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RGB:僕と浮世離れの戯画絵筆 ~緑色のアウトサイダー・アート~  作者: 雪染衛門
第四章 ポルノ・グラフィティ

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31. 正義の基準

 そもそも、“落画鬼”とはあくまで犯行手段であり、それを生み出す落書き犯(スクリブラー)は、生身の人間である。


 よって、落画鬼討伐が主な役割である浮夜絵師は(本職が警察官でもない限り)逮捕権を持たないため、最終的には()()()()()に仕向けなければならなかった。


 しかし、当時は浮夜絵師の存在をもとより把握している公安部や上層部はともかく、その他の警察部門への情報開示および共有は一切、禁止されていた。


 そこで浮夜絵師たちは、ファンタジーNGな “現実世界らしさ”の辻褄合わせのため、その浮世離れした能力を使って、落画鬼に関する事象や痕跡、場合によっては関わったすべての人間の記憶を改ざん……。

 そして己の存在をもなかったことにし、自然と警察の手柄になる流れを作る。


 これが公安から指示される、浮夜絵師の仕事のひとつであった。



 実際に落画鬼と遭遇し、奇跡的に生き延びた数少ない市民は、浮夜絵師の手によって、“鬼”や“妖怪”といった曖昧な言葉でそれらを表現することになるので、今となっては気の毒ではあるが、まず誰からも信用されなかった。


 無論、犯行動機を漫画(コミック)やゲームのせいにする犯罪者や、「動絵(アニメ)は悪」と過剰に取り上げるマスメディアも、いまでこそ、それらが浮夜絵師によって頭を弄られた後の、なけなしの記憶で紡いだ落画鬼を示唆するメッセージだったと腑に落ちる。


 だが当時、その曖昧な報道によってとばっちりを受け、職を失った無関係の絵師も少なくない。

 そんな彼らへ同情の声もあがり、世間は次第に犯人の責任逃れやマスコミの閲覧数稼ぎにエンタメを悪者にしているだけと、耳を傾けなくなっていった。



 こうした浮夜絵師たちの暗躍によって「グラフィティが増えると、治安が悪化する」と()()()()()を提唱する研究者が現れる程度で、その裏に潜む恐ろしい悪鬼の存在に、人々のほとんどが知らずに済んでいた。


 それならそれで良かった。正直なにもかも隠し通して、たまのオカルト話に笑い飛ばせる世界でいてくれたほうが、人々の心の安寧は守られたからだ。


 しかし、時は来てしまった。


 最悪なことに、インターネットが普及したこの現代と感染症のパンデミックの相乗作用は、落画鬼の存在を白日の下に晒すには申し分のない環境であった。


 いわずもがな浮夜絵師の力をもってしても、隠し通すことは不可能になる。


 パンデミックによる世界の変化にて、奪われた自由が、抑圧された感情が……。ロックダウンによってひと気の無くなった夜を味方につけ、グラフィティを悪鬼へと具現化させる。


 その様子はネット上で瞬く間に拡散され、社会に大きな衝撃を与えた。


 急な世の中の変化に順応できず、心身が荒んでいた一部の人々にとって、落画鬼の力は、感染症に対するやりきれない思いや、社会に対する不満をぶつけるための武器であり、やがて世界に革命を起こす“希望”と捉える危険思想があふれ出す。


 一見すると、秩序に縛られない自由な魅力に満ちているように見えてしまうのが、グラフィティの恐ろしいところだ。その邪悪な世界へ救いを求め、飛び込む者が後を絶たない状況に陥ってしまったのである。


 この事態を重く見た政府は、ついに落画鬼の存在を認め、浮夜絵師の公開に踏み切った。


 こうして、国家公認の浮夜絵師は、落画鬼を速やかに“悪の権化”へと追いやるほどの絶大な効果を与えたのである。


 一方で、政府に常々不満を抱えていた者、あるいはネット上に常駐する他者を批判することで、自己の存在意義を見出す歪んだ者たちは、そら来たと言わんばかりに、あらぬ憶測や陰謀論をネット上で爆発させる。匿名性という盾があることを良いことに、内に秘めた残虐性や狂暴性をますます膨れ上がらせる。


 いまとなっては、“人といつでも繋がっている”ことが新鮮で心強く、便利でただただ楽しかったネット導入期の気持ちを抱く人間はほとんどいないだろう。


 当たり前になってしまった手軽さによって四六時中、不特定多数の攻撃性を浴び続けることで、日本社会はいつしか正義の基準を見失いかけ、疲弊していく一方であった。


――静謐(せいひつ)で麗しき日()ずる国は、遠き()()し方の記憶。


 白髪の警官が、巡査部長からの昇進を望まなかったのは、市民の笑顔と安全を最前線で守りたかったからである。それにも拘わらず、年々悪化の一途を辿るこの国を憂いながら、退官せねばならない無念さ。


 そして、己の魂の色(ソウルカラー)である赤色を信じ、警察一筋で生きてきたものの結局、御国のために役立っていたのだろうかという疑問と無力さが、本来であれば、有終の美を飾るべくベテランの胸を強く支配していた。

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