表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RGB:僕と浮世離れの戯画絵筆 ~緑色のアウトサイダー・アート~  作者: 雪染衛門
第六章 蛙の子はカエル

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/97

52. ポルノ広告と似た現象

 普段の通学路を少し外れただけで、最低限の手入れしかされていない農道に出る。舗装された道路と違って足場は悪いが、帰る分には近道だ。


 沿道に連なる水田は、代掻(しろか)きの水入れがはじまっていて、夕暮れ時と相まってより空気が湿って冷たかった。


「本当は僕に、なにか伝えたいことがあるんですよね?」


 都会では決して味わえないマイナスイオンたっぷりの空気を、全身に染み込ませるように歩みを進める実葛(さねかずら)に、緑光(ろくみつ)はおそるおそる声をかける。


「寝不足なほどに深刻な……。事件ですか?」


 あるいは、父に関する情報をなにか掴んだのだろうか。


 実葛は名残惜しそうに、澄んだ空気を大きく吸い込むと、ゆっくり口を開いた。


「察しのいい子は……」

「嫌いだよ?」


 大量の空気と吐き出そうとした言葉より先に、緑光の口から思ってもいない反応が返ってきたので、実葛は思わずむせ返る。


「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」


 慌てふためく緑光を手で制止し、息を整えると困ったような笑顔を作る。


「違うそうじゃない。君、本当にネガティブだね」


 これは緑光の思考というより、ネットミームのお約束なのだが、()()()()()()世代の実葛は知らないのだろう(合法でコロッケを食べられるのは羨ましい!)。

 現実までネットスラングを持ち出して、大人と会話がかみ合わなくなるのは、デジタルネイティブ世代の悲劇である。


「君の……。額のことだ」


 まるでよくできたシナリオのように、突然の春疾風(はるはやて)が緑光の額を顕わにする。不安を宿す瞳は大きく見開かれ、すぐに慌てた様子で反りあがった前髪を戻す。


「この傷、ですか……?」


「ああ。ちょっと気になることがあってね。最近、都内で多発している“ポルノ・グラフィティ連続通り魔殺人事件”は、君も知っているね?」


「はい。今朝もトレンドに……ついに五人目の死者が出たって」


 緑光はSNSに浮かんだ文字を思い出しながら、伏し目がちに言葉を紡ぐ。


「夜、外にいた男性が突然、居合わせた女性を襲うって事件で……。その時の男性は皆、トランス状態になるって、本当なんですか?」


 夜八時には、ほとんどの家が消灯してしまう田舎と違い、都会には信じられないことに、夜戸出(よとで)する人がいるらしい。落画鬼(らくがき)蔓延(はびこ)るこのご時世であるから、余程のっぴきならない事情なのだろうが、命と天秤にかける事情とはなんなのだろう。


 緑光にとって、なかなか想像し難い光景である。


「ああ、本当だよ」


 この事件の容疑者たちは、特にトラブルもない恋人、帰る方向が偶然同じだった職場の異性、あるいはすれ違った通りすがりの女を突如襲うという()()()()()()。そして、被害者の遺体から血液を一滴残らず抜き取るという()()()()()()の二つが共通していること以外、年齢、職業、魂の色(ソウルカラー)、当日の外出時間帯も理由もバラバラだった。


 容疑者同士に面識や接点はなく、被害者の血液が現場から発見されなかったことから、当初は闇バイトなどの組織的な犯行も疑われたのだが……。


「現場付近には必ず同一人物が書いたグラフィティがあることから、落画鬼を使った個人的な犯行の線が強いって、ネットで……」


「そう、そして捕まった容疑者たちは口々にこう言うんだ」


 注目されたのが、犯行現場に必ず残される同一人物が描いたと思わしき、通称ポルノ・グラフィティと、容疑者それぞれの供述だった。


「……“動絵(アニメ)のせい”だって」


 緑光は放った言葉を反芻し、思わず拳を握る。

 絵を愛する者として、許せない言葉だ。


「話が早くて助かるよ」


 職場に缶詰め状態だった実葛はわからないのかもしれないが、連日くどいほどテレビやネットニュースで騒がれているのだから、嫌でも情報は入ってくる。知らない人間を探すことのほうが難しい。


 それに緑光は過去の経験から、落画鬼を無視できない。落画鬼の関与が疑われる事件は、目が勝手に追いかけてしまう。


 ニュースによると、警察の取り調べに対し、容疑者たちは素直に犯行を認めているものの、女性を襲った犯行動機が「通りがかりのグラフィティを見た瞬間、頭のなかが卑猥な動絵(アニメ)の誘惑であふれ返り、快楽に流されるまま記憶を失っていた」と、供述が一致していることだった。


 いったいどんな感覚なのか。


 例えば、ネットでゲーム攻略や料理レシピなど知りたい情報を検索すると、いきなりでかでかとポルノ広告バナーが表示された経験はないだろうか。


 見たくもないタイミングで、派手に表示される美少女キャラへの暴力的なアニメーション。際どい台詞で、卑猥な漫画やゲームへ誘導する手口に、強烈な不快感と不本意ながら性的興奮を刺激される感覚だ。


 そんなポルノ広告と似た現象が、落画鬼ポルノ・グラフィティによって、リアルに引き起こされ、誘惑に堕ちた男の身体を乗っ取っているのではないかと。


 ただ、これまで街中のグラフィティを見ただけで身体を乗っ取られるなど、前代未聞であったこと。必ずしも見かけた全員が乗っ取られるわけではないことから、どんな人間が標的になるのかと連日話題になる。


 ネット上でもすでに、ただバズりたいだけの不特定多数が有限な時間を惜しげもなく費やし、臆測や思い込み、決めつけを誇張した感情論で飾り立てながら我先にとタイムラインへ書き連ね、似た者同士の不毛な言い争いへと発展していく。


 それが激化すると「この世の壁をすべて破壊しろ」といった極論や、落画鬼の憑依を防げると(うた)って「落画鬼対策リング」やら「思考乗っ取り防止シート」なる、ただの金属部品やアルミホイルをフリマサイトで高額転売する輩が現れる始末。


 SOLD(赤色の)マークを目にするたび、さすがにちょっと落ち着いて欲しいと、そう願わずにはいられなかった。


 こうした暴論が膨れ上がる一方で、問題となったポルノ・グラフィティを鑑定しても、落画鬼の具現化に必要な違法塗料は検出されず。その上、今朝の事件現場では町絵師(まちえし)が除去したはずのグラフィティが復活していたことによって、ポルノ・グラフィティは後付けだった可能性が浮上。


 すると「容疑者らが責任逃れのために、落画鬼を悪者に仕立てた悪質な集団事件」と、落画鬼を擁護するグラフィティ肯定派なるものの声も上がりはじめ、ネットは混迷を極めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