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RGB:僕と浮世離れの戯画絵筆 ~緑色のアウトサイダー・アート~  作者: 雪染衛門
第十章 真っ赤な嘘

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96. 赤くなる

織部(おりべ)くんとはわかり合えると思ってた。

もっと話したら、ウケるくらい共通点もたくさんあるんだろうなって。


“真っ赤な嘘”を打ち明けても、きっと受け止めてくれる。

一緒に背負ってくれる。


だからこそ、守ってあげなくちゃ――ずっと、そう思い込んでいた。


だって、彼に自己投影すれば、苦しさも和らぐし、涙も(こら)えられるから。


「そっくりなのは、あたしじゃ、ない……」


胸の奥からくり返し響く“あっちゃん”の記憶が、織部くんと重なっていく。

あの頃は理解しきれなかった、答え合わせみたいに。


「僕は赤でも黄色でもないし、青の人が見る景色も知らない。緑色はタイパもコスパも悪いんだろう。……違う色に生まれていたら、もっと楽な未来があったかもしれない。いまだって、そう考えることはあるよ」


教室がざわついた。


「おい、あれ……」

「……傷?」


初めて目にした驚愕(きょうがく)そのままの声がひそひそと飛んだ――織部くんが額に手を当てたんだろう、とドア越しに察した。


「でも、遠回りしたからこそ気付けたことがある。その“思い出”が、僕を強くした。……僕だけの武器になったんだ」


額を隠すために、前髪をわざと伸ばしていることを私は知ってる。

その隙間から覗く大きな三本傷が、本人は語らずとも壮絶な過去を想わせるから。


「この武器で、僕は弱さと闘う。困難に挑むのは、こうありたいと願う自分のためだ」


“緑色”なのに、どうしてこんなにほっとけないんだろう――

そんな疑問がずっと心に灯ってた。


それは、織部くんが私にとって“あったかもしれない”もうひとつの未来だからなんじゃないかって。

無意識に、もう同じ道は進めないとわかってて……彼を守ることで、私が“あたし”でいる理由を必死に肯定しようとしてた。


「生まれつきの魂の色(ソウルカラー)が未来を決めるんじゃない。これからの生き方が、その色のこれまでを変えていくんだ。だから、“いま”をどう選ぶかなんだよ」


(……“いま”を、選ぶ……)


「自分の弱さを緑色のせいにしたくない。僕が(つむ)ぐ未来で、新しく塗り替えたい」


私の選べなかった道を、織部くんは踏み出してる。

眩しいくらいに。


嬉しくて、寂しくて――結局、どこまでも私の独りよがり……。


(……あたしなんて、いなくたって……)


沈んでいく感覚を、どうしても止められない。

耐えてきた副作用の意味さえ、見失いそう。


「ろくでもねーな、ガチで」


それまで黙り込んでいた桃山(ももやま)が、(ごう)を煮やしたように声を荒げた。


「緑のせいにしたくない? 塗り替える? 無責任なんだよ!」


「無責任でいい」


目の前が漂白(ひょうはく)されていくようだった――あまりの白さに、目を開けていられない錯覚に襲われた。


教室から響いた声は、数日前に私が口にした言葉。

いま、織部くんの口から紡がれてる。


「僕は、自分の力で答えを出す。信じるって心から笑ってくれた人に応えたいから」


(心から笑ってた……あたしが……?)


織部くんは息を呑み、迷いを振り切るように――答えを出す。


「僕は、緑色が……好きだから」


“好き”を言える強さ――私がどこかに落としてしまったもの。


そのはずなのに、心が透き通る。

あの笑顔が浮かんで、どうしようもなく嬉しくなって、もっと聞いていたくなる。


織部(おりべ)くん……」


鏡に映った私みたい。

すごく似てるのに、動きは正反対――鏡越しでは、決して同じにはなれない。


ありのままを許されない私は、鏡から抜け出せない。

だからきっと、望むことと反対の選択ばかりしてしまうんだろう。


でも――


(君なら、あたしには()けない景色に辿(たど)り着けるんじゃないかって……)


それなら、やっぱり私は笑っていよう。

見失いそうになっても、道を照らす東雲色(しののめいろ)でいられるように。


紫色()のままじゃ、それはできなかったけど――


「……いまの赤色(あたし)なら、できる」


気付けば、爪が手のひらに食い込んでいた。

燃え上がる衝動に押され、唇を噛む。


教室を開けた瞬間、刺すような空気の色が喉をひりつかせた。


その先は曖昧で――血のめぐりに感情が呑まれゆくなか、ただ全身を焦がすような想いに身を委ねていた。


(……ああ、いいな。あたしも、そうなれたらな)


()()()が募るほど、心が真っ赤に染まる。

突きつけられる、私は“ホラ吹き”。


この赤色らしさだって、誰かの影をなぞった真似でしかない――


「お前の解釈は、ほとほと呆れる。もう死ねよ」


桃山の見下す声と同時に、織部くんが突き飛ばされる。


反射的に手を伸ばし、抱きとめた。

頬の真っ赤な腫れが目に焼き付いて――心臓がきしむ。


閃光が視界を裂き、瞳が赤く色めき立つ。


――“正義スイッチ”。


「……し、東雲(しののめ)さん。待っ……」


織部くんの声を振り払い、気付けば桃山に馬乗りになっていた。


「おい桃山(モモ)、マジでナメすぎじゃね?」


振り上げられた拳の下で、桃山は情けない声を漏らし、すくみ上がる。

床に張り付いたままの奴に、とどめを刺す勢いで()めつけた。


「“ぶっ飛ばす”って、言ったっしょ」


喉の奥から噴き出したこの言葉すらも、“あっちゃん”――()()の真似事。

もういまさら軌道(きどう)修正なんてできっこない……。


自分を他人だと思え――それが泣かない秘訣(ひけつ)


――私が嘘をつくことで喜ぶ人がいる。

涙を堪えれば、誰かの助けになれる。


だから私は推しの口癖をお守りにして、怒りを味方にする。


これが、私が“あたし”になるまでの物語――

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