラ」

「ありがとうございます」


 彼が若くなって初めの頃は、どうにも慣れないと感じていた手を借りることにも不自然さを感じなくなってきた。照れを感じながらも笑顔を見せると、リオネルは嬉しそうな様子で出発を告げた。


「では行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


 見送りの礼を受けながら、リオネルとエレオノーラを乗せた馬車は、ゆっくりと王都大通りを目指して走り出した。


「まずは、茶かハーブティーを買うのだったな」

「はい、気に入っていつも買っている店があるんです」

「そんな店を贔屓にしているということは、やはりエレオノーラはそれなりに格のある家の令嬢なのか?」


 本当に何気ない質問だったのだろう。

 ただその質問に、エレオノーラの心はずきりと重くなった。きちんと説明しなくてはならない。わかっているが、まだその勇気が出ないでいる。


「いいえ、私の家はごく平凡な一般家庭です、少し事情があって実家からは離れているので、好むハーブティーなどは自由にさせて貰っています」

「そうだったのか」


 実家の兄とはもうほとんど連絡を取っていない。

 二年前に結婚の書類へ署名をしてからそれほど経ってない頃に、リオネルが正式に兄夫妻と話を付けている。かなりのお金を動かしてくれたようだが、それについてはどんなに尋ねても話してくれなかった。


 せめてリオネルがエレオノーラと結婚した理由がわかればいいのに。そう思うが彼は全てをひとり抱えたまま、記憶を失っている。


「困りごとがあれば相談してほしい、俺はこんな状態だが騎士ということに変わりはないし、なにより助けてくれた君には大きな感謝がある」

「助けられているのは、私のほうですから」


 彼に夫婦という関係を話してみようか。今のリオネルならばエレオノーラを否定しないかもしれない、一緒に二人の関係を考えてくれるかもしれない。そんな思いが心の中を過ぎる。


 エレオノーラが結論を出す前に、馬車は大通りの店の前で停まった。


 二人が馬車から降りると、御者は前もってロベルトが言っていた広場の方角を示してから行ってしまった。


「さて、君の贔屓の店はここかい?」

「はい、ハーブティーと菓子を扱っています」


 エレオノーラは好んで飲んでいる茶なので、何度も訪れたことはあるが、リオネルと来るのは初めてだ。やや重い扉をリオネルに押し開けてもらうと、二人で店に入った。


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