最終話「声」
放送室の前に立った僕たちは、無言のままそのドアを見つめていた。紗月先輩がポケットから取り出した鍵を握りしめ、ドアに差し込む。鍵がカチリと音を立てて開き、重いドアがゆっくりと開かれた。
「ここで、カセットテープを再生すれば…何かがわかるはずよ」と紗月先輩は静かに言った。
放送室は薄暗く、古びた機材が並んでいた。埃っぽい空気の中に、何十年も使われていない機器が静かに佇んでいる。僕たちは緊張しながら、室内に足を踏み入れた。
「プレーヤーは…これかな?」僕が指さしたのは、机の上にぽつんと置かれた古いカセットデッキだった。機械自体はかなり古びていたが、電源が入るかどうか試すため、コンセントを探してつないだ。
「動くかな…」直樹が心配そうに言った。
「大丈夫よ。やってみましょう」と紗月先輩が言い、僕はカセットテープをデッキに差し込んだ。
ガチャリと古い音を立て、再生ボタンを押す。しばらくの間、何も起こらなかった。僕たちは息を殺して、テープから何かが流れてくるのを待っていた。
そして――突然、低い音が放送室のスピーカーから響き始めた。それは、かすれた声だった。
「私を…助けて…」
「え?」僕は思わず声を上げた。
「私を…見つけて…ここにいる…」テープの声は、さらにかすれ、途切れ途切れに続く。
「誰だ…これ…?」直樹が震える声で言った。
「分からないけど…きっと、この学校で何かがあったんだわ」と紗月先輩は静かに言った。彼女の表情は真剣で、まるで何かを確信しているかのようだった。
「私を…見つけて…校舎裏の社に…」
突然、音声が途絶え、スピーカーからはもう何も聞こえなくなった。僕たちはしばらくの間、放心したようにその場に立ち尽くしていた。けれど、テープが伝えた「校舎裏の社」という言葉が、僕たちの頭に深く刻まれた。
「行くしかないな…」僕は覚悟を決めた。
「そうね。そこに何があるのか、確かめるしかないわ」と紗月先輩も決意した表情で頷いた。
「まさか、ここまで来て引き返せないもんな」と直樹も言い、僕たちは古い社へ向かうことにした。
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夜の静けさが、重くのしかかっていた。周りには誰もおらず、月明かりがかろうじて地面を照らしている。僕たちは懐中電灯の光を頼りに、テープが指示した場所へと足を進めた。
「ここに…何があるんだ?」直樹が周りを見渡す。
「何か…隠されているんじゃないかしら」と紗月先輩が答える。「ここに何かがあったはず…」
すると、紗月先輩が足元を指さした。「見て!」
僕たちが懐中電灯を照らした先には、地面に古い金属の蓋が埋め込まれていた。泥にまみれていたが、確かにそれは何かを封じ込めているような蓋だった。
「これが…」僕は息を呑んだ。
「この中に…誰かがいるんだ…」紗月先輩が震える声でつぶやいた。
僕たちは蓋を開けるために協力し、泥をかき分けながら蓋を持ち上げた。重く錆びついた蓋が外れると、そこには暗い地下への階段が現れた。
「まさか…こんなところに…」僕は驚愕した。
「行くしかないわ。あの声の主が、この中にいるかもしれない」紗月先輩が先頭に立ち、僕たちは地下へと足を踏み入れた。
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地下は冷たく湿っていて、息が詰まりそうな空気が漂っていた。階段を下りるたびに、僕たちの心臓は早鐘のように打ち始めた。やがて、暗闇の中に小さな部屋が現れた。
その部屋の中央には、古い木の箱が置かれていた。
「これが…あの声の主なのか…?」僕は慎重に箱に近づいた。
「開けましょう」と紗月先輩が言い、僕たちはゆっくりと箱の蓋を開けた。
その瞬間、中から白い光が放たれ、僕たちの目を眩ませた。そして、光の中から現れたのは、透けるような少女の姿だった。彼女は僕たちをじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「ありがとう…やっと見つけてくれた…私は、この学校で忘れられた存在…閉じ込められた魂…」
彼女の声は、まるで風に溶け込むように儚く、しかしはっきりと僕たちの耳に届いた。
「どうして…こんな場所に?」僕は恐る恐る尋ねた。
「私は…ずっとここにいたの。誰も気づいてくれなかった。でも、あなたたちが…私を見つけてくれた」
彼女は微笑み、そしてゆっくりとその姿が消えていった。残されたのは、ただ静寂だけだった。
「終わった…のか?」直樹がぽつりと呟いた。
「ええ…私たちは彼女を救ったのよ」と紗月先輩は安堵の表情を浮かべた。
僕たちは静かに地下を後にし、再び外の世界へと戻った。夜空には満天の星が広がり、僕たちは無言でそれを見上げた。
「これで…オカルト研究会の活動も一区切りかな」僕は冗談交じりに言ったが、胸の中には満足感が広がっていた。
「そうね。でも、また何か起きたら…次も解明してみせるわ」と紗月先輩は微笑んだ。
こうして、僕たちの長い夜は終わりを迎えた。
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