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RGB:僕と浮世離れの戯画絵筆 ~緑色のアウトサイダー・アート~  作者: 雪染衛門
第五章 AI術士

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42. 絵師とは異なるもの

 人工知能、いわゆるAIブームは過去、幾度となくくり返されてきたがその都度、技術不足により著しい成果を残せていなかった。


 そればかりか九年前、AI駆動のプロトタイプ・アンドロイドに人間と同等の“魂の色(こころ)”搭載を試みた結果、失敗。暴走したAIによって人身事故が発生し、死亡者が出てしまう。


 これによりAIはますます人々から敬遠され、廃れつつあった。だが……。


 世界がデジタル化を強力に推進していくなか、急速な機械学習の進歩により一気にAIが実用化された近年。すでに人々の生活のなかに浸透していることを意識できている者はどれほど存在しているだろう。

 ふだん何気なく開いているSNSですら、AIが活躍している……そんな否応なしにAIと共存共栄するこの時代。最も注目を集めるAIがある。


――特化型人工知能浮夜絵師(うきよえし)・通称AI術士(じゅつし)


 圧倒的に不足する浮夜絵師に代わる、新たなリソースとして警視庁が導入しはじめたもので、見た目は人の形を成しているが文字通り、浮夜絵生成に特化したAIプロセッサ搭載のヒューマノイドである。


「さっき容疑者特定は難しくないって言ったけど、それはAI術士の存在が大きいってことは知ってるよね?」


「ああ」


 アオは短く頷いては、雨音のなかへ「忌々(いまいま)しいことにな」と言葉を隠す。


「特に今回は、ポルノ・グラフィティが週刊連載みたいにボムられるお陰で、AI術士の自己学習(ラーニング)がめちゃくちゃ捗ったらしくてさ。ネットに落ちてる数多の動絵(アニメ)データとの照合で、どこの誰よりも、正確に容疑者を絞れてるんだとか」


 AI術士は、浮世絵の生成とその量産速度はすでに浮夜絵師のそれを凌駕していて、そしてなにより彼らの最大の強みは、膨大なデータを正確かつ効率的に分析できることにある。


「まさか、AIに学習させるために、わざと落書き犯(スクリブラー)を泳がしてたとか、公安みたいなこと言わないよな?」


 アオの問いに「まっさかー!」と、片手をひらひらさせながら答える勿忘草(わすれなぐさ)


「AI術士を主に管理してるのは、人情厚い()()ばかりの熱血刑事部の皆さんだよ? 多数を救うために少数を切り捨てることを厭わない、ドライな青色粒揃いの我らが公安殿とは、水と油どころか犬猿の仲なんだから。同じムーブするわけないじゃない」


 浮夜絵師が公になったことで、倫理の観点から、浮夜絵師が市民の記憶を描き替えるなどの隠ぺい工作は厳禁された。結果的にそれは落画鬼(らくがき)のさらなる周知でもあり、すなわち落画鬼犯罪拡大を意味するもので、公安部のみならず警察全体で担当が増えたのは言うまでもない。


 しかし、秘密事項を多く抱える公安部は、刑事部をはじめとする他部門へ、落画鬼はおろか浮夜絵師の情報も一切、共有することはできない(しようとしてないだけだったりして!)。


 浮夜絵師を束ねる“委員会”が気を利かせることもあるが、それだけでは到底、治安維持は追い付かない。日本の警察たるもの、通りすがりの浮夜絵師に期待しながら、手をこまねいているわけにもいかず、そこで着目したのがAI術士だった。


 AI術士の活躍は目覚ましく、容疑者の似顔絵生成から落書き犯(スクリブラー)の筆跡鑑定の正確性もさることながら、落画鬼が最も活発化する深夜帯のパトロールおよび落書き犯(スクリブラー)の現行犯逮捕。

 そして、浮夜絵師のサポート(ショウくんの前でも匂わせたけど、浮夜絵師たちからは()()()って言われちゃってるんだけどね。あ、私が言ってた?)など、浮夜絵師以外の人間には到底不可能な落画鬼犯罪の捜査短縮に大いに貢献しているのである。


「それで張り切っちゃったのかな。この事件、刑事さんたちがやたら、仕切りたがってるらしいんだよね」


「仕切ったところで、ハイエナみたいなAI術士(あいつら)になにができる」


 AI術士の生成する浮夜絵は、予め学習した膨大なイラストデータから、人間の指示に従って条件を組み合わせ適切な浮夜絵を自動生成するため、絵を描くパフォーマンスもなく、まるで魔術のようにぱっと爆速で浮夜絵を生成する。その速さを生身の人間である浮夜絵師が超えることは不可能といわれている。


 但し、浮夜絵師の強さの秘訣であるオリジナリティといった「創造性」や「独自性」をAI術士は持たない。ゆえに、戦闘面は浮夜絵師と比べ著しく劣っている。浮夜絵師のサポートとは名ばかりで、実際には弱って消滅しかけた落画鬼の除去処理や、落画鬼としては不完全な状態であるパーツの排除程度しかできない。


 そういった点から世論の賛否はわかれ、良い意味でも悪い意味でも、絵師とは異なるものとして、“術士”と呼ばれているのである。


「AIちゃんたちは、浮夜絵師としての戦闘能力ははっきり言って三流、指示待ち厨。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるスタイルだけど、でもやっぱり()()()のよね」


 事件を未然に防ぐことを主とする浮夜絵師と比べ、警察と行動を共にするAI術士は、事件後の容疑者拘束に立ち会うなど、目に見える実績を挙げやすいポジションにある。


 なので、市民からは「浮夜絵師よりも、よっぽど役に立つ」と評価されることもしばしば。


「結局、能力云々より目立ったもん勝ちってところなんだろうね~」


 勿忘草は、やれやれと肩をすくめては言葉を重ねる。


「さっきも言ったけど、今回は現行犯が鍵だから、浮夜絵師に寄って(たか)ってわらわらされるより、刑事さんたちと連携のとれるAI術士のほうがいいって話でさ」


 市民に持ち上げられることで、AI術士主軸の捜査に自信がついたのだろう。

 なにより、“浮夜絵師におんぶにだっこな公安(あお)”の二番煎じを毛嫌いする刑事(あか)も少なくない。


「もう、世間は、御空藍(みそらあい)のこと忘れたのかよ」


 アオは苦々しい想いを、その名に乗せる。




――御空(みそら) (あい)


 九年前のAIプロトタイプ暴走事故がきっかけで死亡した、その人物こそが史上最強と(うた)われた伝説の浮夜絵師“青ウサギ”であった。

ここまでお読みいただきありがとうございました!


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