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第4話 宣戦布告、王都へ届け!

 翌朝、太陽が昇り始めると同時に、公爵邸の門前には既に数名の騎兵が待機していた。ギルベルトが荒々しく先頭に立っているのが遠目でもわかる。リディアはあわてて外套(がいとう)を羽織り、屋敷の玄関へ向かった。


「おや、早いな、リディア。ちょうど使者を出すところだ。お前も見送りに来るか?」

「ええ、宣戦布告の書状を持たせたのですね?」

「そうだ。これで王都の連中も、俺たちが何をしようとしてるか嫌でも知ることになる。さあ、行ってこい!」


 ギルベルトが合図をすると、騎兵たちはきびきびと馬を走らせ、朝焼けに向かって飛び出していった。公爵家の紋章が大きく染め抜かれた旗が風にはためき、その姿は誇らしげにも見える。


「しかし、早速の大仕事ですね。父上、眠っておられますか?」

「ははっ、こんな面白い局面で寝るわけがないだろう。書状を書き直したり、兵の配置を考えたりして、夜通し忙しかった。だがこれほど気分のいい朝は久しぶりだ」


 ギルベルトの顔には疲労の影すら見えず、むしろ昂揚が感じられる。リディアも胸のうちで同じ高揚を抱いていると気づき、思わず微笑んだ。


「それにしても、まさか本当に宣戦布告をすることになるとは、誰も思っていなかったでしょうね」

「当たり前だ。俺も昔、王国のために何度か戦ったが、まさか王家と直接やり合う日が来るとは夢にも思ってなかった。だが、娘を侮辱した代償はしっかり払わせてやらねえとな」

「そうですわ。あの方たちには、公爵家を軽んじた結果がどれほど恐ろしいものか、まざまざと思い知ってもらいましょう」


 ギルベルトは楽しげに手綱を握り締めながら、褐色の愛馬の首を叩いた。馬は鼻を鳴らし、こちらも出撃を待ちわびているかのように前脚をかるく踏み鳴らす。


「それで、リディア。お前はどうする? 王都に攻め入るときは、当然先頭を走るんだろう?」

「もちろん。そのために指揮を()ると言ったのですから。わたくしも、馬に乗り慣れた騎兵隊と共に進軍します。村々の状況を聞き取りながら、できる限り住民をこちらに取り込んでいくのも重要ですから」

「いいぞ、その意気だ。俺は一足先に要塞へ行って、部隊の編成を固める。あとは合流して、総攻撃だ」

「ええ、よろしくお願いします、父上」


 リディアは深く一礼しつつ、ギルベルトの荒々しさの中にも見え隠れする厳粛さを見逃さなかった。どうしようもないほど奔放な父ではあるが、公爵家の実質的な最高権威として、やるべきことは的確に行っているのだ。


 やがてギルベルトは馬を駆って邸を出て行った。その後ろ姿を見送りながら、リディアはじわじわと込み上げる決意を噛みしめる。このまま進めば、王都との対立は避けられない。いや、もはや正面衝突は確定だ。ならば迷いなど捨てて、思い切り叩くのみ。王家が相手でも、遠慮する理由は何ひとつない。



 日が高くなるにつれ、遠方から続々と報告の使者が到着した。公爵領各地の駐屯地で兵が集められ、装備品も続々と中央倉庫へ運び込まれているという。リディアは邸の前庭で指示を出しながら、騎兵たちの様子をチェックする。


「馬はどう? 飼育状態は悪くないかしら?」

「お嬢様、問題ございません! 全頭、すぐにでも走り出せます!」

「よろしいわ。じゃあ弓兵には、軽装甲と雨具を忘れずに支給してください。道中、天候が崩れる可能性もあるから」


 部下の兵はきびきびと動き出し、準備が整うに従って次々に報告が上がってくる。王都への道のりを走破するには何日かかるか、周辺の村から糧食を調達できるか――すべての要素を精査しながらリディアは判断を下していく。


 すると、馬蹄の音が再び公爵邸の門前に響いた。別の使者らしい若い兵士が、息を切らしながらリディアのもとへ駆け寄る。


「お嬢様、近隣の領主たちが公爵家の動きを察知したようです。現状、反発する者はいない様子ですが、中には『もし王都と争いになるのなら、どちらについたほうが得か』と様子見を決め込む領主もいるようで……」

「まあ、そちらも計算高いでしょうからね。無理に引き込もうとするとかえって逆効果です。あくまで中立を装うなら、そのまま放っておきなさい。こちらに害意を示さない限り、こちらも手出しはしないと伝えて」

「かしこまりました!」


 兵士が再び馬に乗り、領地間を駆け回っていく。その後ろ姿を見送り、リディアは「ふう」と一つ息をついた。公爵家の軍事力が突出しているとはいえ、領土を動かすには交渉も必要だ。父のように力任せだけではなく、時にはこちらから余裕を見せることが大事になる。


