使い方
扉一つなので、時間的にはすぐなのだが、どうやって声をかけようか迷っていると、ボリュームは抑えているが聞きなれた声が聞こえた。
「おまえ、なんでこんな時間にこんな所にいるんだよ!」
このカリカリした言い方にもずいぶん慣れたと感じると、時の流れを実感する。
「タビ、いいところに来てくれて、助かった~。タビが仕事中なのに、ここに居たことは秘密にしておいてあげるね。」
私が、暗にサボりを黙っていてあげると匂わすと、
「俺は、たくさんの魔力反応があったから、様子を見に来ただけだ!サボってたんじゃねー!」
そう言ってプリプリ怒り出した。勘違いに謝りながら、ナズナを呼んできてもらう事にした。
「トモカ、今日からお休みだって聞いてたけど、どうしたの?」
お店のエプロンと、帽子をかぶったスタイルで裏庭まで出てきてくれたナズナに、大量についてきた捕縛ヒモを見せると、その場にかがみこみ震え出した。
「えッ、ナズナもしかしてヘビきらいだった? 大丈夫だよ。コレあの捕縛ヒモだから襲ったりとかしないよ。」
オロオロしながら説明するのだが、一向に顔を上げる気配がない…
「こいつがヘビぐらいで、ビビるわけないだろ。笑ってんだよ。」
その言葉に、私もしゃがみ込み耳を傾けてみると、大声を上げない様に押し殺した笑い声が聞こえてきた。そんなに面白いのこれ? ナズナの笑いが収まるまで、それは長い時間を要した。
「はぁ~、5年分くらい笑ったわ~。トモカはそれらを引き連れて何を捕まえに行くつもりなの? ドラゴン?ふふッ――。」
「ちがうよ。ついて来ちゃうんだもん。私だって、困ってるの。込めたつもりもないのに、魔力が入ってるみたいだし、離れてくれないし… ナズナ~、どうして?」
困り果てて私が助けを求めると、ナズナが説明してくれた。
「トモカは、わざわざ魔力を込めなくても、溢れて垂れ流し状態だから、そばに置いてある魔道具に勝手に補充されるのよ。だからと言って、体の中に収納しようとしたらダメよ? 湧き出る泉のようだから、体に貯めると器が耐え切れなくなって… ふふッ。」
大玉のスイカがグシャッてなる映像が、脳裏をよぎった… 背筋を駆け上がる寒気に、身震いしながら決して溜め込もうなんて考えないと誓った。
「それなら私は、ただそこにいるだけで魔力が溜まるの?」
「そうよ。そばに置いてるだけでいいの。それから、その捕縛ヒモは、連れて歩くこともできるけど、条件付けをすれば、設置もできるし、人から見えなくすることもできるし、捕縛対象の指定もできたはずよ。その代わり魔力をたくさん使うけど…、トモカにその心配は無いから、便利だと思うわ。」
大まかな使い方を聞いた後、なぜかタビで捕縛の練習をした。ふふふ…、と笑うナズナ。逃げたが、途中 捕縛ヒモに捕まり、地面に転がりながら文句を言うタビ…。
それよりも私の精神をガリガリ削ったのは、タビの捕縛のされ方が 亀甲縛り…… 目を反らした私は悪くない。
もちろん、すべてのヒモの縛り方の指定を、普通の縛り方に変更しました。汚らしい人間の亀甲縛りなんてダレ得だよ‼
「ありがとう。タビもごめんね。つき合ってくれてありがとう。これで使い方は分かったから。」
私が二人にお礼を言うと、二人は顔を見合わせ、
「トモカ、もしかして強盗を捕まえようとしているの?数日我慢すれば、すぐ元通りになるから、危険な事はしないでほしいわ。」
「そうだよ。何のために仕入れ時間変えたと思ってるんだよ。」
私は不謹慎にも二人の言葉にうれしくなってしまった。あちらにいた時には、心配されるような言葉などかけてもらえなかった…。
「心配してくれて、ありがとう。でもね、今回落ち着いても、また同じことが起こらない訳じゃないし、私だってみんなの事が心配なんだよ? それにね、スーさんが準備してくれているから、そんなに心配しなくても大丈夫だと思う。」
安心させるために私がそう言うと、それなら大丈夫かなって言ってくれた。でも、絶対に危ないと思ったら、逃げるように言い含められた。
思いのほか二人の時間を取っていたことに慌てて、アサたちによろしく伝えるようにお願いして、世界樹へと帰ってきた。
「ふー、ただいま。スーさん 」
先ほどまで出入りしていた他のねずみさん達はいなくなっており、スーさんがテーブルに座りながら地図を眺めていた。私が帰ってくると、玄関のドアを地図と交互に指さした。
「あぁ、それぞれの拠点が決まったんだね。」
〝ちゅ〟
「それなら早速、扉をつないだ方がいいかな?でも、人通りのある所なら、日が暮れてからの方がいいよね…?」
私は未だに、あの人通りの多い扉を開けたことがトラウマだった…。知らない場所につながった扉を開けることに恐怖すら感じる。少しずつ息が上がってくる…、鼓動も、それに伴い激しくなってくる。
〝ちゅ、ちゅ〟
私の気持ちを汲み取ってくれたスーさんは、暗くなってからでも遅くないという様に、キッチンとお風呂それから寝室を指さしてくれた。
「慌ててもしょうがないね。1週間休みがあるんだから、ゆっくり準備しようか。」
〝ちゅ〟
先ほどまで上がっていた心拍数も、呼吸も元に戻った。焦っちゃだめだね。私のペースでゆっくりでいいやと、二人でご飯を食べて、ゆっくりお風呂に入ったあと、とりあえず夜まで寝ることにした。