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RGB:僕と浮世離れの戯画絵筆 ~緑色のアウトサイダー・アート~  作者: 雪染衛門
第八章 赤恥をかくのはごめんだ

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71. 罪と罰

ショウは、脱兎(だっと)のごとく後退し、目の前の男を睨んだ。

ボロボロの服、干からびた肌、上唇からはみ出た醜い出っ歯――まるで地下に棲みつく(ねずみ)のよう。


殺気を向けると、男は喉の奥で不気味な引き笑いを漏らした。


()()()()()()ほど懐かしい名前に釣られてみれば、青ウサギがいるとはなあ。

ここは成仏できないやつらの吹き溜まりかぁ? くわばらくわばら、いひひひ」


(……なんだこいつ。まるで“色”がねえ……)


ショウは本能的に違和感を覚えた。


彼の優れた“色彩感覚”なら、人や物の色から存在の痕跡を感じ取れるはず。

だが、この()()()()だけは、闇から湧いた亡霊のように気配がなかった。


「供養しねえとなあ。過去絵はよぉ」


その言葉に、ショウの警戒心がさらに強まる。


男はただの浮浪者ではない。

だが、特異な絵師なら持っているはずの()()()も見当たらず、敵意も感じられない。


戦う意思のない者にペンを突きつけるのは御法度(ごはっと)――どう動くべきか。


「悪いな、俺は現役だ」


額に(にじ)む汗に、ショウ自身が驚いた。


(こんなことってあるか……)


かつてない感覚。


「あらぁあああっ!? 再掲かと思いきや新規絵!?

声変わりもままならない子ウサギじゃないのぉ」


ねずみ男の声には、煽るような色はない。

ぎょろつく目に、純粋な驚きが宿っている。


(あれだけバズった動画(青ウサギ)を知らねえとはな)


この反応は不自然だ。

どこか隔離されていなければ、こんなリアクションにはならない。


「若ぇのにさっそく社会の犬たぁ世も末だなぁ。

“出版社”の扱いもブラック確定じゃねえかよぉ」


浮夜絵師は政府の“委員会”に従うが、それぞれ“出版社”に所属し、そこから任務を割り振られる。

つまり、ショウもその一員――ねずみ男の言う“社会の犬”というわけだ。


「どういう経緯で“青ウサギ”なんざ背負った?

俺ちゃんは、お前さんが不憫で仕方ねえよぉ」


男は心底憐れむような目を向ける。


「強大な力を持つ者ってなあ、常に孤独で惨めよ」


ショウの中で、何かが(きし)んだ。


「どんなに鳴いたって誰も気づかねえ。

特にウサギにゃ声がねえからな。

()()も、痛みも悲しみも拭えぬまま、寂しく死んでったろうに」


「……何が言いてぇんだ」


軽々しく“先代の青ウサギ”の死を語る声色が、(しゃく)に障る。


「中途半端な憧れ程度で、そいつを纏ってんなら、やめときな。

“世間知らずの()二才”って呼ばれるのが目に見えてるってもんよぉ」


「憧れなんかじゃねえよ」


ショウはGペンを咥え、歯を食いしばる。

瞬間、青い稲妻が地下通路を貫き、地上へと光が走った。


「これは俺にとっての――罪と罰だ」


「ドストエフスキーか? 俺ちゃんは、『白夜(びゃくや)』のが好きだがよぉ」


ねずみ男は恍惚とした表情で、その青い光を見つめる。

そして、ショウの背後に浮かび上がった“戦乙女”を目にすると、さらに満足げに笑った。


「なるほど。いいねえ、こじらせてんねえ」


青く輝く槍が、ねずみ男の鼻先をかすめるように突きつけられる。


「おっと、落ち着けって。俺ちゃんは、お前さんの邪魔するつもりは毛ほどもねえのよ」


「どういう意味だ?」


「俺ちゃん、探し物してるだけなのよぉ」


探し物――?

ショウは、男をじっと見つめる。


「そいつを持ってるヤツがここにいるってわけよ。なんなら協力しねえか?」


意外な言葉に、ショウは眉をひそめた。


「お前さんが追ってる輩と、俺ちゃんの探しもんはきっと同じだ。

はやいとこ蹴りつけねえと、壊されたらひとたまりもないからよぉ」


にやつくねずみ男の声には、妙な切迫感があった。


「てめぇ、何を探して――」


言いかけた瞬間、ショウの頬を鋭い風がかすめる。

気付いた時には、ねずみ男の体が宙を舞った。


「……勿忘草(わすれなぐさ)?」


突き出された拳が、頬に届きそうなほどの距離にあった。

場の緊張感をよそに、あっけらかんとした声が響く。


「うわ、本当に生きてたとはねー? びっくりだなあ」


振り返ると、勿忘草がすぐそこにいた――

拳を突き出したままキメ顔をしていたが、「ってイッタァッ」といまさら痛そうに振る。


「風貌を変えて工夫してるみたいだけど、忘れもしないよ、その声は」


「いひひひ、勿忘草(わすれなぐさ)ってまさかの()()()()かよ。俺ちゃんもびっくりだわ」


ねずみ男の口調は軽いが、目はわずかに警戒している。


「元気だった? 私もおかげさまで、当時のキミと同じくらい、すっかりオジサンになっちゃったよー」


ふたりは顔見知りのようだった。

だが、あまりいい再会ではないことが、勿忘草の笑っていない目から(うかが)える。


「同い年になってわかったよ。

いくら歳とってもオジサンって呼ばれるほど案外、衰えちゃいない」


その瞬間、周囲のグラフィティが闇の中から滲み出るように浮かび上がった。


ショウが身構えるよりもはやく、どこに隠していたのか、無力化された警察やAI術士がバタバタと倒れ込んでくる。

周囲のグラフィティをカモっていたのは、ねずみ男だった。

勿忘草の一撃で、解かれたのだ。


(……どうやった?)


ショウの疑問は、ひと目で解決する――


勿忘草がローブを翻す。蒼い装甲が地下の薄闇に鈍く輝いている。

まるで異世界の騎士が降り立ったかのように。


「まだまだ()れるってね」


その言葉に込められた意味を問うまでもなかった。


「よかったらここで死んでよ、()()()()()

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