第10話 おかしな酒宴
そこは比較的小さな酒場だったが、人気の店のためかとても賑わっている。丸い机の四人席に座ると、男たちはすぐに酒と果実水を注文した。
「嬢ちゃんは酒は飲めねえな」
「はい、すみませんがお酒はご一緒出来ません」
「いいっていいって、おーい注文だ!」
お腹が空いている、多少であれば自分の食べる分と酒代くらいは出せる。そうしっかり伝えると、男たちはおすすめだという料理を、適当に注文していった。エレオノーラには果実水を頼んでくれる。
酒が届くと、杯を揃って上げた。
「よし乾杯だ!」
見知らぬ男たちと、飲み会をしている。こんな状況危なくない訳はない。
だけども、エレオノーラの中にはもう既に、義姉より悪い人なんて滅多にいないだろうという考えしかなかった。
酒と果実水をそれぞれ飲みながら、今の状況を話し始める。
自分の身の上を誰かに話すことは初めてだった。勤め先の中央治癒院でもこんな状況を話したことはない。弱音なんてその時が初めてだったのだ。
「……というわけで、今は縁談も含めて居場所を探してます」
「ぐずっ、大変だなあ、嬢ちゃん可愛いんだから、いい男が見つかるといいな」
男たちはエレオノーラの身の上話を肴にして、涙ぐみながら酒を飲んでくれた。
本当に良い人たちと飲めたことが幸運だ。
「俺がもっと若くて独り身なら、助けてやるのになあ」
「馬鹿言うな、こんなに可愛い嬢ちゃんなんだから、お前みたいなの駄目に決まってる」
「そうだそうだ、嬢ちゃんは幸せにならなきゃなんねえ」
可愛いなどと初めて言われたのだが、酔っ払っていて判断力が鈍っているのだろう。
そう捉えて、エレオノーラは果実水を飲む。
この時期にはたくさん出回っている果実を絞った飲み物は、甘酸っぱくてとても心地良く飲める。そして後から出てきた料理も、柔らかい煮込みや焼いた鶏のようなものなどどれも美味しい。
つい無言になり口と手を動かしていると、男たちはなんだか満足そうに料理の皿を目の前に押し出してくれる。
「ほら、腹減ってるんだろう、どんどん食え」
「食って少しふっくらしているくらいが、男にモテるからな」
「そりゃお前の好みだろうが、確かにまあ食ったら少し顔色も良くなってきたな、よしよし」
こんな調子で派手に飲み食いしてしまえば、わずかに残っている給金はあっという間に飛んでしまうだろう。それは分かっていたが、なにしろ久々の温かな料理に感激している。
「嬢ちゃん、おいしいかい?」
「はい、とっても!」
「がはは、そりゃ良かった」
思わず笑顔で答える。
男たちは少し驚いたような表情を浮かべてから、また楽しそうに大声で笑った。
二杯目の酒が届き、もう一度乾杯と酒を持ち上げる。エレオノーラも笑顔で果実水の杯を掲げた。
低い声が掛かったのはその時だ。
「おいお前たち、この状況はいったいどういうことだ?」
「かんぱー、い、えっ?」
揃って声を出そうとしたところで慌てて動きを止めて振り返ると、そこには厳しい表情を浮かべた男が一人立っていた。
着ているのは王都の騎士団の制服だ、それはエレオノーラも見知っている。
「やべえ、よりによって一番面倒な騎士殿が巡回とは」
男たちは彼を見るなり揃って首をすくめた。どうやら巡回をしていたが、男たちに混じっているエレオノーラという異様な面子を怪しんで声を掛けてくれたらしい。
(この人たちは悪くありませんっ、一緒に食事をしてくれています!)
とにかくそう訴えて声を出したかった。
身の上話も聞いてくれたし、注文してくれた料理もとびきり美味しい。
なのだが、あいにくエレオノーラの口の半分には頬張っている料理が詰められててうまく声が出なかった。
「俺は彼女の勤め先で見覚えがあってな、こんな場所でお前らと飲む理由が知りたい。答えろ、どういうつもりで彼女を同席させている?」
どうやら騎士だけあって、中央治癒院でエレオノーラを見知っているらしい。
助けてくれようとしているのはとても有難いが、今のところ男たちにはなんの罪もない。むしろ美味しい食事をさせてくれたし、話だって聞いてくれた。
男たちは一気に酔いが覚めたような表情で顔を見合わせている。
エレオノーラはなんとか騎士へ説明をしようと、口の中に残るものを必死に噛んで飲み込んでいた。
しかし顔を見合わせていた男たちは、どうにもおかしな方向へ会話を広げ始めたのだ。
「おいちょっと待て、いいところに来てくれたんじゃねえのか」
「どうみたって俺たちやべえ状況だろ」
「いいや、この騎士殿は金も家もあるしなにより顔もとびきりいい」
「おまけにくそ真面目でこの歳でも女っ気がねえ」
「はーん、確かに騎士殿なら問題ねえ、ああ、こりゃ良いんじゃねえか」
「よし決まりだ」
一体なにが決まったのか。エレオノーラがようやく飲み込み終わって声を出そうとするよりすこし早く。
男の一人が、騎士に向かってその提案を持ちかけた。
「なあ騎士殿、このお嬢ちゃんを嫁にしねえか?」
「……」
騎士からの返事はなかったが、彼は眉をさっと寄せて険しい表情を浮かべた。
そりゃそうである。突然嫁にしろと言われても、彼にだって都合と好みというものがあるだろう。
すらりと背は高く、濃緑の髪はきちんと整えられており、淡い青の瞳が冷静にこちらを見ている。とても険しい表情だが、顔立ちは精悍で整っており、騎士としても堂々としていてあきらかに別格という佇まいだ。
エレオノーラはようやく彼の名を思い出した。確かに彼が中央治癒院で見覚えがあると言った通り、彼には面識がある。
「リオネル、さま……」
「事情があるようだが、こんな場所で酒盛りというのは感心しない」
これがエレオノーラがリオネルと交わした初めての会話だった。
感心しないと言われても、美味しい食事を放り出してあの家に戻りたいとは思わない。しかし腕を組んだ姿勢で頭上から見張られるようにされるなか、食べ続けることもできなかった。
効果はないだろうなと思いつつ、上目で見る。
「もう少し食べてから、帰ります……」
リオネルはその場を動こうとしないし、なにも言わない。他の客も注目し始め、好奇心を含んだ視線で見られている。
これはエレオノーラが素直に帰るしかないのだろうか。
諦めてカトラリーを置こうとすると、一緒に飲んでいた男たちは、代わりに声を出してくれた。
「まあ座れよ騎士殿、この嬢ちゃんはそりゃ可哀想なんだ」
「ここは助けんのが騎士ってもんだろ」
さすがに巡回中のようだし、参加しろと酒を勧めるのはいかがなものかと思う。飲むとこうやって、誰にでも冗談半分で言っているのかもしれない。
しかし気の良い男たちだから、罰するような真似はしないで欲しい。
男たちに話を聞いてもらえただけでかなりすっきりしているし、食事もできた。
ならばこの場はエレオノーラが帰るしかない。ただあの家に帰ると思うと、一気に憂鬱になってしまう。
のろのろと椅子から立ちあがろうと身動きし始めると、リオネルが深く息を吐いた。
そうして近くにある、空いている椅子を引き寄せると座った。
「えっ、あの……」
「食事が済んだら送っていく」
どうやら少しだけ時間をくれるらしい。怖そうな表情の割には優しい人なのかも。
そう思ったエレオノーラは、カトラリーを持ち直して礼を言った。
「ありがとうございます」




