44. 昼間の青
「AI術士ごときがのこのこ出しゃばるってことは、公安はこの事件自体にマジで興味ないんだな」
アオの言い回しから、AI術士をあからさまに嫌っている様子がにじみ出ている。
「アオちゃん、AI術士にネガキャンしすぎだよ~」と、話をさんざん振ってきた張本人がどの口が言うかという話だが、アオはそれよりも次の言葉を待っているようだった。
「国家の脅威じゃないって見切りつけて、刑事さんにまるっとぶん投げてるのかもね~」
「あるいはそんな風に見せて、泳がせているか」
アオはこの事件のもっと深い部分を探れば、公安やほかの浮夜絵師に行き着くのではないかと考えているのだが、勿忘草はいつになくそれを拾わない。
「ま、ここから先の犯人捜しは、警察にお任せかなー。AI術士ちゃんたちと違って、私たちには逮捕権限もないしね」
アオは、話題を切り上げようとする勿忘草を見て、やはりなにか隠していると確信する。しかし、それを問い詰めたところで、アオの望む答えは得られないだろう。そもそもこの反応こそが、いまの勿忘草にできる精一杯の答えかもしれない。
そう察したアオは、仮にも目付役である彼の空気に従うべきだと、頭では理解したのだが……。
「AI術士は、犯人をいくら殺しても咎められねえってのに、浮夜絵師は一切の殺しも認められねえとか……」
「言い方よ」
気が立っているアオは、凍てつくほど冷血な表情を隠す気はない。大抵のことはのらりくらりかわす勿忘草ですら、この青色特有の絶対零度の視線は苦手だ。
「もーアオちゃんだって“ロボット三原則”とか、“アシロマAI 23原則”とか、ちゃんと学校で習ったでしょ」
AIとの共生が加速する昨今、ロボット工学の基本理念として掲げられた“ロボット三原則”は、小学校の義務教育にはすでに組み込まれており、“アシロマAI 23原則”に関しては、中学校でもかじる。
頭の良い彼女は当然、それらを熟知している。ただ、いまの青色は冷静さよりも悲観が先立っているだけなのだ。勿忘草は重々承知の上で、あえて言う。
「AI術士だって、やたらみだりに殺していいってわけじゃないからね? むしろ殺していいなんてどこにも書かれてないからねっ!?」
身振り手振りを交えながら「わかってるとは思うけど」と前置きしつつ、アオの機嫌をとるように素早く説明する。
「AI術士は、警察にとって拳銃や警棒とおなじ“装備品”扱いだから、接触によって例え犯人が死亡してしまったとしても、警察の正当防衛として処理されるんだよ」
AI術士は、どんなに人の姿をとっていようと、あくまで人ではなく物扱いなのである。
「現場で最優先の人命を遵守した上で、状況毎に最適解を高速で正確に演算するのが、AI術師の最も優れた面だからね。それを踏まえた上でやむを得ず、犯人の命を諦めざるを得ない状況が導き出された場合に限り、許可されてるってだけ」
勿忘草は、人差し指でこめかみをトントンとつつきながら話を続ける。
「もちろん過去の膨大な凶悪犯罪ケースをすべて自己学習してノウハウを溜めてるから、実際には何人たりとも死ぬ結果に至ることはないし」
「所詮、机上の空論じゃないのか」
アオは鼻を鳴らしながら、嘲るように言い放つ。
「逆に言えば、限られたデータからしか判断できないってことだろ」
「人間みたいな感情バイアスを排除して、合理的に進められるってことでもあるよ」
AI術士が正式に導入されはじめてから、やっと二年が経とうというところなのだ。それが吉と出るか凶と出るか、判断するにはまだ事例が足りない。この話題を続けても平行線を辿るだけだと、青色のアオはすぐに察し、黙り込む。
「ヒューマンエラーの心配もないし、熟練の警察官より経験豊富さ」
勿忘草はこめかみをつついた指をピストルの形にするとそのまま押し当てた。
そして小声で「それに例え正当防衛だったとしても、人命を奪った時点で廃棄処分さ」と、こめかみを撃ち抜く仕草をしたのだが、再び雨脚が強まったので、アオの耳に届いていたかはわからない。――
「前から思っていたが、理不尽すぎないか? もし落書き犯と刺し違えた時、殺さなければ殺される状況でも、浮夜絵師は諦めるしかないってことだろ」
「そうだよ、それが大きな力を手にした者の運命さ」
勿忘草はすぐに「アオちゃんいい? ここからが重要でいまから私、非常にイイこと言うからね」と、不必要な前振りをするので、ふざけるのかと思いきや……。
「浮夜絵師は、誰かを傷つけるために力を持つんじゃないんだよ。市民を守るために、そして自分自身を守るため力を持つんだ。少しでも多くの命を救うためにね」
ふざけた調子が、一切合切感じられなくなる。雨合羽を着ているとはいえ、降りしきる雨のなか、傘も差さずに天を仰ぎながら話すので、頬を伝う雨水が時折見える程度。それ以外の表情はわからない。
「力を持つからこそ、人を傷付けない方法をうんと考えなくちゃいけない。どんなに力を持ったって、人は人を傷つけちゃ駄目なんだ、絶対に」
魂から絞り出すような低い声は、なにより自分に言い聞かせているようだった。
「本当の強さって言うのは、誰も傷付けないことなんだよ」
「なら、藍は弱かったのかよ」
普段は聞かない声色に、驚いて振り向く勿忘草。
「弱かったから死んだとでも、言いてえのかよ……」
アオは、向けられた視線をかわすように俯いては声を荒げる。誰にも表情を見られたくなかった。
「どう転んだって誰かが死ぬしかない状況で、藍は迷わず自分を犠牲にした」
まるでその場を見てきたかのように、鮮明に紡がれる言葉。
「人を救うために、絵師にとってなによりも大事な手を、両腕ごと吹っ飛ばして……。結局、その傷が原因で……あっさり死ぬよりも、苦しい死に方で……」
――「仕事をさせてくれ! 絵が描きたいんだ。私の物語にはまだ続きがある!」
脳裏に浮かぶのは、“あの女”の壮絶な最期……。
誰よりも、世を憂い、人のために尽くしてきた優しい人が、なんであんな地獄みたいな最期を遂げなくてはならなかったのか。そんな終わり方あるかよ。なんの罰ゲームだよ。
アオの全身に燻り続ける際限のない疑問、爛れ広がる怒り……。
「最強だった青ウサギが死んだことは結果的に、日本中いや世界を傷付けたんだ。他人のガキひとり見殺しにすりゃ、世界はこんなことにはならなかった……!」
御空藍が死ななければ、世界は落画鬼なんて知らずに生きていけたんじゃないのか。もっと言えば、感染症のパンデミックだって防げたんじゃないのか……?
「アオちゃん、ごめん。落ち着こ?」
「その屁理屈で言ったら、藍は最強どころか最弱っ……」
アオは尚も食ってかかる自分の声に、はっと我に返る。これ以上、踏み込んではいけないと感じるギリギリのところで言葉を飲み込む。
――どんなに取り繕っても、女はすぐに感情的になる……。
わかっていても、言葉は自動的に紡がれる。
「そんなのが強さだってなら、俺は……」
連日の落画鬼退治による、寝不足も祟っているのかもしれないが、アオはいまだうまくコントロールできない“昼間の自分”に苛立った。
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