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RGB:僕と浮世離れの戯画絵筆 ~緑色のアウトサイダー・アート~  作者: 雪染衛門
第五章 AI術士

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48. アオとアカ

「あ? テメーどっかで見たことあんな」


 ポルノ・グラフィティの前にはすでに例の少年がいて、アオが近づくと乱暴な口調で話しかけてくる。


 真っ赤にギラつく太陽を彷彿とさせる少年だ。(海外から来た奴は、どうしてこうも薄着で都内を歩きたがるのか理解不能だが)その寒々しいタンクトップ姿は別として……。


「気のせいだろ」


 アオの心は凪いだ大海原のようで、青を連想させる澄み切った瞳は少年を映すこともなく、淡白に答える。その様子から少年も瞬時に、アオの人となりを察したのだろう。壁面に視線を戻し、作業を再開する。


「そりゃそうだな」


 少年自身もアメリカに長期留学の末、一昨日帰国したばかりなのだ。アオの反応にも納得するしかない。


 あらかじめ塗り込まれていた除去剤(バフ)の効果で、みるみる溶け出す壁一面のグラフィティ。ポルノ・グラフィティも例外ではない。特に紫黒色(しこくいろ)の塗料が溶け出し、その目から黒い涙を流すが如く光景は、共に作業していた警官たちでさえ、身震いするほどであった。


 ポルノ・グラフィティ自体に危険はないと結論付けたといえど、万が一があっては大変だからと、(はした)緑青(ろくしょう)が持ち場の変更を買って出るのだが、少年少女はそれを無視して黙々と除去作業に取り組んでいる。


「最近のクソガキこんなんばっかかよ、知らんけど」


 去り際、つい悪態をついてしまう半に、緑青はすかさず()()()()を漂わせる。


(はした)さん、不悪口(フアック)ですよ、()()()()

「あ、はい……」


 仏教用語で、汚い言葉は使わないようにしようというありがたい教えだ。半は取り急ぎ、素直に聞き入れてはみるのだが、なんとなく解せない。少なくとも、N.Y.(ニューヨーク)で使っていい響きじゃない。

 かと言って「お前の言葉がいちばん汚ねーんじゃね?」とツッコむのは、恐らく罰当たりなことなのだろう。


 ふたりの町絵師(まちえし)は、少年少女を気に掛けつつも、ほかの持ち場へと消えていく。




 アオは除去作業のなかで、少年の意外な一面を垣間見ていた。


 初対面でもわかる彼の気性の激しさから、手にした高圧洗浄器で派手にグラフィティを吹き飛ばしていくものとばかり考え、真面目に制服汚染(ポリューション)回避RTAのイメトレをはじめていたのだが……。


 驚くことに、少年はアオに汚れが飛び散らないよう水圧を調整しながら、デッキブラシでは届かない凹凸のある個所を重点的に除去している。おかげで作業を妨げられることなく順調に進められたので、どの持ち場よりも早く、壁本来の姿を取り戻しつつあった。


 やがて、それぞれが期せずして残していた〝Don't blame me((わたし)のせいにするな)〟の文字を不気味に滴らせる口元の前で、はじめて互いの目を合わせる。


 人間味を感じさせない完璧な美貌を湛える少女に、訝し気に片眉を上げる少年。


 再び沈黙が破られる。


「やっぱ初見じゃねえ。前どっかで……」


 アオはくどいと言いたげに大きなため息をつくと、溶剤の染み込んだタオルをポルノ・グラフィティの口へ押し当てつつ、少年を黙らせる言葉ばかり考える。


(そういや、確かあいつ……)


 アオは以前、勿忘草(わすれなぐさ)から“乙女のたしなみ”の一環として教わった、()()()()()()への対処方法を思い出したのである。


「お前、そうやって女ナンパしてんのか」


 少年はたちまち、わかりやすいほど顔を真っ赤にしたかと思えば、アオも落画鬼と対峙した時くらいしか聴かない声量で食って掛かる。


「なっ、はああっ!? オレがそんなセコいことするわけねえだろうがっ!!」


(……ぜんぜんダメだろこれ)


 黙らせるどころか、火に油を注いでしまった……。


 アオは、直情どストレートを惜しげもなくぶつけてくる少年を諦めの境地で眺めている。年相応の感情を遠い過去に置いてきてしまったアオは、少年の形相に(この間、倒した猿顔みたいだな)と、多少心を動かされつつも、“乙女のたしなみ”とやらを鵜吞みにしたことを後悔する。


 アオは、この真っ赤な少年を理解できない。


 どんな環境で育ったら、こんな感情的になれるのか。怒りを常に内包しているようにも見える。


 俺も家庭の温かさなんて知らないが、こいつにもきっと事情があるんだろうな、なんて考えられるほど、他人に興味を持てないアオは一言、冷たく言い放つ。


「知るかよ」

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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