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RGB:僕と浮世離れの戯画絵筆 ~緑色のアウトサイダー・アート~  作者: 雪染衛門
第三章 ろくでなしのロク

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24. 東雲色

織部(おりべ)くんには、選べる自由めっちゃあるのにさ。それを奪う権利なんて、誰にもないっしょ」


(選択の自由が……たくさん……? 僕が?)


さすがポジティブカラーの()()と言うべきか。

どうやら東雲(しののめ)さんは、()()の“特筆なし”を、それだけ自由に選べるという意味で捉えているみたいだ。


(それなら……。赤色のほうが、選択肢が限られてるって感じちゃうのかな)


東雲さんの言い分に反発するように、桃山(ももやま)くんがすかさず口を挟む。


「いや違えわ、ぼたん。緑色は最初から詰んでんだよ。“社不(しゃふ)”ってこと!」


(……社会不適合者って。いくらなんでも、ひどすぎないっ!?)


東雲さんのまっすぐな怒りが、ずっと麻痺していた僕の“痛み”の感覚を、少しずつ呼び覚ましてくれる。

ただ、それ以上に――彼女の表情に、どこか引っ掛かるものを覚えていた。


輝かしい未来が約束されている赤色にも、緑色の僕には想像もつかない悩みがあるのかもしれない。


――『ロクの目に見えていることだけが、すべてじゃないんだよ』


父の言葉が、東雲さんの凛とした横顔に重なる。


その間にも、桃山くんの言葉は続いていく。


「特別なもん、なんもない緑色が、わざわざ(いばら)の道選ぼうとしてんだぜ?

赤でも青でも黄でもねー、()()()()じゃねーやつを、応援とかマジ無責任じゃね?」


「なら、あたしは無責任でいい」


あまりにも自然に放たれた言葉。

その意図がつかめず、僕はぽかんと立ち尽くしてしまった。


(……え、なんて?)


「無責任だって言われたっていい。

織部(おりべ)くんなら、自分の力でちゃんと答え出せるって――」


彼女が振り返った途端、赤い花や果実を思わせる甘やかな香りがふわりと漂った。

その香りに乗って(なび)く、ハイトーンの長い髪。

内側から覗くイヤリングカラーの赤を辿(たど)った先に、満面の笑みが咲く。


「マジで信じてるし」


時が止まったみたいだ。

距離なんて何も変わっていないのに、妙に近く感じる。


「だから、あたしは応援する!」


どんな罵詈雑言(ばりぞうごん)よりも深く突き刺さった。

何かが、胸の奥で()を立てた。


不思議と痛くはないのに、目頭がじんと熱くなる。

頭のなかは、真っ白に塗り潰されたみたいだった。


心は、弾けるような黄色に浮き立ち――

耳はじんじん赤く染まり、指先には青い光がぴりぴり走った。


風邪かと思うほど、身体中で色がパニックを起こしているのに、なぜか心地いい。


(……なんで、こんなに……僕、どうしちゃったんだろう。なんか変だ……)


胸の奥がふわっと色づく。

その色が何色なのかわからなくて、戸惑うしかなかった。


「“緑光(ろくみつ)(ろく)は、ろくでなしのロク”。

そんな風に言われてるこいつに、どこにそんなポテンシャルあんだよ」


そうだよ、“信じてる”なんて、僕には眩しすぎて。

“ろくでなしのロク”ってバカにされるほうが、まだ納得できる気がする。


(だって、いままさに女の子に守られてる僕には、ぴったりのレッテルだし……)


そんな思考で意識を逸らす僕の隣で、やっぱり東雲さんは殺意にも似た正義感を燃やしていた。


「は? ぶっ飛ばすよ?」


「おおお落ち着いて、東雲(しののめ)さん。それこそ内申点に響くから……」


背の高い男子に囲まれても怯まず、拳を鳴らす東雲さん。

その制服の裾を、僕は指先だけで申し訳程度にそっと引く。


僕なんかが触れていいのかと不安になりながら、それでも彼女を止めたかった。


戦力外のモブ男だと自覚しているのに、この場を収める力もないくせに、勝手に心配してしまう。

けど、そんな僕の心配も、いつも通り杞憂(きゆう)に終わる。


東雲さんは()()らしく、いつだってエネルギッシュでパワフル。

どこか垢抜けてて、芸能人に多い()()と見間違われるほど可愛い――男女問わず人気者だ。


だから誰も、本気で彼女を敵に回そうなんて思わない。

“御三家色”として地位を築く“勝ち組色(エリートカラー)” に逆らうなんて、考えるだけ無駄だ。


実際、桃山くんも鼻を伸ばしながら仲直りの握手を求めてる(僕じゃないんだ)。


お転婆で向こう見ずなところはあるけれど、気づけばいつも僕の一歩先を歩いている。

それが『東雲(しののめ)ぼたん』という、芯のある女の子だ。


この三年間、僕がひどいイロハラを受けずに済んでいるのは、彼女がこうして守ってくれたおかげにほかならない。

いや、彼女に言わせれば、僕はもう十分、ひどい扱いを受けてるらしいけど……。


何度でも言うけど、こんな扱いに慣れてしまった僕には、何が正しいかどうかすら、まだ曖昧だ。


本当のところ、陰キャオタクの僕と、陽キャギャルの東雲さんは、普通なら関わるはずもない。

こうして守ってくれる理由が、いまだによくわからない。


この状況で僕の肩を持って、得することなんて、ひとつもないのに。


(どうしてここまで、僕を庇ってくれるんだろう?)




それは、緑光にとって中学生活最大の謎だった。


思春期ど真ん中も手伝って、異性と話すだけでもいっぱいいっぱい。

人気者の東雲と親しくなれるかなど、考えたことすらない。

友達と呼んでいいのかも、不安になる――そんな距離感だった。


()()だから”という理由で気にかけてくれているのは、たぶん間違いない。

でも、時折見せる意味深な表情を見るたび、それ以上の理由を考えずにはいられなかった。


ただ、緑光には問題があった。


何しろ、女の子の手を握ったことすらない彼にとって、異性という存在は難解――まさに未知との遭遇レベル。

そんな未熟な思考回路は、すぐにオーバーヒートするだけだった。



――あの頃の僕はまだ、その悲しい理由に気づくことはできなかったんだ……。




教室のドアが開き、皆は蜘蛛(くも)の子を散らすように解散していった。


僕は席に座った東雲さんの背中を、眼鏡越しに――いつものように、そっと見つめる。


(……やっぱり、東雲(しののめ)さんには敵わないや)


東雲さんだけじゃない。

クラスメイトたちの背中も、僕にはどうしようもなく眩しく映る。


皆は僕を、()()の人間としか見ていないだろう。

だけど、僕は皆のいいところをちゃんと知ってる。

たとえ、どんな扱いを受けようとも。


僕は、すべてに誠実でいようと決めてる。

この不遇な“緑色”の未来を、いつか救えるように。


僕がいま前向きにできることは、緑色らしい誠実さを貫くことだって。


そして――


(僕を信じてくれる東雲さんのためにも、やっぱり緑色らしくあるべきだ)


そう信じてる。



これが、“緑色”の僕にとって、よくある日常なのだから――

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