14. まだ中学生
「あ、いま『またか、また警察の尻ぬぐいか!』って顔したでしょ!」
唐突な指摘に、少年は喉元まで出かかった苛立ちを押しとどめる。
胸中を見透かしたような声音。
いつも軽薄で掴みどころのない男――『勿忘草』が、鋭くも悪戯めいた瞳で、少年を覗き込んでいた。
その目の真意が掴めず、少年は探るように目を細める。
「どうせ、説明不足も、わざとだろ」
少年に図星を突かれた勿忘草は、急に顔をだらしなく崩し、泣き言めいた言い訳を垂れ流す。
「だってさ~、そうじゃないとキミ、あからさまに絶対零度の視線で私を見るじゃない?
『大人のくせにロクな仕事も持ってこない無能め~』って感じでさ。
あれ、けっこう傷つくんだよ~」
「そこまで思ってない」
「少しは思ってるってことっ!?」
少年は基本的に他人に興味がない。
何を言われても、気にすることはない。勿忘草の言葉にも心当たりはない。
それでも、はたから見ればそう映るらしい。
まだ隠しきれていないということか。
この力は、正義のためのものじゃない。
彼にとっては、目的を果たす手段にすぎない。
悟られては、面倒だ。気をつけなければならない。
ただ――
なんとなく勿忘草うるさいし、めんどくさい。
そろそろ黙らせようと、少年なりの反撃の言い回しだった。
それが思いのほか効いたらしい。引くほど仰け反っている勿忘草に、少年は手短に伝える。
「俺は仕事を選ばない」
「さっすがー! やっぱりキミは優しいね♡」
息つく暇もなく切り替わる勿忘草の表情に、少年は気合い負けし、伏し目がちになった。
そんな少年の目の前に、さっきの戦闘で舞ったものか、濡羽色の羽根が一枚、はらりと弧を描きながら降ってくる。
彼が手を伸ばすと、羽根は吸い寄せられるように、まだ大人にはなりきらない掌に収まった。
「でもまあ、カラスが鬱陶しいって理由でポンポン落画鬼描かれたんじゃ、いくら夜があっても足りないよね!」
人間だけが好き勝手できる世界じゃないのに、共存しようって気持ちはないのかしら。
本気で怒っているのか、それともふざけているのか――表情からは判断し難い。
この胡散臭い男の長話を、少年は無視して一歩踏み出した。だが。
「どんな理由であれ」
さっきまで小蠅のようにうるさかった声が、ふっと低くなった。
少年は、思わず振り返る。
「こんな残酷な暴力で解決しようってやり方は、間違ってると思わない?」
勿忘草は、少年の手に残る美しい烏羽を見つめ、かつてその身にあった主を想うように目を細める。
そして、少年の頬の傷に視線を落とし、静かに言葉を継いだ。
「今回は、あの図体の割にカラスばかりを狙う、どこか様子のおかしい落画鬼だったけど。でも普通、真っ先に襲われるのは人間だからね。
それこそ、公安に肩入れすれば、もっと残酷な光景を目にすることになるよ」
勿忘草はさらに顔を近づけ、囁くように言い添える。
「もちろん、キミ自身もっともっと危険に晒される」
「わかってる」
少年は、目の前の顔を押し退けるように羽根を渡すと、頬を伝う血を無造作に拭う。
すると、傷は最初からなかったと言わんばかりに、跡形もなく消えた。
彼はそれを確認することもなく、今度こそ歩き出す。
年相応とは言い難い、強かに光る鋭い視線をフードの奥に隠したまま。
勿忘草は、その後ろ姿を見送りながら、消失しつつある落画鬼に近づく。
だが、すぐに飛び上がるような声を上げ、少年を引き留めた。
「げ、ショウくん。ちょっとまだこの子、消しゴムかけ足りないよ!」
勿忘草が千手観音の如く、しきりに指を差す。
その先では、消えかけた液体が生き物のように脈打ち、再び形を取り戻そうとしていた。
「あんたがやれ」
わざとらしく動揺してみせる勿忘草に対し、ショウは持っていた消しゴムを投げつけた。
それは一見なんの変哲もないただの文房具だ。
「ちょっとちょっとぉ、その頼み方よ~!
もっと年上を労わる感じ出せないっ!?」
この男が食えないのは、へらへらしながらもしれっと消しゴムを掴むところだ。
わざと掴みにくい位置へ飛ばしたというのに。
「どうでもいい。俺は眠い」
途端、さっきまでのわざとらしい動揺はどこへやら――
「確かにそうだよね」と、ぽんと手を叩き、あっさり納得してしまうちょろい男・勿忘草。
「ショウくん、まだ中学生だもんね!
それなのに夜な夜な駆り出されてるって、青少年保護育成条例的にアウトじゃない!? 大問題だ!」
ショウは歩みを止めず、意識だけを勿忘草に向けていた。




