第五話「闇の体育館」
音楽室を後にして廊下を歩く僕たちは、次なる目的地である体育館へと向かっていた。背後で鳴り響くピアノの音はもう聞こえないが、未だにあの不気味な旋律が頭の中をこだましていた。体育館へ来い――黒板に浮かび上がったそのメッセージは、確かに僕たちを誘っている。けれど、その誘いの先には何が待っているのか、誰も分からない。
「どうして体育館なんだろう?」僕は疑問を口にした。
「きっと、この旧校舎に関する謎に関わる場所なのよ」紗月先輩は、何かを考えながら答えた。「この学校の会談の多くは、人が集まりやすい場所で起きることが多いから」
「でも、体育館って昼間は普通に使われてるんだよな?」直樹が不安げに聞く。「幽霊とかオカルトって、もっと暗くて誰もいない場所に現れるんじゃ…」
「それはよくある偏見よ、直樹くん。幽霊は必ずしも暗い場所に出るとは限らないわ。それに…体育館も昼間と夜ではまったく雰囲気が違うでしょう?」
確かに、誰もいない体育館の中に響く自分たちの足音を想像するだけで、僕は身震いした。何かがそこに潜んでいる気がしてならない。
「ともかく、行ってみなきゃわからないわ」と紗月先輩はきっぱりと言った。
僕たちは無言のまま階段を下り、旧校舎の出口へと向かった。外はすでに完全に暗くなっており、学校の敷地は薄い霧に包まれていた。体育館は校舎の反対側にあり、薄暗いライトがぼんやりと照らしている。
「なんか、めちゃくちゃ雰囲気出てきたな…」直樹が顔をしかめながらつぶやいた。
「怖がってるの?」紗月先輩が微笑む。「大丈夫、私たちはオカルト研究会よ。こんなところで引き返すわけにはいかないわ」
体育館の大きなドアに手をかけると、金属の冷たさが指先に伝わってきた。ぎぃ…と音を立ててドアを開けると、中は思った通り真っ暗だった。体育館の天井にある大きな照明は消えており、わずかに窓から差し込む月明かりだけが、床に淡い光の線を描いている。
「真っ暗だ…」僕はつぶやいた。
「電気、つけられるかな…」直樹が周りを見渡しながら言ったが、スイッチの場所が分からないのか、しばらくして首を横に振った。「くそ…見当たらない」
「仕方ないわ。暗いけど、何か手がかりを探しましょう」と紗月先輩は言い、懐中電灯を取り出して床を照らした。
その時、僕はふと気づいた。体育館の中央に何かがある。遠くからはよく見えないが、床にぼんやりと浮かび上がっている何かの影があった。
「先輩…あれ、何ですか?」僕は震える声で指さした。
紗月先輩もその影に気づき、無言で頷いた。僕たちは慎重にその影に近づいていく。すると、それがただの影ではないことに気づいた。
「何だこれ…?」直樹が低い声でつぶやいた。
そこにあったのは、古い白いシーツがかけられた何か大きな物体だった。形からすると、テーブルのように見える。シーツの端が少しめくれていて、その下に古びた木の足が見えていた。
「こんなもの、体育館にあったか?」僕は怪訝そうに問いかけた。
「なかったわ。少なくとも、昼間見たときにはね」と紗月先輩が答える。
「じゃあ、誰かがこれを持ち込んだってことか?でも…なんでわざわざこんな場所に?」
僕たちはシーツを恐る恐るめくると、その下には古びた机が一つ置かれていた。そして、その上には何かが乗っている。
「これは…何だ?」直樹が言葉を詰まらせながら、その物体を見つめた。
それは、古いカセットテープだった。埃をかぶっているが、今でも再生できそうな状態に見える。カセットテープの表には、何も書かれていなかった。ただの無地のテープだ。
「どうしてこんなところにカセットが…?」僕は不思議そうにテープを手に取った。
「これを再生しろってことかしら…?」紗月先輩が冷静に推測した。
「でも、再生機がないぞ?」直樹が辺りを見回すが、もちろん体育館にはカセットプレーヤーなどあるはずがない。
その時、突然体育館の外からかすかに音が聞こえてきた。遠くから聞こえる、不規則な足音のような音。それは徐々に近づいてきているように感じられた。
「誰かが…来る?」直樹が慌てて言った。
「ここを離れましょう」紗月先輩がすばやく言うと、僕たちは急いで体育館の外に出た。外の空気は冷たく、僕たちは少しの間、その場で息を整えた。
「何だよ、今の音…」直樹が荒い息をつきながら言った。
「分からないけど、誰かがこのカセットテープを使わせようとしているのは間違いないわ」と紗月先輩が答えた。
「でも、これを再生するには…プレーヤーが必要だろ?」僕はテープを見つめた。「どこで再生するんだろう」
その瞬間、紗月先輩の表情が少し変わった。「再生機なら…ひとつ心当たりがあるわ」
「どこですか?」僕たちは一斉に尋ねた。
「放送室よ。この学校の放送室には、古いカセットプレーヤーが今でも残っているはず」
「放送室か…」僕はその言葉に少し安心したが、同時に新たな不安が湧き上がってきた。「でも、放送室って確か…夜は鍵がかかっているんじゃ?」
「鍵なら心配いらないわ」と紗月先輩はポケットから何かを取り出した。古びた鍵がキラリと光っている。「これを持っていれば、どこでも入れるわよ」
僕たちは驚いたが、同時に心強くも感じた。放送室に向かえば、きっと何かがわかるに違いない。僕たちは再び歩き出し、次の目的地である放送室へと向かった。