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RGB:僕と浮世離れの戯画絵筆 ~緑色のアウトサイダー・アート~  作者: 雪染衛門
第十章 真っ赤な嘘

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91. 罪悪感

(……あたしは、真っ赤な嘘だ)


吹奏楽部に入ると、迷わずホルンを選んだ。花形のトランペットでもないし、ピッコロやクラリネットみたいに持ち運びが楽な楽器でもない。

部員たちからは、意外だって言われる。


――『サックスとか、フルートのが、()()()っぽいのに』

――『もっと目立てばいいのにさー、“赤色”なんだし』


っぽいって……どこ見てそんなこと言ってんの? って。


「ウケる……」


派手な髪色? 陽キャ仕草? 強めな正義感……?

そんなの、“私”なら、いくらでも()()()()()


「……選ぶわけないじゃん。あたし、()じゃないし」


存在自体がデタラメなんだから……。

“ホラ吹き”の私には、()()()がぴったりだし。


そんな意図には、誰も気付かない。疑いもしない。

それだけ信用されてる――私じゃなくて“赤色”がさ。


「鏡の前なら、言えるのになー」


朝日が差し込む姿見の前で、制服のスカーフを結んでいく。

サテンの(こす)れる音が、今日も私を縛っていく。


うんざりするほど雲ひとつない晴天。

(のぞ)く鏡のなかに、誰もが羨む“赤色”らしい情熱的な笑顔は――ない。


「……もう、やらかさないから」


じっと私を見つめ返す澄ました顔立ちに、冷ややかな声で応えた。



物心ついた頃には、()()になるよう強制されてきた。


小学生のとき、それがバレて退学になったけど、パンデミックと落画鬼(らくがき)認知のどさくさ紛れに転校したからか、陰湿な追及も、執拗(しつよう)な拡散も免れた。


(それに、嘘は隠そうとするからバレるんだよ。堂々と胸を張ってればいい)


まわりから浮くのがずっと怖かった。目立ちたくなくて、いつも(うつむ)いてた――

そんな暗かった過去の私とは、髪と一緒にブリーチしまくってバイバイしたんだ。


「でもさ……」


それでも、ときどき考えちゃうことがある。


(“嘘だよ”って言ったら――君、どんな顔する……?)


鏡のなかの“あたし”が漂白されていく。別の姿に変わっていく。

いつも消えちゃいそうなくらい優しく笑う、緑色の――


「……織部(おりべ)くん」


周囲からどんなキツい扱いを受けても、緑色の運命から、絶対に逃げない。決して、嘘もつかない。


そんな姿を見るたび、私は“あたし”がひどく卑怯で、汚い人間に思えてくる。


緑色だって決めつけて、誰も気付かない。

彼は臆病だって(わら)われるけど、本当は――私のほうがずっと、臆病なんだ。


君なら――


「受け入れようって、頑張っちゃいそ。――合成着色人間(ウソまみれなあたし)のこと……」


鏡のなかの彼は、肯定してくれてるみたいに、そっと、こっちに手を伸ばしてる。

その手を取ろうとしていた“私”にハッとして、思わず引っ込めてしまう。


……彼は、ぱっと消えた。


(……やっぱ、無理)


言えたらどんなに楽か。でも、言えない。言ったら終わる。


この秘密は、私ひとりの問題じゃない。背負うには、あまりにも重すぎる。

これ以上、緑色の彼に背負わせたら――()()()みたいに、壊してしまう。


失ってしまう。


――だから、言わない。


深く息を吐く。彼の面影を追っちゃいけない、そうわかってるのに――

それでも、目はつい鏡に向いてしまう。


……今度は、女が立っていた。


「え、こわっ!」


「……入ってますよ」


「事後報告!?」


「これでも譜面が完成するほど、ノックしましたよ」


「マジ? ぜんぜん気付かなかった……」


私は鏡ごしに、女と目を合わせる。


ぴしっとまとめた黒髪。(ほど)けば、平安ロングの長さありそう。


今様色(ピオニーレッド)の太めのアンダーリム眼鏡(グラス)。同じ色の攻めすぎなパンツスーツ――

使用人(サーバント)には、ミニマルが求められるのかもだけど……。


“目立ちたくなければ、目立て”


私にブリーチするきっかけをくれた人っぽい、いかにもなセンス。

色のインパクト強すぎて、ビジュ入ってこない。

何隠してんだろって気になるレベル。


彼女のことは――『草子洗(そうしあらい)』って呼んでる。


「時間厳守ですので、僭越(せんえつ)ながら」


そう言って、草子洗はピッチャーをサイドテーブルに置いた。

結露の向こうで、レモングラスが揺れる。

数種類の錠剤が、飲む順番どおりに並べられていく。きっちり、正確に。


私のルーティンは、ぜんぶ彼女が管理してる。


「ねえ、草子洗(そうしあらい)……」


ソファに腰かけるより先に、つい声がこぼれた。


「なんでしょう?」


私が腰を下ろすと同時に、目の前のグラスが静かに満たされていく。

ふわりと香り立つレモングラスが、ほんの一瞬、思考を止めた。


水の音に耳を預けながら、私はおずおずと切り出す。


「やっぱ……あたしの独り言、聞いてた……?」


「いいえ、何も」


即答すぎて、逆に違和感。


でもまあ――とりあえず胸を撫で下ろすと、グラスに手を伸ばした。


「……恋煩(こいわずら)い、ですか?」


口に含んだ水が、綺麗な霧になって吹き出す。


「聞いてんじゃん!」


顔ヤバ、湯気かぶったみたい。どっから聞かれてた?

熱とせり上がる真っ赤な感情に、頭のなかが臨界点(りんかいてん)


草子洗の、無言の圧。

心音(ビート)に乗って揺らぐ水。

その波紋が静まるまで、何も言えなかった。


「そんなわけないっしょ……」


私は、諦め半分で再び手を伸ばす。

並べられたうちのひとつ――(つや)やかな赤を宿す、透明なカプセルに向かって。


「あたしのこと、持ち上げすぎな子がいてさ」


カプセルを指で転がしながら、私は静かに話を繋ぐ。

草子洗は、呼吸ひとつ立てず、じっと耳を(かたむ)けてくれていた。


「その視線が(まぶ)しいってゆーか、なんか、しんどいってゆーか……」


私、人騙してんだなって――強く実感しちゃうんだよね。


「だからさ、いっそバラしちゃえば、楽になんのかなーって」


「……仕留めましょうか」


急に口を開いたと思ったら、すでに意味がわかんない。


「は?」


「どちらかと言えば、そういったお役目は私の専売特許で……」


……ガチでなんの話してんの!?


「そっちの()()()じゃないしっ!?」


謎だらけのこの女中は、私の秘密を知る数少ない人で――たったひとりの味方。

……笑えない冗談が、(たま)(きず)なんだけど。


織部(おりべ)緑光(ろくみつ)……。()()のクラスメイトのことですね」


草子洗の切り替えは、いつも唐突。

冗談も真面目も顔色ひとつ変えず喋るから、心臓に悪い。


(……織部(おりべ)緑光(ろくみつ)


彼の名前を、そっとなぞる。


織部くんは、きっと知らないんだろうな。

私に向ける眼差しが、星みたいに光ってるって……。


「あの子なら()()に、秘密守ってくれそーってさ」


その光に(にじ)む優しさとか、誠実さとか――

あの子を利用しようとする私が、ふとした瞬間に現れる。油断できない。


「……あたしってさ、マジ性格終わってんのかも」

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