表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RGB:僕と浮世離れの戯画絵筆 ~緑色のアウトサイダー・アート~  作者: 雪染衛門
第六章 蛙の子はカエル

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/97

57. 哀しき秀才

「……えはっ、えええっ!? ぼぼぼぼぼぼくがっ!? うきっううきうき浮夜絵師(うきよえし)に!?」


 緑光(ろくみつ)の叫びに似たそれは、ゆったりとした水田地帯を突き抜けていく。


 察していたとはいえ、奇をてらわずに提案されると、大波に(さら)われた気分になる。溺れているような緑光に、実葛(さねかずら)は微笑みながらも、真剣な眼差しで頷いた。


「そう。ウキウキ浮夜絵師だ。楽しそうだろう?」


 再び仰け反る緑光だが、今度は田んぼに突っ込むほどではない。実葛は、彼の挙動が落ち着くのを待って、ゆっくり切り出した。


「浮夜絵師だけが唯一、落画鬼(らくがき)を消す能力を有している。君を傷つけた落画鬼のライターより高い能力を持つ浮夜絵師なら、その傷を完全に消せる」


「浮夜絵師なら……。傷が、消せる……?」

「ああ。君が浮夜絵師になるんだ」


 緑光は期待と戸惑いで膨らんだ胸が、一瞬にして萎むのがわかる。


「だったら、この傷は……。僕がわざわざ浮夜絵師にならなくても、現役の浮夜絵師なら誰でも消すことができるはずです」


 緑光は傷を確かめるように、額に指を這わせる。開いた唇が僅かに震えていることがわかる。バレないように、声を低くして腹の底から絞り出す。


「僕が描いた落画鬼のせいで、できたものですから……」


 絵描きの専門知識などなにひとつない、小五が描いた『何者にも縛られ(アウトサイダー)ない絵(・アート)』を超える浮夜絵師などいくらでもいる。


「君も、本当はもうわかっているのだろう?」


 それが緑光の本心でないと見抜いているのか、実葛が表情を変えることはない。


「あの落画鬼は自分が描いたものじゃないと」

「現場にいたのは、僕です……。状況的に間違いないんですよ」

「君の意固地は、悪い癖だよ」


 実葛の悲しげな表情を見て、握る拳に自然と力が入る。


「だって、僕は……緑色ですから」


 緑光の成績は常に学年トップだ。運動部なんてガラじゃないのに陸上部に所属している。これは緑色だと自覚し、強迫観念に囚われた結果の裏返しなのだろう。


 魂の色(ソウルカラー)という生まれ持った変えられない現実への対策として、知識や体力で武装する。誰にも頼らずひとりで生きると、緑色特有の臆病さと頑固さが育て上げた“哀しき秀才”なのである。


「君の心はまるで荊棘(いばら)だ。柔軟性に欠けていては、いつか君に寄り添うすべてを傷付けてしまうよ。なによりその棘が真っ先に突き刺さるのは他でもない、ひとりで抱え込もうと(りき)緑光(ろくみつ)くん、君自身だ」


 これまでも孤独を決意するたび、(おどろ)(みち)はたまた針の山を踏みしめるような感覚はずっとあった。


「僕は……っ」


――じゃあ、どうすれば……!


 油断するとすぐに、心の怪物が牙を剥く。緑光はそれを密かに、必死に抑える。抑えるたびになにかが突き刺さる。実葛の言う通り……棘だらけの怪物だ。


 どうすればいいかなんて、本当はわかってるんだ。


「……僕は」


 実葛を困らせたくない理性と、感情のままに寄りかかりたい欲求が交錯する。


「“緑光(ろくみつ)(ろく)は、()()でなしのロク”。そう呼ばれてるんですよ」


 緑光は実葛から目を背け、心を殺すような声で淡々と続ける。


「なにがきっかけで犯罪者に堕ちるかもわからないキズモノで、ろくでなしの緑色が……浮夜絵師になるなんて。国にとってハイリスクだと思いませんか」


 緑光は、道沿いに咲くツタバウンランに目を落としたまま、静かに語る。まさにその花言葉“遠い夢”だと言わんばかりに。


「僕は、ただ生きてるだけで、誰かに否定されるんです」


――クラスメイトたちの嘲笑が聴こえる。


「ただ歩いているだけなのに、知らず知らずのうちに誰かを不安にさせてる」


――近所の老婆たちの視線が突き刺さってくる。


「僕がなにかしただけで。望むだけで……大切な人を泣かせてる」


 毎日のようにボロボロの姿で帰るなり、裸足のまま玄関からすっ飛んでくる母。小さく醜い身体を抱きしめている時の母は、息をすることさえ忘れている。


 その頃からだ。


――「“無事に帰る(カエル)”ように。帰ってこれますように」


 緑光の持ち物にカエルの刺繍が縫い付けられるようになったのは。


「……それに」


 緑光は意を決したように、顔を上げた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったらブックマークや下部の☆☆☆☆☆から評価をいただけると嬉しいです、創作の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