43. 死者への冒涜
――伝説の浮夜絵師の死は、AIによって引き起こされたもの。
AIが日常化する一方で、その事実を引きずっている者が、こと日本においては少なくないということである。
現在のAIは、当時のように“暴走”する心配はないとされるが、AI術士に備わっている知能は、人の脳が行う状況判断などの働きのみであり、そこに “人情”はない。人の機微を理解できない人工知能は、時に残酷な決断や行動を起こすのではないかと危惧されている。
「あの頃と比べて、技術はぐっと進歩してる。それに “汎用型”の調教も順調みたいだしね」
勿忘草は、再び白髪交じりの警官を見やる。
やはり、いない。――
今日という時こそ、現場に帯同しなければならない“汎用型”の姿が……。
“汎用型”は、“特化型”と呼ばれる現在のAI術士と比べ、人間に近い知能と柔軟性を持ち、データや経験から自己学習をくり返しながら成長するAI術士のことだ。
調教とは、実際の現場に赴き新たな情報や知識データを蓄積しつつ、自己学習の機会を増やす訓練のことで、最近は落画鬼との本格的な実戦投入に向けて、巡査部長クラスの警察官とバディを組んで行動する姿がたびたび散見される。
――勿忘草が、先ほどから感じている違和感の正体。
記憶が正しければ、白髪交じりの警官・退紅は巡査部長止まりなのが勿体ないほど、優秀な人物だ。そんな経験豊富な彼に“汎用型”が配置されないはずはない。
(まさか茜ちゃ……退紅嬢とおなじく、寝ぼすけAIちゃんだとか言わないよね)
朝が弱いAIなど、セクサロイド界隈ですら聞いたことがない。
いまにはじまったことではないが、くだらないことばかり真っ先に思い浮かぶ頭のなかを蹴散らすと、アオに視線を戻す。いつか浮夜絵師を超えるAI術士が出てくるかもねと、冗談っぽく言葉に乗せながら……。
「ヒーローの座、奪われるのも時間の問題だったりして!」
「違う」
アオの短く素早い反応から、俺が言いたいのはそういうことじゃないと意志が伝わってくる。
「死者を冒涜してることだ」
現在のAI術士は、データベースにあろうことか伝説の青ウサギ・御空藍の画風データがインプットされている。
簡単に言ってしまえば、浮夜絵師としても本職の漫画家としても、日本の国益と称えられた御空藍の命をAIが奪ったあげく、その技術を丸パクして我が物顔でふんぞり返っているというわけだ。
「そうね。一見すれば、どうかしてるぜだけど」と、勿忘草は一拍置いて続ける。
「でもね、日本で最も優れた伝説の浮夜絵師が、“永遠不滅”の存在になったって、喜んでいる人たちも結構いるんだよ」
勿忘草の言葉に、アオは口を閉ざしたまま静かに首を振る。
「私もどちらかというとアオちゃん寄りだから、キミの気持ちはよくわかるよ」
彼女の心情を汲みつつ、「ただ……」と言葉を繋いでいく。
「これまで偉業を成した英雄たちを、皆の心に永遠に留めておけるなら、それはとても美しいことだけど、現実はね。形にしておかないと、いつか綺麗さっぱり、忘れられちゃうのかもしれないよね」
勿忘草は珍しく、物悲しげに微笑んだかと思いきや。
「だから人って、昔からすーぐ偉い人の銅像とか謎の御神体とか、ぽんぽん作っちゃうじゃない」と、すぐに浮ついた調子に戻る。
「銅像は違っ……」
ただでさえ、アオは掘り下げたくない話題で苛立っているのだ。つい感情的に(謎の御神体についてはしっかり無視しながら)銅像とAI術士を一緒にするなと、反論しようとする。だが……。
「本当に違うのかな? 銅像とAIは……」
ずっとふざけ倒すとばかり思っていた勿忘草が、真剣な眼差しでアオの言葉を遮ったのである。
いったい、この男はどの表情に本音があるのか、まったく読めない。
すっかり口を噤んでしまったアオを見て、勿忘草は(あ、しまった。私ったら。ごめんね!)と、一連の表情を三秒以内で表現するので、アオもため息をつきつつ、気にしていないという風に目を伏せた。
勿忘草は大袈裟に胸を撫で下ろすと、ゆっくり口を開く。
「大切な存在だったからこそ、そっとしておきたいって人もいるだろうし、形に残しておきたいって人もいるんだよ、記憶が色褪せないようにね」
そして、そのまま困ったような笑顔を浮かべつつも、世界を俯瞰するような瞳で言い放つ。
「世の中は、十人十色……色んな考えがあるよね」




