パン屋エリア
小人の家にお泊り騒動から数日―――。
何とか捕縛ヒモに金属を練りこんで、ヒモ自体の強度を上げたことにより、ナズナからのお許しが出た。それから、懸賞金の事だが、代理人認定証という書類を持って行けば、代わりに賞金を受け取れることからスズシロが取りに行ってくれることとなった。
そして、スーさんと話ができるようになった事をみんなに話すと……
「トモカ、私はてっきり話せているものだと思ってたけど、あの頃まだ話せてなかったんだね…。テイムした動物は、その主人が話したいと願わないとテレパシーが使えないんだよ。知らなかったんだね。」
アサから、ちょっと残念な子を見る目で見られました…。大丈夫!今は話せるから。
今日は八百屋エリアから少し離れた、パン屋エリアをパトロール中――。
「でも、パン屋エリアって呼んでるけど、ここパン屋さん一軒しかないんだよね…。」
〝住宅地だから、一軒で足りるんじゃないかな?宿屋エリアにはたくさんあるよ。パン屋さん!〟
「スズシロたちからのお店にも近いし、いつも食べてるパンはここの物なんだよね。冷めててもおいしいから、焼き立てはもっとおいしいかもね!」
〝昼間に買いに来れば?〟
「それなら、スーさん一緒に来てくれる?」
〝ボクが言うのもなんだけど、パン屋さんにねずみが出たらイヤでしょう?〟
「スーさんは毎日お風呂も入ってるし、きれいなのに…」
そんなことを話しながら、夜の道を散歩していると、先ほどまで話していたパン屋さんの方から物音がした……。時刻は真夜中の3時前――
〝トモカ、落ち着いて。捕縛ヒモもあるし、仲間もそばで待機してるから、焦らない様に!まずは声をかけてみよう。〟
「うッ、うん。」
実は、あの強盗を捕まえてから少し自信のついた私は、暗い時間に動き回る人=怪しい人 という図式が出来上がってしまい、朝早くに活動している人を、誤って捕縛しかけたこと数回……
スーさんと話し合った結果、声をかけてみることにした。私にはハードルが高いから無理だと、はじめは断ったのだが、このままいくとそのうち本当に、間違えて一般の人を縛り上げてしまう事になると説得され、私が折れた…。
スーさんが台本を作ってくれて、私はそれをただ言うだけでいい。
「自警団の方から来ました。こんな時間にどうされたんですか?」
小人たちの八百屋は、自警団と近いところにはあるが…… これ、完全に詐欺の手口。
決して悪いことはしません! むしろ、自主的にパトロールしてるので勘弁してください。そう心の中で唱えながら、相手の出方をうかがった。やましい気持ちのある人は、ここで逃げるとか何らかのアクションを起こすはず……。
私のまわりを浮遊しているライトの光に浮かび上がったのは、40代後半から50代半ばほどの、細身の男性だった。ラフで動き易そうな恰好をしており、先ほどまでしゃがみ込んでいたのだが、立ち上がるとそれなりに上背のある人だった。
一瞬、きょとんとした顔を見せたのだが、ふんわりと笑顔を浮かべて、朝の挨拶をしてくれた。笑うと目じりにシワが寄り、一層ステキな紳士という雰囲気が漂っている。
「あッ、あの、おはようございます。たッ、ただ今、パトロールをッ、しておりまして…、」
「あぁ、今日だったんですね。ご苦労様です。私、このパン屋の店主をしております。バロルと申します。パン屋の朝は早いもので…、よかったら5時頃には、一番のパンが焼けますので、ぜひ当店の焼き立てパンをご賞味ください。」
そう言って、バロルさんは足元にある小麦粉の大袋をひょいッと担ぎ上げると、裏口から中へと入っていった。悪い人ではなかったのと、聞いてよかった~と言う安堵でその場にしゃがみ込んだ。その時、先ほどバロルさんが担いでいった袋が、あと二つある。
試しに一つ持とうと思ったのだが、ムリだった。涼しい顔で運んでいたバロルさんに驚きだったが、パン屋は体力がかなりいると、むかし聞いたことがあった。今から疲れる作業が待っているのなら、少しでもお手伝いができるのではないか。
私はそばにある捕縛ヒモに、この袋を運ぶように命じてみた。すると、四つ角に一本ずつ袋の面は蚊取り線香のように渦型に、下はヘビのようにシュルシュルと、二袋同時に運び出した。
勝手に入るのは忍びなかったのだが、厨房まではそんなに距離がなかったので助かった。
「あの…、これココで大丈夫ですか?」
私が声をかけると、バロルさんともう1人男性がいた。バロルさんよりさらに筋骨隆々。
「おぉ!タビが言ってたお嬢さんかな?今日だったんだな。パトロールの日。俺は、エルダ。ここの店主で、バロルの夫だ。話はタビから聞いてるぞ。想像してたより小さいな。まぁ、小人族よりは大きいけどな!」
大きな口を開けて笑い出したエルダさんに、パニック寸前‼ 目を白黒させていると、耳の下あたりをとんとんされる感触―――。
〝トモカ、落ち着け。〟
私にはそう聞こえるのだが、それ以外の人には〝ちゅ、ちゅ〟としか聞こえていないだろう。ここパン屋さんで、スーさんはねずみで…… パニックの極みを迎えた私は、肩からスーさんを落とさない様に両手にくるむと、
「こっ、この子は確かにねずみなんですけど、私の家族で…、毎日お風呂にも入ってるんで、大丈夫です。次からは中に入れないので許してください。」
深々頭を下げ、お願いした。
「顔を上げてください。まだお名前も伺っていませんでしたね。教えていただけますか?そちらのご家族の方も一緒に――。」
顔を上げると、優しく微笑むバロルさんと、無言で足を抱え込みながらしゃがんでいるエルダさんが見えた。