怒涛の一日
本当に一瞬の出来事だった。
後ろを振り返ると、木のぬくもりを感じる扉だった。あとから知ったことだが、実際に世界樹で出来た扉なので生きている。
少し薄暗いが、ほのかに焚かれたランプの明かりにより、内装は把握できた。玄関は少しの段差しかなく、靴のまま上がる様になっているらしい。そのまま目の前にテーブルがあり、左にキッチンがあった。
そのキッチンの横から上にあがれる階段が見えるため、もしかしたらあの上が寝室だろうか…。
右手側の上には大きな明り取り用の窓があり、そこから地球ではあり経ないほど大きな月がのぞいていた。
「やっぱり疲れてるのかな? 私の家、こんなにオシャレじゃないし、夢だよね…。明日も仕事だし、早く寝ないと――、でもこれ、どうすればいいの?」
私は独り言をつぶやきながら、途方に暮れた。今まで一人で何とかしてきた。いや、何とかしなければならなかったので、こんな時どうすればいいのかわからない…。
そういえば、先ほどより明るくなったような気がするが、気のせいだろうかとふっと顔を上げてみると、先ほどのテーブルの上に何かがいる……。
気のせいだと思い、一度目線を外してみるが、残念なのか、いい事なのか、私はすごく視力がいい。覚悟を決めてもう一度視線を戻してみると、そこには毛並みの艶やかな、真っ白いねずみが赤いクリクリした瞳でこちらを見つめていた。
「ひっ‼」
私が短く悲鳴を発しても、微動だにしないねずみに、もしかしたら作り物の可能性もあるかと思い、ゆっくり室内に入って確かめに行った。
緊張しながら近づくが動かないねずみ…。私が知っているねずみのサイズより一回りほど大きいので、やはり人形かなと安心したその瞬間、ねずみは一歩うしろに下がり、
〝ちゅ〟
と鳴いた。私もほぼ同じタイミングで
「ひッ‼ 」
と後ずさった。しばらくお互い微動だにしなかったが、私はあのねずみが何か訴えているような気がして、ゆっくりテーブルに近づいた。
そこには、一枚の紙がありそこに謎の文字がつづられていた。はじめは何と書いてあるかわからなかった文字が、私がそこに文字があると認識すると、ゆっくり日本語の文字に変わっていった。
〖世界樹の住人に選ばれたキミへ〗 どうやら前ここに住んでいた人からの手紙だった。その手紙には、ここでの生活の仕方が書いてあった。世界樹はいろいろな世界からランダムに住人を選ぶ。どういう基準かはわからないが、キミは選ばれてここにいる。
この世界は世界樹を囲むように街が出来ているので、好きなように生活してくれ。それぞれ街に特徴があるから気に入る街が見つかるといいね。と書いてあった。
この家は世界樹の中にある。そしてこの家に入るためには、専用のカギが必要。でも、キミはもう持っているはずだから心配しないで。
全く覚えがなかったが、先ほど落とした自宅のカギを見てみると、アンティーク風の紐によく合うカギがぶら下がっていた。あの安物のアパートは、こんなカギでは決してないので、たぶんこれが、この家のカギなのだろう。
このカギは不思議なカギで、住人に選ばれた人間にしか使えない。他の人が開けようとしても開かず、カギを落としても、いつの間にか帰ってくる。そんな不思議なカギだから、心配は不要だと書いてある。どんな心配があるのか、私にはいまいちピンとこない…?
この手紙の主がそうだったのか、歴代 皆書いているのかは判らないが、何故 心配いらない記載があったのかも書かれていた。
世界樹に選ばれる住人には、ギフトが配られている。まず、無限の魔力。それから、コミュニケーションに困らないために、どんな言語も、文字も解読できる特典がついている。権力者に知られると、捕まってひどい目にあった歴代の住人もいるので、気を付けるように‼ と赤文字で記載されていた。恐ろしい
脅かすのはここまでにして、呼ばれたからと言って何か使命があるわけではないから、楽しんで‼ ルームメイトとして、キミの助けになってくれる動物がいるから、その子は決して君を裏切らない。はじめに名前を付けてあげて、ぜひ仲良くやってくれ。
最後に、10日ほど持つぐらいの食量はお祝いとして置いて行くので、早めに仕事が見つかるといいね。
そうして手紙は締めくくられていた。差出人の名前も記載されておらず、初めに見た言葉が違う事から、全く違う国、世界の人からのメッセージだったのかもしれない。
そして、前住人が言うには、このねずみさんはルームメイトらしい…。手紙を読み終わるまで、待ち続けている様子はどこかかわいいと思ってしまった。
「あなたが、私のルームメイトなんですか?」
はたから見たら変な人だ。ねずみに話しかけるアラサー女…
〝ちゅ〟
しかし、ねずみから返事があるとは思わず、目を見開いた。
「私の言ってること、理解できてたりする?」
〝ちゅ〟
「名前、私がつけていいの?」
〝ちゅ、ちゅ〟
うなずきながら、二度鳴いてくれたねずみ。本当にこちらの言う事を理解しているらしい。
「それなら、…スーさん。安直すぎるかな?」
ネーミングセンスのなさに落ち込みそうになるが、ねずみ事スーさんは満更でもなかったらしい。
「スーさん、これからよろしくね。」
〝ちゅ〟
「今日は疲れたから、寝ようかな。」
〝ちゅ〟
「でも、お風呂も入りたい…。」
〝ちゅ、ちゅ〟
先導して連れて行ってくれたのは、湯船にたっぷりお湯の入ったお風呂場だった。お湯加減もちょうどいい。早速 堪能して危うく、眠りそうになりながら、なんとかベッドまで行ったところで私の記憶は途絶えた……。