第三話「導かれる足音」
足音がますます近づいてくる中、僕たちは身動きが取れなくなっていた。廊下を歩く誰かが、すぐそこまで来ている。そして、その足音が教室の前でピタリと止まった。
「誰か来た…?」直樹が不安そうに僕の方を見た。
僕たちは思わず息を潜め、教室の扉を見つめた。何もないはずの静かな廊下に、その足音だけが響いていたのだ。そして突然、教室の扉がガタガタと音を立てた。まるで誰かが外から開けようとしているかのように。
「どうする…?」僕は声を震わせながら紗月先輩に視線を送る。
紗月先輩は冷静な顔をしていたが、額に少し汗がにじんでいるのが見えた。「とにかく落ち着いて。扉が開かない限り、私たちに危害はないはずよ」
しかし、その言葉が終わる前に、教室の扉がゆっくりと音を立てて開いた。だが、そこには誰もいなかった。廊下は無人のまま、ただ扉が開いただけだ。僕たちは唖然として言葉を失った。
「ま、まただ…」直樹が怯えた声を出す。
「ここまで来たら確かめるしかないわね」と紗月先輩は覚悟を決めたような口調で言った。「扉を閉めて、何が起こるのか見てみましょう」
「えっ、本気で言ってるんですか?」直樹が半ばパニックになりかけている。
「ここに何かがあるのは確かよ。でも、それが何なのか、まだ掴めていないわ。このままじゃ帰れない」
僕は不安だったが、紗月先輩の冷静さが少しだけ安心感を与えてくれていた。直樹が不満そうな顔をしている中、紗月先輩は教室の扉を静かに閉めた。
すると、すぐに異変が起きた。教室全体が急に冷たくなり、窓ガラスが白く曇り始めた。次の瞬間、教室の照明が一斉に消え、闇が僕たちを包み込んだ。
「くそっ、何だよこれ!」直樹が叫び声を上げるが、声がやけに響いて不気味だった。
「落ち着いて!」紗月先輩が鋭く言う。
僕たちは闇の中、声も出せずに立ち尽くしていた。だが、その時、またしても黒板に何かが浮かび上がった。それは昨日と同じ「助けて」という文字だった。しかし、今回はその下にさらに新しい文字が追加されていた。
「ここに閉じ込められている」
「誰かが…本当に助けを求めているんだ」僕は呆然とつぶやいた。
「それだけじゃない」紗月先輩が低く言った。「私たちも同じように、閉じ込められている」
その瞬間、教室の扉を開けようとしたが、全く動かなかった。まるで何かが外側から押さえつけているかのようにびくともしない。僕たちは慌てて窓の方に駆け寄ったが、窓も開かず、周囲は真っ暗で何も見えない。
「どうする…?僕たち、本当に出られないのか?」直樹がパニックになりかけている。
「冷静に。きっと何か方法があるはずよ」と紗月先輩はあくまで冷静だった。「この教室で起こっていることは、単なる霊的な現象だけじゃない。何かが意図的に働きかけている。原因がわかれば、解決策も見えてくるはず」
「でも、どうやって原因を突き止めるんだよ!」直樹が怒り気味に言う。
僕は必死に頭を働かせていた。黒板のメッセージ、「ここに閉じ込められている」という言葉が頭から離れない。この場所に囚われている存在が、何かを訴えかけている。それはただの恐怖を与えるためのものではなく、何かしらの真実を伝えようとしているのかもしれない。
「ここにいる『誰か』が、私たちに何かを伝えようとしているのよ」と紗月先輩が言った。「私たちが助けを求められている相手を理解しなければ、この教室から出ることはできないわ」
「どうすればいいんだ…?」僕は混乱しながらも、考えを巡らせた。
その時、黒板にさらに文字が浮かび上がった。
「音楽室」
「音楽室…?」僕たちは顔を見合わせた。
「もしかして、次は音楽室で何かが待っているのかもしれない」と紗月先輩が言った。
「でも、どうやってここから出るんだよ?」直樹が焦りを隠せずに言う。
その瞬間、教室の扉が再びガタガタと揺れ、突然何かの力で開いた。僕たちは息を呑んで立ち尽くしたが、外には相変わらず誰もいない。
「行くわよ」紗月先輩が先に廊下に足を踏み出す。
「本当に…行くのか?」直樹が尻込みするが、僕たちは逃げるわけにもいかず、先輩に続いて歩き出した。
次の目的地は、音楽室だ。