22. イロハラ
中学に進学すると、“適性色診断”が義務化される。
国家公認の職業適性検査だ。
診断結果には、自分の魂の色の特徴や、
向いている職業、伸ばすべき能力などが詳細に記される。
僕もその診断を受けた。
結果を見た瞬間、鳥肌が立ったのを、いまでも覚えてる。
「“緑色”の性格的特徴は……誠実、癒し……。頑固、臆病、嫉妬深い、不気味……ん、毒? ……怪物っ!?」
怪物って何っ!?
読めば読むほど、様子がおかしくなっていく。
「ほかの色に比べて、圧倒的ネガティブーーーー!!」
思わず大絶叫したことは言うまでもない。
人を信じやすく、誰にでも敬意をもって接する誠実な緑色。
けど、その純粋さは騙されやすさと紙一重で、
強すぎる羨望が根深い嫉妬へと拗らせることが多い。
結果、トラブルに巻き込まれ、犯罪に手を染める者が後を絶たないらしい。
そして――
「緑色に向いてる職業は……えっ、特筆なしっ!?
出家しろって、どういうことっ!?」
特筆する職業――なし。
悟りでも開けと言わんばかりの文面に、
作成者は緑色に親でも殺されたのかと疑うほど、救いのない言葉が並ぶ。
最後まで読む気力も失うほど、打ちのめされた。
それに僕は知っていたんだ。
自分にその“素質”があることを。
父が指名手配されたあの日から。
(……僕は緑色だから、絵を描いちゃいけない。
きっと落画鬼しか生み出せない、犯罪者になる)
だから、やめたんだ。
絵を描くこと――
(これ以上、人を傷つけたくないから……)
憧れだった浮夜絵師の姿も、遠い星のように眺めるだけでいい。
触れられない距離で――
憧れは憧れのままでいるくらいが、ちょうどいい。
そう、自分に言い聞かせてる。
浮夜絵師にはなれない。僕は、緑色だから――
こうして身のほどを知った僕は、
牛乳瓶の底みたいな絶望的にダサい眼鏡を好み、
目立たないよう影を潜めることで安心感を覚える臆病者になった。
――それなのに。
緑光は、タブレットの真っ白な画面に視線を落とす。
(僕は、浮夜絵師になりたい、のか……?
まだ諦めきれて……ない……?)
東雲から一撃を食らった桃山が、痛みの残る腹を押さえながら、緑光を睨んだ。
「緑色のお前が、浮夜絵師になるなんて、
宝くじを当てることくらい難しいことだ」
彼も、周囲の生徒も皆、自分たちの魂の色を疑いなく受け入れている。
適色診断どおりに従った予定調和の人生は、起伏も波風もないヌルゲーだ。
暇と体力を持て余した彼らにとって、カラースペックの低い“緑色”は格好の玩具だった。
(そんなの言われなくたって、自分がいちばんわかってるよ……)
緑光は、席へ戻ろうとそっと踵を返す。
下手に反論せず、自分さえ耐えればすぐに終わると、いまの緑光は知っている。
「緑光、俺は優しいから、お前のためを思って言ってるんだぜ。もう一度言う」
桃山の声が、緑光の背中へ追い打ちをかける。
「緑色のお前が浮夜絵師になれるわけがない。それが現実。もっと現実を見ろ」
「……現実」
緑光が振り返ると、クラス中が「その通り」と言わんばかりの目を向けていた。
魂の色に従うことが世のため、人のため――
“正義”だと信じきった、純粋なまなざし。
(僕は、これ以上にないくらい、現実を見てるつもりだった……。
だからこんなに悩んで、ずっと苦しかったんじゃなかったのか……?)
頭では理解していても、心がついてこれていない。
タブレット画面が真っ白なままなのも、きっとそのせいだ――
(僕よりも、皆のほうが……僕のこと、ちゃんとわかってるのかも……)
桃山を筆頭に、クラスメイトたちは矢継ぎ早に言葉を重ねる。
「織部、諦めることは悪いことじゃないんだぜー」
「犬死にするってわかりきった夢を応援なんて、とてもできねーよ」
「緑色が無理して頑張らなくても、
ほかにもっと適色で優秀な人たちが世界を守ってくれるわよ。昨夜の青色の子とか!」
彼らの言葉が、だんだんと思いやりに感じられてくる。
(やっぱり僕は緑色として、皆の迷惑にならないように、
もっとちゃんと“現実”と向き合わなきゃ……)
今日こそ、進路希望を提出しよう。
そう肩に力を入れた、その時だった。
「イロハラ、うっざ」




