21. 問題なのは、“緑色”
緑光は、額を隠すためにわざと伸ばしたボサボサの髪を、照れくさそうに搔く。
「あ、ありがとう。……し、東雲さん」
言いそびれていたタブレットのお礼を、少しぎこちなく絞り出した。
東雲は、そんな彼の初心な想いを受け取ると、ふっと視線を伏せる。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「それに織部くんはさ」
見つめる先の者にしか判らないほどの刹那――
透き通るほどに優しく、哀しげな表情を浮かべた。
緑光の胸はひどく締めつけられる。
異性を前にした過剰な恥じらいも、一瞬忘れてしまうほどに。
「実は絵、めっちゃ上手いじゃん? マジでビビるくらいに!」
「い、いやいやいや、そそそそんなことないよ! 僕なんかぜんぜん……。
世の中には、もっともっと上手い人がいっぱいいるし……」
東雲は、緑光の慌てふためく様子に、ふっと笑った。
そして、どこか楽しそうに首をかしげる。
「てか、なんでいまは描いてないの? ガチでもったいなくない!?
フツーに続けたほうがいいって!」
さっきの哀しげな表情はなんだったのか。
緑光は心に引っ掛かりを覚えたが、東雲はすでにいつもの明るい笑顔。
間髪入れずに持ち上げられ、たじたじになる。
思考する隙は、一切なかった。
「マジでなれるっしょ! 織部くん、浮夜絵師!!」
「……えっ」
東雲の情熱的な明るい声に、緑光とクラス全員の声がハモった。
「な、なななんで!? ぼ、僕そんなこと……一度だって……誰にも……!」
緑光は動揺し、言いかけたところでハッとする。
思わずこぼれ出そうになった言葉を、両手で慌てて塞いだ。
「なりたいんじゃないの?」
ずっと胸の奥に秘め、表に出すことすらなかった幼い頃の希望。
忘れようとしていた夢。
隠しておきたかった。
でも、東雲を前にして、それを押し通すことはできなかった。
「……ちょっと、前までは……ね。でも僕は、そういう色じゃ、ないし……」
東雲から目を逸らしながら答える緑光の声は、
どんどん自信なさげに小さくなっていく。
代わりに大きくなるのは、クラス中に響く嘲笑。
その音が、緑光のか細い声をかき消していく。
「緑色ごときのお前が、よりによって浮夜絵師とか。
まさかそんなこと考えてたなんてな!」
「オタク、眼鏡、緑色の三拍子揃った、一生AIチャットに質問してそうな陰キャが、浮夜絵師になれるわけねーだろ」
(僕の話し相手がAIチャットしかいないと思われてるの、心外だな――)
緑光は、軽いショックを胸に仕舞い込みながら、後世のために反論しようとしたのだが。
「め、眼鏡は関係ない、かと……。あとオタクも……」
「は? お前、緑色のくせに、いいご身分だよなあ!!」
鳩尾の痛みで苛立っていた桃山の怒鳴り声が、緑光の言葉を一掃する。
ナンセンスな眼鏡をかけていることや、オタク気質であることは、
夢を追うことになんら影響はない。
問題なのは、“緑色”であることだ――
魂の色が可視化されて以降、
人々の適性はより明確に分類され、それに応じた社会の仕組みが定着した。
それぞれの色には、持って生まれた個性があり――
例えば、赤色は情熱的で正義感が強く、身体能力に優れる者が多いことから、
公務員やスポーツ選手が目立つ。
黄色は明るくユーモアにあふれ、手先が器用なため、
芸人やクリエイターとして活躍する者が多い。
そして、冷静沈着、忠実で頭脳明晰なため、オールマイティにこなせる青色。
どの分野にも適応しやすく、幅広い職業で活躍できる色だ。
医療関係者から国家の要職まで、あらゆる業界で引く手数多である。
もちろん、魂の色の適性と異なる道を選ぶ者もいる。
赤色でありながら芸人を目指す、あるいは黄色でも政治家を志す、など。
しかし、そんな例はほんの一握りであり、結局のところ――
適性には抗えず、最もふさわしい道へと落ち着いていく。
(こうして、人は社会に染まっていく……)
職業の適性だけではない。
魂の色は、恋愛や人間関係の相性にまで影響を及ぼし、
占い師を廃業に追い込むほどの説得力を持つようになった。
そのおかげで、互いに最適なパートナーや職場を選び、
無駄な衝突や失敗を未然に防ぐことができる。
色の相性診断は、結婚相談所や企業のマッチングにも導入され、
「最高の相性を持つ組み合わせ」を科学的に保証するものとして信頼を得ている。
一見、支配的にも見えるが、魂の色が可視化される以前から、
人は無意識に“適性色”に沿った道を選んでいた。
それを証明したのは、過去の偉人たちの魂を解析し、適性との一致を裏付けた最新のスキャン技術。
だからこそ、魂の色に基づく社会制度は、合理的なものとして受け入れられている。
この世界は、“平和と公正の色相環”の名の下、
誰もが完璧な社会と信じていた。
(……でも、その洗練されたビジュアライズこそが、とある課題も顕在化させていた)
――“緑色”の魂の色を持つ人間の犯罪率が、異常なほど高いことである。
それゆえに、“緑色”の存在は、色相差別、
略して“イロハラ”を生み出す温床になった。
とりわけ、素直で無邪気な子どもたちの世界では、緑色への扱いがより露骨になる――




