第四話「響く旋律」
暗い廊下を歩く僕たちの足音が、静まり返った校舎に響く。まるで僕たちがこの場所で唯一の生き物であるかのような不気味な静けさだ。教室から出ることができたものの、次の目的地である「音楽室」に何が待ち受けているのか、誰もわからなかった。
「音楽室って…旧校舎のどこにあるんだっけ?」僕は不安そうに紗月先輩に尋ねた。
「確か、3階の端の方にあったはずよ」と先輩は言いながら階段の方へと歩を進めた。
「そんな場所、普段誰も使わないじゃん。どうしてわざわざそこに…」と直樹が疑念を口にする。
「それが理由なのかもしれないわね。この旧校舎は、長い間放置されているし、普通の生徒はまず立ち入らない。だからこそ、何かがここに潜んでいるのかもしれないのよ」
僕たちは何も言わず、紗月先輩の言葉を噛み締めながら階段を上っていった。3階に到着すると、薄暗い廊下がまるで無限に続いているように見えた。窓から差し込む夕陽が赤く照らし、廊下全体に奇妙な陰影を作り出している。
「音楽室はこの先よ」と紗月先輩が前を指差した。
廊下の一番奥に、音楽室の扉がぼんやりと浮かび上がって見える。僕たちは無言のまま歩を進め、その扉の前で立ち止まった。
「入るぞ…」僕は心の中でそう呟きながら、扉に手をかけた。しかし、その瞬間、突然背後から冷たい風が吹き抜け、僕たちは一斉に振り返った。
「今の風、どこから?」直樹が不安そうに辺りを見回す。
窓は閉まっているし、風が吹き込むような場所はなかった。僕たちは何も言わず、再び音楽室の扉を見つめた。恐る恐る僕が扉を開けると、中から古びたピアノの匂いと、かすかに漂う埃の匂いが鼻をついた。
「中に…何かいるのかな?」直樹が声を震わせて言う。
「入ってみましょう」と紗月先輩は躊躇せずに音楽室に足を踏み入れた。僕たちもその後に続く。
教室の中は、外よりもさらに薄暗かった。古びたピアノが中央に鎮座しており、その周りに並べられた椅子や譜面台は、使われなくなったまま放置されている。壁には、楽譜や音符の装飾が今も色あせて貼られていた。
「ここには…誰もいないみたいだな」と直樹がホッとしたように言った瞬間、突然、教室の奥からピアノの鍵盤が一つだけ、ポンと鳴った。
「えっ!? 今の聞いたか?」僕は驚いて振り向いたが、誰もピアノに触れていない。
「何かが…音を出した?」直樹は震えながらピアノを見つめている。
「間違いないわ」紗月先輩はピアノに近づき、その鍵盤に指を触れようとした。
しかしその瞬間、ピアノがひとりでに鍵盤を鳴らし始めた。最初は単調な音だったが、次第に複雑な旋律に変わり、まるで誰かがそこに座って演奏しているかのように響き渡った。僕たちはその不気味な光景に呆然と立ち尽くすしかなかった。
「誰かが…演奏している?」僕はつぶやいた。
「違う、これは…メッセージよ」紗月先輩が真剣な表情で言った。「この音楽には、何か意味があるはず」
「そんなこと…どうやってわかるんだよ!」直樹が動揺して叫ぶ。
「だって、見て。ピアノの蓋が開いているわけじゃないのに、鍵盤が鳴り続けている。誰かが私たちに伝えたいことがあるに違いない」
その時、ピアノの音が突然止まり、部屋が再び静寂に包まれた。だが、僕たちが次に目にしたのは、もっと恐ろしい光景だった。
音楽室の黒板に、またしても文字が浮かび上がったのだ。
「後ろを見て」
「う、嘘だろ…?」僕は硬直したまま、直樹を見た。直樹も恐怖で顔を真っ青にしている。
「見た方が良さそうね」紗月先輩は冷静を保ちながらも、若干の緊張が伝わってくる声で言った。
僕たちは意を決して、ゆっくりと振り返った。そこには…誰もいなかった。しかし、確かに何かがいる気配がする。空気が妙に重く、息苦しい。
「誰か…そこにいるの?」紗月先輩が静かに問いかけた。
すると、教室の隅に置かれていた古びた机が突然、ガタンと音を立てて倒れた。僕たちは驚き、思わず後ずさった。
「これって…」直樹が声を震わせながら言う。「本当に、霊が僕たちに何かを伝えようとしてるんじゃ…」
「まだわからないけど、確実に何かが起こっているわ」紗月先輩はピアノに視線を戻した。
その時、黒板に再び文字が浮かび上がった。
「体育館へ来て」
「体育館…?」僕は声に出して読んだ。
「きっと、次の手がかりがそこにあるのよ」と紗月先輩が答えた。「行きましょう。ここに留まるのは危険よ」
僕たちは一度顔を見合わせ、意を決して音楽室を後にした。次の目的地は、体育館。果たして、そこにはどんな真実が待ち受けているのだろうか。