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RGB:僕と浮世離れの戯画絵筆 ~緑色のアウトサイダー・アート~  作者: 雪染衛門
第四章 ポルノ・グラフィティ

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33. オカルトガチ勢

「ノリがシャバに出て町絵師復帰早々、とりわけ重い案件にぶち当たったとも言えるけどな」


 (はした)は気怠そうに答えながらも、その声とは裏腹にグラフィティ除去に向けて、手際良く準備を進めている。彼はすでに壁に使用された塗料の種類を嗅ぎ分けていて、雨に濡れていない路面に広げた数種類の除去剤から、迷わずひとつのボトルを選んだ。


「でもま、お前らが学生だった頃の町絵師(ボランティア)とは、勝手が違ってきてんのは、間違いねーんじゃね。命懸けって意味で」


 半は「知らんけど」と結びながら、使い古された分割式のブラシを組み立てる。ちょうどその時、低い天井にできた雨染みから大粒に膨れ上がった雨水が、彼の両目を覆い隠すほどまでに伸びに伸びた前髪に落ちる。


 その水滴を払おうと前髪をかき上げると、紫色特有のアンニュイな色気漂う顔立ちが表れた。まさに水も(したた)るなんとやらである。


「ええ。どうやら以前のように、サークル気分でこなす活動ではなくなっているようですね」


 緑青(ろくしょう)も半に続き、自前の伸縮型ブラシの柄を最大まで伸ばすと、持参していたエプロンを首に掛ける。


 三人が出会った頃はまだ、ほとんどの人間が落画鬼を信じていなかった。誰もが一度は通る、怪談話の類として片付けられていた。


 “ウキヨヱシ”など、江戸時代になんかそんな風に呼ばれてた人いたっけ程度の都市伝説扱いだった。


 そんな当時から、町絵師のボランティアは存在していたが、活動に参加する者の多くは環境美化活動に貢献したいという理由が、大半を占めていた。

 落画鬼の存在を強く信じ、浮夜絵師の負担を軽くしたいという想いで参加する者も少数いたが、“オカルトガチ勢”と呼ばれ、ドン引きされるだけだった。


 この三人もそれぞれ稀有(けう)な体験から、早い段階でオカルトガチ勢として周囲から距離を置かれていたので、必然的に三人で行動せざるを得なくなっていた。


 彼らの話がすべて真実であったと証明されたいまでこそ、白い目で見られることはなくなったが、いまでも現場で三人が顔を合わせれば、当然のように行動を共にする。腐れ縁ってやつである。


「容疑者も、不言(いわぬ)さんと同じグループの町絵師だったのですよね?」

「ああ。彼女と同い年くらいだったよ」


 緑青の質問に、不言はもう誰も信じられないといった表情を浮かべながら続ける。


「穏やかで優しそうな人だったし、なにより落画鬼の危険性をよく把握してたから、彼に任せれば心配ないだろうって、油断したのが良くなかった……」


 いつでもすぐに除去(バフ)作業に取り掛かれるようにと、ふたりが準備を進めるなか、不言だけがその場で視線を落したまま、尚も自分を責め続けている。そんな彼に、はやく準備しろと促す者はいない。


 あくまで町絵師とは、ボランティア活動なのだ。


 個人の意思を尊重する他はないし、実際問題、誰の胸にも自分たちより年若い町絵師の死は衝撃的だったからだ。ただでさえ、十年近く町絵師を続けている者もいるが、その間一度たりとも死者が出たことなどなかったから、なおさらだ。


 かつて、オカルトガチ勢と揶揄されたほど、落画鬼の危険性を誰よりも正確に理解していたはずなのに、どうして心配ないなんて判断してしまったのだろう。


 侮蔑の視線を向けられるなか、必死に落画鬼の恐ろしさを説いては嘲笑されていた時代はとっくのとうに終わったはずなのに。いや終わったからだ。終わったから、誰もがその危険性を十分に把握していると、錯覚してしまっていたのだ。


 自分たちがいまこうして生きていることも、たまたま運が良かっただけなのだと思い知らされる。




 緑青はすっかり準備が整ったと言いたげに、錫杖(しゃくじょう)の如くブラシを構えている。


 そして、裸婦のグラフィティを見上げつつ、皆がこれまであえて避けていたであろう言葉をぽつりと呟いた。


「やはり、噂は本当なのでしょうか……。あの女のグラフィティが」

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