焼き立てパンはおいしい
焼きあがったパンをカゴに乗せてバロルさんが帰ってきた。お互い目を合わせてニッコリ。またしばらく厨房へと引っ込んだのだが、しばらくすると、またカゴ一杯に入った別の種類のパンをもって店内へと戻ってきた。
そして先ほどと同じように、私を顔を合わせて…… ニッコリ。私の顔は引きつっていないだろうか…? 何かがおかしいと気付いたのだろう。
「トモカのお好みのモノが、ありませんでしたか?」
そんな事は無い。店内に並べられているパンは、どれもとてもおいしそうだ。でもこのまま何も取らずにいるのもおかしい。ここはもう腹をくくるしかない。
「違うんです。どのパンもとてもおいしそうなんですけど、私…… お金を持ってくるのを忘れてしまって、パトロールするのに必要ないと思ってたから――…。」
私が決死の覚悟で正直に話すと、バロルさんがこう言ってくれた。
「では、今回のお代は捕縛ヒモのレンタル料と言う事にしましょう。そして、次回からのお代はタビの方に付けておきますので、八百屋の方で支払ってください。これで、いつでも買いに来ることが出来るでしょう?このエリアのパトロールではない日でも、買いに来てくださいね。」
話を聞き、あまりにも私に都合のいい提案に一瞬耳を疑ったが、申し訳なくて一度は断ったのだが…、
「そうですか…。トモカは【レロ】のパンがあまりお口に合わなかったのですね…。」
「そッ、そんな事ないです!冷めてもおいしい、私のお気に入りです。」
私がそう口にすると、先ほどまでのしょんぼり顔は鳴りを潜めて、
「では、提案は通してもよろしいですね。」
「えッ…」
「おいしいのなら、買いに来てくださいね。いつでもお待ちしてます。さぁ、さぁ、今日の分も早く選びましょう。そろそろ朝一番のお客様がお見えになってしまいますよ。」
そう言って、あれよあれよという間にカゴの中にパンを選んで乗せられてしまい、
「そのカゴは、タビにでも渡してくれたら大丈夫ですから。体に気を付けて、ムリだけはしない様に!またお待ちしてますね。」
「気を付けて帰れよ。」
何も言えずに、見送られるまま帰路へとついた。
可愛い竹カゴに入ったパンを抱えながら、家の玄関をくぐった私にスーさんが、
〝とりあえず、お腹空いたね。トモカ、冷めないうちに食べるか、保存棚に入れてこようよ。〟
ボー然としながらも言われた通り、保存棚にパンをしまって、初めにお風呂に入ることにした。汚れを落とし、湯船に肩までつかりながら、
「私、気が付いたらパンを抱えて見送られてたの…。怖い…訳じゃないし、強引…ってほど嫌な感じがしたわけじゃないんだけど、有無を言わさない圧はあったのよね――。バロルさん、何者なんだろうね。」
湯船で独り言ちながら、お父さんがいたら、あんな感じなのだろうかと想像し、ちょっとくすぐったい気持ちになりながらも、自分の父親なら、あんなに素敵ミドルにはならないかも。とも考える……。
あまりに長湯だったのか、スーさんが声をかけてきた。
〝トモカ~、お腹空いた。〟
「ごめん。今、出るから!」
今夜は、スーさん用にゴロゴロチーズパンと、私はカンパーニュと野菜のスープでお腹を満たして、次はお肉と魚が手に入るといいな~と、人間の欲に際限はないと痛感しながら眠りについた。
「おはよう。」
いつもの時間、いつも通りに小人たちの店に足を運ぶ。挨拶をして、閉店の手伝いと、今から仕入れに行く野菜の打ち合わせ。今日はいつものラインナップに、聞いたことのない野菜が追加されていた。
「野菜というより、花なんだよ。この時期、行商人たちが増えるのさ。ドラゴンがいるからね、その子たちのご飯だったりおやつだったり、知り合いに仕入れておくよう頼まれてね。」
そう言ってまた注文書に向き直ったアサ。
「花は摘んでから足がはやいから、今日はちょっと急がないとね~。」
花が逃げ出すのかと思い、
「袋に入れて捕まえないといけないの?」
そう尋ねると、タイミングよく後ろを通ったスズシロが大笑い……。こんなに声を上げて笑っているスズシロは初めて見た。目じりに溜まった涙を拭いながら、
「足がはやいって言うのは、ダメになる時間が短いって事だよ。決して本当に足が速いわけじゃない――…。」
何とか最後まで説明はもったが、やはり笑いが収まらず、またスズシロが笑いだした…。モノを知らない私は途端に恥ずかしくなり、ほほが赤くなる……。
「スズシロ笑い過ぎよ。トモカ、気にしなくていいのよ。知らないなら、今から覚えて行けばいいの。人生に遅いなんてことはないのよ。」
「いやッ、決してバカにして笑っていた訳ではなくてね、捕まえないといけない! という発想がかわいくて。ごめんねトモカ。それに、ナズナの言う通りだよ。わからない事はなんでも聞いてくれ。」
「イヤイヤ、あんだけ爆笑したスズシロになんて、もう聞かない。」
冗談交じりに怒る私に、みんなが笑っている。こんな何でもない時間がとても掛けがえのないもののように思えた。