第11話 行く場所がない
男たちも予想外のことに顔を見合わせたが、そこはそれかなり飲んでいるので気が大きくなっているようだ。楽しそうに笑って、この異様な状況を許してしまった。
「おっ、なんだよ騎士殿、案外その気なんじゃねえか」
「おい、酒を頼むな」
眉をぴくりと動かしたリオネルに咎められたが気にしない。
あっという間に酒が運ばれてきて、男たちは杯を掲げる。エレオノーラも同じように果実水の杯を持ち上げたが、リオネルは動かなかった。
ただ楽しそうに酒を飲む男たちをチラリと見て、また息を吐く。
「まったく、こんな風に巡回をサボったのは初めてだ」
「そりゃ記念日じゃねえか!」
「どうせ昼も夜も仕事ばっかりしてんだろ、たまには息抜きしろ」
「お前らはうちの団長か」
「わはは、つまり同じこと言われてるんじゃねえか」
男たちはつまみを頼み直してまた飲み始める。騎士であるリオネルが同席しているのに、開き直っているのか楽しそうに飲んでいるからなかなかだ。
リオネルは基本的に黙ってその場に座っているだけ。話に合わせて淡い青色の瞳が僅かに動くから、聞いてはいるようだ。
中央治癒院で働いている時は、年も随分上だしその冷静な佇まいから会話はほとんどしたことがない。今回だって、相槌が少しあるくらいでほぼすべて彼は聞き手に回っていた。
結局そうやって、男たちとリオネルは明るくなるまでエレオノーラに付き合ってくれた。
ただリオネルは、頑なに乾杯には参加しなかったが。
明るくなり酒場から追い出されると、エレオノーラは男たちに深く礼をした。
「どうもありがとうございました」
「じゃあな、嬢ちゃん」
「俺らはこの辺で帰るぜ」
「楽しかったぜ、ありがとうよ」
男たちは大きく片手を振ると、それぞれの家に帰っていった。これから少し眠って、今日の仕事に出るのだそうだ。
エレオノーラは、朝の心地良い空気を吸い込むと、ちらりと隣を見上げた。
ずっと黙っているが、そこにはしっかりとリオネルが付いている。
「あのう、リオネル様は帰らなくてよろしいのでしょうか」
「食事が済んだら送っていくと、伝えたはずだ」
確かに昨夜はそう言っていたが、止めもせず一晩待ってくれるとは思わなかった。
「わかりました、よろしくお願いします」
そこでリオネルが頷くと、会話は途切れた。二人で黙って歩く。
賑やかな男たちがいないとなんとも気まずい。一晩待たせておいて振りきって帰るということは流石にできないので、ここは素直に送ってもらうことにした。
大きな通りをいくつか抜けて、住宅街区画の家まで戻ってきたところでそれは目に入った。
家の外、狭い庭の端に荷物の木箱が雑に置かれていた。放り投げたらしく、中の物は飛び出している。
(はあ、こんな気はしていたのよね……)
もうこれは溜息しか出てこない。
持てないからと置いていったが、薄々予感はしていた。家に入って抗議をしてもきっと、いらないのかと思ったとか、朝から非常識だとか言うだけだろう。
「二つは持てないのよね。なんとか一つずつ持ち出すしかないか……」
意地悪をするというだけならまだしも、人目があるのに物を放り出した感覚がわからない。落胆や怒りより、なんだか呆れの感情が前に出た。
とりあえず拾ってどこかに預けるか置き場を確保するしかない。職場に頼めば置かせてくれるだろうが、ここからでは少し距離がある。
これから一体どうしようか。考え始めたところで、ようやく彼のことを思い出して斜め後ろを慌てて見た。
物騒だからと付いてきてくれたリオネルも、この惨状に呆けている。昨夜の飲み会で、実家の部屋を追い出されたという話を聞いてはくれたが、これはあまりにも予想以上だったろう。
エレオノーラはとびきり気まずさを感じながら、ひとまず礼を伝えた。
