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第5話 公爵軍、堂々の進軍開始!

 そして夜が明ける。薄紅色に染まる空の下、公爵家の屋敷から続々と兵士たちが出発の準備にとりかかる。荷馬車に積まれた物資、調教の行き届いた馬、鋼鉄の(よろい)を身につけた騎馬兵たち――その威容は見る者の心を圧倒するほどで、さながら王国最大の軍隊がここに集結しているかのようだ。


「お嬢様、すべての部隊が準備完了しました」

「わかったわ。では、わたくしもすぐに出ます」


 リディアは馬にまたがり、腰に下げた剣の感触を確かめる。普段は使わない華美な飾りのついた剣だが、いざというときには斬れ味も確かだという。何より、この場では「公爵令嬢」として堂々とした姿を見せることが兵の士気を鼓舞する。


「皆、出発よ! わたくしに続いてちょうだい!」


 リディアが声を張り上げると、騎兵隊が一斉に馬を進め始めた。その後ろには矢筒を背負った弓兵たちや、軽装の斥候(せっこう)部隊が続き、屋敷からは荷車部隊が列を作ってついていく。立ち並ぶ兵士たちが掲げる旗が朝日に照らされ、(まばゆ)いほどに輝いていた。そんな光景の中、屋敷の門前には、父ギルベルトの屈強な姿があった。


「さあ行け、うちのかわいい娘よ! 王都の連中に、ヴァルフォード公爵家ってもんがどれほど恐ろしいか見せつけてやれ!」


 ギルベルトは大柄な体を揺らしながら、高らかに笑う。その笑い声はまるで山をも(ふる)わせるような迫力で、門を通り抜けようとする兵士たちが思わず振り返るほどだ。ギルベルトの目は血走っているわけではないが、底知れぬ闘志を(たた)えており、兵たちはその視線を受けてさらに士気を高めていく。


「父上、あまり大声を出しすぎると、兵たちが舞い上がりすぎますわ」


 リディアが馬上で苦笑まじりに声をかけると、ギルベルトはまるで子どもを励ますように手を振った。


「ははっ、いいじゃねえか! こんな面白い大舞台、はしゃがねえほうが不自然ってもんだろう? お前は俺の自慢の娘だ。その誇りと怒りを存分にぶつけてやれ!」

「……ええ、もちろん、そのつもりです」


 リディアは一瞬だけ恥ずかしそうに目を伏せるが、その目には確かな決意が宿っている。何としてでも婚約破棄の屈辱を晴らし、王家の横暴を叩き潰す――その思いを、破天荒な父が背中から後押ししてくれるのだ。


「公爵様、我々も続きます!」

「頼んだぜ。娘が先頭なら、こっちは後方支援くらいはしてやんなきゃな!」


 ギルベルトは兵たちに豪快に手を振り、まるで自らが置いていかれるのを楽しむかのように大声を上げる。屋敷の周囲に詰めかけていた使用人や衛兵たちも、彼の勢いに引っ張られるようにして「公爵様万歳!」「お嬢様、ご武運を!」と口々に叫んだ。


「ご武運を、リディア様!」

「お嬢様、どうかお気をつけて!」


 騎兵隊の通り道を開けて、見送る者たちが一斉に手を振る。幾重にも重なる歓声が、朝の空気を(ふる)わせるように響く。リディアは馬上から軽く会釈を返し、奥歯を噛みしめた。恥などかかせるものか――この熱量とともに、必ず王太子に思い知らせてやる。


「父上、いってまいります。兵たちへの補給や要塞との連絡はお願いしますね」

「任せとけ! 王都を焦がす勢いで蹴散らしてこい。俺もすぐに合流するからな!」


 ギルベルトは自らの剣の柄に手をかけ、にやりと笑う。破天荒という言葉では言い足りない圧倒的な存在感。その姿は、ひとたび戦場に立てば敵味方どちらも凍りつかせるほどのカリスマ性を放っていた。


「皆、出発よ! わたくしに続いてちょうだい!」


 リディアが声を張り上げると、騎兵隊が一斉に馬を進め始めた。彼女は馬上で手綱を握りながら、背後に控える列をぐるりと見渡す。弓兵や軽装斥候部隊、そして大量の物資を積んだ荷車隊が雪崩れのように動き出し、門を抜けて街道へと続いていく。その有様は、さながら王国最大の軍隊が今ここに集結したかのようだ。


 そうして屋敷の門をくぐったところで、リディアはほんの一瞬だけ振り返る。ギルベルトが大きく手を振り、甲高い笑い声を上げているのが見えた。背後にはいつもと変わらぬ公爵邸が静かに(たたず)んでいる。だが、その中にはすでに戦闘態勢という名の熱が渦巻き、いつでも飛び出せるように準備が整っているのだ。


