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第6話 殿下、事の重大さをようやく理解する

 ところ変わって、王都の王宮では朝早くから奇妙な騒ぎが広がっていた。玉座の間で行われるはずの定例の会議に、肝心の王太子エドワードが姿を見せないのである。侍従や近衛兵が慌てふためき、あちこちで「殿下はどこに?」と声を上げている。ほどなくして発見されたエドワードは、自室の机に突っ伏して頭を抱えていた。


「殿下、どうなさったのです? こんな朝早くから御気分でも悪いのですか?」

「う、うるさい! ちょっと考え事をしていただけだ……」

「考え事、でございますか。もしや、昨夜公爵家から届いた宣戦布告の書状の件……」

「それ以外に何があるんだ!」


 エドワードは苛立(いらだ)たしげに立ち上がり、自室を歩き回る。さほど広くもない部屋には、昨日届けられたばかりの書状が乱雑に置かれていた。そこにはぎっしりと「王家に対する抗議」や「侮辱行為への報復」を示唆する過激な文面が並んでいる。


「どうしてこうなったんだ……ただ、あの娘を退けるだけで済むと思っていたのに」

「殿下、いくら公爵家とはいえ、まさか本気で王都を相手に動き出すなど……。周囲の貴族の皆様も予想していませんでした」

「そうだろう、普通はそんな馬鹿げたことを……なのに、あの親子は正気じゃないんだ!」


 エドワードの叫びに、取り巻きの若い貴族たちは顔を見合わせ、口ごもる。そもそも彼らがエドワードを(あお)って「公爵家の令嬢など品位に欠ける」「早めに縁を切ってしまえ」と吹き込んだのだが、ここまで大事になるなど想定外にも程がある。


「しかし殿下、現実問題として公爵家は戦力が桁外れだと聞いております。下手をすれば我が王都が危険にさらされる恐れもありますぞ」

「そ、そんな……王都には王国軍がいるじゃないか。兵の数だって多いはずだ」

「確かに正規兵の数は負けていないでしょうが、装備や士気はどうでしょう。公爵家の私設軍隊は最新の武器を揃え、実戦経験豊富と聞きます。加えて公爵ギルベルトのカリスマ性……かなり厄介です」


 取り巻きの一人が小声で付け加えた。エドワードは「ああもう!」と頭を抱え、壁を蹴りつけた。慌てた侍従が「殿下、お気を確かに」と声をかけるが、そんなことで落ち着ける状態ではない。


「とにかく! 王宮の重臣たちを集めろ! どうしても戦になりそうなら、こっちだってやるしかないじゃないか。兵をまとめて公爵家を押し返せばいいんだ!」

「仰せのままに……ですが、本当にそれでよろしいのですか?」

「いいも悪いもあるか! あれが本気で王都を襲うとなれば、我々は防衛しなければならないだろう!」


 そう息巻くエドワードだが、その声は(ふる)えている。何より、その口調にはどこか「責任を取りたくない」という弱さが見え隠れしていた。取り巻きの貴族たちも、何とか殿下にご機嫌を直してもらおうと必死だが、事態が深刻なだけに空回りするばかりである。


 一方で、王宮の奥深くにいる老獪(ろうかい)な貴族たちは、にわかに動きを見せ始めていた。公爵家からの正式な宣戦布告は衝撃的だが、その一方で「まさかそこまでやるだろうか?」と疑いを持つ者もいる。これまでは王家と公爵家は表向きには良好な関係を保っていたからだ。

 しかし実際には、ギルベルトが戦場で得た功績をたびたび王家が「利用」する形で国威発揚を行っていたため、公爵家が複雑な思いを抱いているのではないか――そんな(ささや)きも古くから存在している。そこへきて、王太子による婚約破棄騒動が爆発のきっかけを作ったのだから、些細(ささい)な火種が大火事へと発展するのは当然ともいえた。


「公爵家ほどの軍事力を敵に回すなんて、正気の沙汰ではないよ。せめて殿下がもう少し賢く立ち回ってくれれば……」


 廊下の片隅でそうつぶやく貴族の声が、王都の不安を何よりも雄弁に物語る。市井(しせい)の人々も朝から噂話で持ちきりだった。「公爵家の兵が近いうちに押し寄せるらしい」「王国軍は頼りになるのか」「そもそもなぜそんなに険悪になったのか」――皆が口々に心配げに語り合う。



 その翌日、王都では慌ただしさがさらに増していた。王太子エドワードは、玉座の間に重臣たちを集め、声を(ふる)わせながら事情を説明する。しかし、その内容は自らの婚約破棄が発端だとは言いづらいらしく、何とも歯切れが悪い。


「とにかく、公爵家が謀反のような行為に及ぼうとしているのだ! 皆で食い止めねば、王都が危機に(おちい)るぞ!」

「しかし殿下、理由は何なのでしょう? ただちに討伐に向かうのは得策とは思えません。まずは和解の道を探っては……」

「そ、それは……うっ……」


 重臣の一人が遠回しにエドワードの落ち度を示唆すると、エドワードは言葉に詰まる。婚約破棄という形で公爵令嬢を侮辱した事実を伏せては、どうにも説明がつかないのだ。しかし今さら「自分が軽率だった」と認めるわけにもいかない。


「いいから、兵を集めるんだ! それとも、公爵家の軍が王都の門まで来てから慌てるつもりか?」

「殿下、王国軍の編成には時間が必要です。若い新兵も多く、装備の再整備もままなりません。それに、彼らの士気はあまり高くは……」

「何を言う! さっさと用意しろ!」


 エドワードの剣幕に、重臣たちは渋々うなずくが、内心では「こんな状態で勝てるのか?」と不安が募る。公爵家の強大さは誰もが知るところであり、それを相手に正面衝突するのは危険すぎる。そもそも、そこまでして王太子を守る価値があるのかと疑問を抱く者もいるほどだった。


 王宮周辺の市民は落ち着かない様子で日常を過ごす。市場ではやや買い占めの動きが出始め、商人たちは値段を上げて儲けを狙おうとする。混乱の予感が街全体を包み込み、誰もがなんとなく空気の重さを感じていた。

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