 それでも、いずれは王都に進軍し、決着をつけなければならない。リディアはちらりと青空を仰ぎ見ながら、自分の胸の中で静かに燃え続ける炎を感じた。婚約破棄なんて言葉一つで、ここまで事態が発展するなど、普通ならあり得ないと思うかもしれない。けれど、公爵家を(あなど)る行為をしたのは王太子自身。ならば徹底的に行くしかない。


「ふふ、覚悟なさいませ。わたくしを恥じ入れさせた罰を、とことん味わっていただきますわ」


 人目をはばからずつぶやいたその声音は、どこか楽しげでさえあった。責められる相手が王家であろうと公爵家であろうと関係ない。今のリディアにとっては『目には目を』――いや、それ以上の返礼を持って望むことが当然だ。



 やがて日が暮れるころ、門前に再び馬の群れが到着する。要塞から先行して駆けつけた先遣部隊らしく、全員が精悍(せいかん)な面持ちの騎士装束に身を包んでいた。隊長らしき男が馬から下りるなり、一礼してリディアに声をかける。


「お嬢様、ご命令どおり、要塞の兵を動かす準備が整いました。物資の輸送隊もすぐに合流する予定です。これよりわたくしどもは、公爵邸の護衛と同時に、王都への進軍作戦をお支えいたします」

「ご苦労さま。今夜は邸で一夜を明かしてください。明日の朝に再び合流地点を定めて、出発しましょう」

「はっ、かしこまりました!」


 見ると、彼らの鎧は最新型の鋼鉄が使われているらしく、王国軍で見かけるものより格段に高品質だ。愛馬にも丈夫な馬甲が施されており、まさしく『最強の私設軍隊』と呼ぶにふさわしい威容を誇っている。リディアは満足げにうなずいた。

 兵の間にはほとんど動揺が見られない。むしろ王都を攻めるという前代未聞の行為に、昂揚(こうよう)しているようにさえ見える。これもギルベルトの統率力と、公爵家の誇る軍事伝統が成せる業だろう。



 日付が変わると、ギルベルトが屋敷に戻ってきた。要塞へ出向いて部隊編成を進めていたが、一段落ついたので状況の確認を兼ねてやって来たのだ。大きく伸びをしながら「腹が減った」と騒ぐ姿は、どう見ても今から大戦を控えている人間には見えない。しかし、その軽妙さこそが公爵軍の士気を下げさせない大きな要因になっていた。


「どうだ、リディア。明朝出発で間違いないか?」

「ええ、準備は万端です。馬の飼育係から報告がありましたが、すべての騎馬が問題なく動けるそうです。武具や備品の積載も滞りありません」

「上出来だ。俺のほうも、明日の昼には徒歩部隊がこの邸に合流する。それから、一気に王都へ向けて南下してやるさ」

「わたくしは先行して街道周辺を押さえておきますね。後続の隊がスムーズに動けるように、道案内の兵も配置します」

「ははっ、さすがだ。まったく抜け目がねえな」


 ギルベルトが高笑いして手を叩くと、近くで待機していた兵士たちも明るい声で応じる。まるで遠足を前にした子どもたちのような活気だが、実際には本格的な軍事行動の始まりである。


「王都に着いたら、まずは城門前で盛大に迎えてもらおうじゃないか。お前の婚約破棄がどれだけ愚行だったか、あの王太子に思い知らせてやらないとな!」

「はい、もちろんです。……もっとも、殿下ご本人は逃げ出すかもしれませんけれど」

「逃がしてなるもんか。しっかり捕まえて俺たちの前で膝をつかせてやる。その後どうするかはお前が好きに決めるんだな」

「そうですね。まあ、その時になって気が変わるかもしれませんけど」


 リディアは意味深に笑ってみせる。憤怒をきっかけに始まったこの騒動だが、父ギルベルトとともに戦の準備を進めるうち、妙な充実感さえ芽生えてきた。誰にも(あなど)られず、自分らしさを貫くための手段――この場では力こそが物を言うのだから、ためらう理由などない。


 夜の闇が公爵家をすっぽりと包む頃、兵たちの大半は仮眠をとっていた。明日の出撃に備えて少しでも体力を回復させるためである。リディアも部屋に戻り、書きかけの地図メモを再度確認してから、机に置いたランプの火をそっと吹き消した。


「明日は大きな一日になるわね。どうなるにしても、もう引き返すことはできない」


 ベッドに横たわりながらそうつぶやいて目を閉じると、意外なほどすぐに深い眠りが訪れた。激しい怒りと高揚が混在する中で、不思議と後悔や不安はほとんど感じない。むしろ、自分が何を望み、何を成し遂げたいのかがはっきりしていることに、リディアは安堵さえしていた。

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