「さあ、行きましょう。王都の者たちに、わたくしたちの本気を見せてやるのよ」


 馬を走らせながら、リディアは胸のうちで誓いを新たにする。どこかで「こんな大それたこと、やめておくべきでは」という声が微かにささやいた気がした。けれど、あの父の豪快な見送りを受けては、ためらう理由など見当たらない。王家が相手でも、道を譲るつもりは一切ない――そう、リディアは自分に言い聞かせるように目を閉じ、そして再び前を向いた。


 こうして公爵軍は朝日を背に、王都への行軍を開始した。庭園にも廊下にも響き渡ったギルベルトの声は、きっと兵たち一人ひとりの心に火をつけただろう。リディアは弓なりに伸びた街道を見つめながら、そこに待ち受ける王太子と貴族たちを思う。彼らが公爵家の怒りを(あなど)った代償、それを余すところなく思い知らせるために、リディアは一切の遠慮を捨てて走り続けるのだ。



 広大な公爵領を抜け、街道へと繰り出した騎兵隊の姿は、沿道の住民たちをざわめかせた。大勢の馬が地を踏む振動が遠くから伝わり、人々は家や畑から出てきて、その行列を興味深げに見守る。中にはひそひそ声で「あれが公爵様の娘さんか……」「噂通り、堂々たるものだ」と(ささや)く者たちもいる。


「皆さん、気をつけて過ごしてくださいね。王都の役人が妙な命令を出したら、いつでもこちらに頼ってくださって結構ですから」


 リディアは村人たちにそう声をかけ、笑顔を見せる。元来、彼女は軍事だけでなく、領民との交流にも力を入れてきた。それゆえに、こうした街道沿いの住民たちからもわりと好意的に受け入れられているのだ。王家よりも公爵家を信用する理由は、言うまでもなく重税や無理難題を押しつけられないからでもあった。


「これなら、王都に近づいてもそんなに抵抗は受けなさそうですね」


 副官がリディアに声をかける。リディアは馬上から周囲を見回しながらうなずき、先を急ぐよう合図を送った。

 数日もすれば、後続の主力部隊が合流し、一大勢力として王都近辺に威圧をかけることになるだろう。そして、いずれ実際に城壁を目にする日が来る。そこから先が本当の勝負だ。けれど、すでに公爵家の宣戦の烽火(ほうか)は上がっている。今さら引き下がる理由も意義も見当たらない。


「お嬢様、先に進んでよろしいですか?」

「もちろん。わたくしはあの王都をこの手で揺るがします。それが、わたくしたち公爵家に与えられた正当な権利だわ」


 リディアの声には一切の迷いがなかった。かつて王太子との婚約によって、どんな将来が訪れるかをあれこれ想像していた日は遠い過去のように思える。今の彼女が目指すものは、ただ一つ――侮辱を償わせ、その力を世に知らしめること。

 その想いを胸に秘めたまま、リディアの騎兵隊は街道を突き進む。遠くに広がる地平の先には、王都の城門が待ち受けている。そこには数えきれないほどの貴族や兵、そして王太子エドワードがいるはずだ。どれほど慌てふためこうと、公爵家の足音はすでに(とどろ)いている――。


 静かに、しかし確実に、聖セレスタ王国を揺るがす大波が迫りつつあった。リディアとギルベルト親子が「さあ、やってやろうぜ!」と士気を上げる中、王都はまだこの嵐を真正面から受け止める準備ができていないように見える。けれど嵐は容赦なく、まっすぐに王都へ向かって進むのだ。次に彼らが相見えるときは、血と汗と、そしてコミカルな騒乱が入り混じった、大騒ぎの舞台になるかもしれない。


 公爵家の兵士たちの士気はさらに高まり、リディアは具体的な作戦を頭の中で練り始める。もし正面衝突になれば、攻城兵器の投入も視野に入るだろう。投石機や破城槌(はじょうつい)を使うのであれば、城壁への拠点構築が必要だ。騎兵はどのタイミングで突撃をかけるか――そうした戦略を想像するだけで、リディアの胸はどこか躍るように高鳴っていた。


「もう少し進んだところで野営を敷きます。そこで合流してくる部隊の情報を確認しましょう。父上もすぐに到着すると言っていましたし」


 副官にそう伝えると、彼は「承知しました」ときびきび返事をする。兵士たちも先を急ぐ様子はなく、しかし力が抜けているわけでもない。まるで勝利を確信しているかのような、余裕すら感じられた。

 こうして、公爵家の正式な宣戦布告は王都を混乱の渦に巻き込みながら、着々と次の局面へと進んでいく。リディアとギルベルトが掲げる旗印は、既に多くの者の視線を奪い、恐れと期待を同時に(かも)し出していた。戦の火蓋は切って落とされ、後はどれだけ大きな波紋を広げるか――誰もが固唾(かたず)を飲んで見守る中、物語は次の舞台へと向かうのである。

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