25. くり返し見る夢
『すべての絵師を処せ』
それはいつも唐突に声高に、どこからともなく叫ばれる、この穏やかでない号令からはじまる。野蛮ながら少しも悪意の色がない。
きっと様々な経緯で歪んでしまった正義が、極端な結論へと、辿り着いてしまったに違いない。
辺り一帯を、まるで悪魔を憐れむBGMが、どこからともなくしめやかに響き渡り続けている。
僕の目の前ではいま、大切な人たちが次々と涅色の塵芥となって、その形を失っていく。
ゆずれない想いを確かめ合った時間も、かけがえのない願いが紡いだ絆も、食べかけのウエハースから漂う懐かしさも、すべて粒子に変わる。
生きとし生けるもの、遍く生命が灰塵と化してゆく。
――ああ、またこの夢か。
どうやら、僕は“世界の終わり”を夢で見ているようだ。それもある日を境に定期的に見るものだから、何度かくり返しているうちに、いつしかこれは夢だと自覚しながら、見られるようになった。明晰夢ってやつなんだと思う。
大勢が死んでいるのにやけに静かなのは、ゆるやかに降り積もるかつて人だったものたちが、空気の振動を吸収しているせいなのだろう。しんしんと降り続けては、僕を言いようのない孤独へと誘う黒くて溶けない斑雪となっていた。
「待って、逝かないで!」
僕は必死に泣き叫びながら、音もなく崩れていく大切な……(誰だったっけ……)……誰かの手を掴もうとがむしゃらに手を伸ばす。
この夢のなかの僕は、僕のようで僕じゃない。
わかりやすく言うと、見知らぬ誰かの記憶を追体験している、そんな感覚だ。
手を伸ばしたところで、絶対に間に合わないと頭のなかではわかっている。
案の定、なにも掴めずにただ空を切るだけ。僕より少し大人の手だった。
「……俺を、ひとりにしないで」
目の前で粉々に拡散する誰だったかも思い出せない人たちに、僕は大粒の涙をボタボタとこぼしながら、必死に手を伸ばすのだから、きっと色んな苦楽を共にした家族や友だちなのだろう。
その様は、まるでキラキラ輝くダイヤモンドダストのようで……。残酷なほど美しい光景だったけど、同時に僕の心も痛烈に爆ぜるから、美しいと感じる隙を与えてくれなかった。
そうしているうちに、伸ばした僕の手も指先からみるみる黒ずんでいく。
これまで一度でも絵を描いた者は、この黒い死から逃れることができない。
黒い死、黒は死。
ほの暗い川底から這い上がってきたような禍々しい色が、すべての彩度を呑み込んでいく。
――わたつみの漠、あまつひの明、願いを叶えるきらほしの顕すらも。
この世すべての彩が、暗に奪われてゆく。
明度だけしかない、無彩色の世界……。
(ここは、もしかして死者の国なのかな)
諦め気味に冥き途へ思いを馳せる。
見渡す限り続く水墨画のように広がる景色。空を泳ぐ途方もなく大きな錫色の鯨。その不安を誘う嘶きに、僕は寒気を覚える。
そして、崩壊の片鱗を見せはじめた手で、スマホを取り出した。
誰かに助けを求めたいわけじゃない。そもそも手を差し伸べてくれる人なんてもういない。現実から目を逸らすためだ。この孤独を埋められるのは悲しいかな、いつだってスマホしかない。
液晶がぱっと光ると同時に、両手もろともその場に崩れ落ちる。うつ伏せになった視線の先でスマホはこちらに光を向けたまま、降りしきる死のなかへと突き刺さった。
光放つ画面には、かつて夢の僕が憧れていた、推しの落書きが表示されている。
生きることのなにもかもを諦めようとした。
死ぬまでの現実逃避のつもりだった。
だけど、いざ画面越しの笑顔を見て、死ぬのが惜しくなった様子が伝わってくる。
わかりみが深い。僕だって、好きな漫画の最終回を読む前に死ぬのは、かなり嫌すぎる。ウォッチリストの映画やアニメの続きを観る時間だって欲しい。ハマってるオンラインゲ―ムの大型アップデートに触れずして死んだら、死んでも死にきれない。
死ねない、死にたくないが次々にあふれてくる。
「ああ、推しが画面から飛び出して、助けにきてくれたら……」