「あの、ここで構いません、どうもありがとうございました」
「といっても、もうここは君の家ではないのだろう?」
「そう、みたいです……」
それはまさしく図星だった。いくらほとんど関わったことのないリオネルだとて、昨夜の話とこの惨状を見てそう判断できる。
しかしこれ以上彼に迷惑は掛けられない。夜の巡回に出ていたらしいが、報告にも戻らなければならないだろうし、彼自身の用事だってあるだろう。
無理矢理に笑顔を浮かべて、大丈夫だと伝えようとしたが、うまくいかなかった。悔しさか悲しさか分からない感情に表情が歪みそうになる。
リオネルは置き去りにされた荷物の木箱に近づくと、散らばっているものを拾い上げた。それから、二つ積み上げるように抱える。
エレオノーラには一度に持ち上げることが無理だった箱は、彼の大きな腕によってすんなり浮く。
しっかりと二つの木箱を抱えると、表情を変えないまま告げる。
「しばらく歩いてもらうが、ついて来なさい」
「えっ、あの……リオネル様?」
当然エレオノーラは付いてくるだろうという足取りで、どこかへ向かう。行き先は説明してくれない。もしや騎士団の詰所に、なんらか仮置き場を用意してくれるのだろうか。
それくらいしか考えられない。なんだか虚な気持ちでリオネルについていく。
朝なので馬車の手配もできないからだろう。二人でまた黙々と歩き、着いた場所は品の良さそうな屋敷だった。
庭も屋敷もそこまで広大ではないが、とてもしっかりと手入れをしているのが、門の外からでもわかる。
リオネルは、身体と片手で門を開けると、中に入った。ちらりとエレオノーラに視線を向け、付いてこいと示す。
「ここは、どなたのお屋敷でしょうか?」
「ハルザート家だ、今は俺が管理している」
「えっ、リオネル様のお屋敷ですか!」
行く場所がない。それはきっと察していただろう。だが自分の屋敷に招いてくれるとは思わなかった。正直、昨夜彼に見つからなければ、接点など仕事中に僅かにあったくらいだ。
昨夜の男たちは嫁にしろなどとんでもないことを吹っ掛けていたが、実際にリオネルのところに押しかけようとまでは思っていない。
エレオノーラは首と手を逆方向に振りながら、リオネルに訴える。
「そんなご迷惑は掛けられませんっ、どうか荷物を返してください」
しかし抗議はまったく受け入れられる気配がなかった。
騒ぐ声が聞こえたのかもしれない。屋敷の中からリオネルより少し年上らしき、壮年の男性が出てきた。普段は彼のような使用人が、屋敷を取り仕切っているのだろう。
早朝から急に訪れた主人を見て、目を瞬かせている。
「旦那様、このような時間にいらっしゃるなんて、どうされたのでしょうか」
「ロベルト、急ですまないが彼女に部屋を用意してくれ」
「承知いたしました、こちらの方は?」
雑に詰め込まれた荷物の箱を抱えたリオネルと、明らかに草臥れたエレオノーラという組み合わせは不思議以外の例えようがない。
いったいどう説明するのだろうかと、様子を窺っていると、リオネルはさらりととんでもないことを口にした。
「彼女は俺の妻だ、近いうちに婚姻の手続きをする」
「えっ!」
驚きのあまりおかしな声が出た。
ロベルトと呼ばれた使用人も、かなり驚いた表情でリオネルとエレオノーラを見比べている。
確かに昨夜飲んでいた男たちは、嫁にしろだの嫁にしてもらえだの好き放題なことを言っていた。しかしリオネルはそれに対して本気で考えるような素振りなどなく、適当に流していたではないか。
ロベルトは余計な詮索をしない主義なのか、すぐに大きく頷いた。
「なるほど、承知いたしました」
なにがなるほどなのかまったく分からないが、すんなり承知されてしまった。




