手の花
アパートの裏手に奇妙な花が咲いていると先輩が切り出した。
道路とアパートとの境界をブロック塀で仕切られた区画。そこに件の花は咲いているのだそう。外界からは完全に死角となっているその場所は手入れなど全くされておらず、伸び切った草葉の隙間から生えたそれはアパートの住人でもない限り目にすることはないだろうと先輩は語った。
「夕べ洗濯物入れるときに偶然目に入って、ネットで調べてみたけれども似たような花が見つからないんだよね」
「へえ。どんな花なんですか?」
「うーん……こう?」
俺が訊くと先輩は両の手を花に見立てるように組み合わせる。それはまるで影絵芝居でもしているような仕草にも思えた。
「こんな風に、両手を合わせたみたいな左右対称なんだよね。色はとっても奇抜でじっと見ていると目が回りそうになる」
先輩は言葉にするも上手く説明できているか分からないといった表情で、俺もどんな花であるのか想像するのは難しかった。であれば実際に見てみたいと思うのは自然な流れだ。早速今週末に先輩の部屋へお邪魔する手筈となった。
そして来る土曜日。夕方までのバイトを終えた俺は先輩と待ち合わせてアパートへと向かった。
「ほら、あそこ」
そう先輩が指差す先は背の高い草がこれでもかと覆い茂っており地面など全く見えない有様であった。その隙間を縫うように大輪の花が顔を覗かせている。奇抜と語った言葉の通りその色彩は視界を乱すほどに目の毒であった。
手仏手柑という柑橘類を知っているが、花の形はそれを彷彿とさせる嫌悪感を放っている。じっと見詰めていると鳥肌が立つようだ。
「何か……昨日よりも大きくなっているような」
先輩がそうぽつりと呟く。
スマートフォンで撮影しようとしたが、日が落ちて光量が足りないこともありピントが上手く合わず写真へと収めることは出来なかった。
「ねえ、起きて」
夜更け過ぎ、先輩に起こされて訳も分からず窓の外を示された。眠い目を擦りながら視線を向けると、そこに生えていたはずの花が消えてなくなっている。枯れたか花弁が落ちたのかと思ったが、先輩曰く空の向こうへと飛び立って行ったのだという。
「目が覚めて、何となく眠れなくて窓の方を眺めていたらカーテンの向こうからぼうっと光るものが垣間見えて」
窓の外を覗き見ると、天上高く揺蕩う花が見えたのだそうだ。
「まるで、巨大な蝶々が飛行しているみたいだった」
そう語る先輩の傍らで窓の外を覗くも、そこにはただ真っ暗な夜空が広がっているだけであった。