はじまり
世界樹を背に、太陽がその姿を現す―――。
そんな爽やかな朝に不釣り合いな、ロープで捕縛され転がる男たち…。
「スーさん、今回もよろしくね。」
私の足元に、他の個体より一回り大きな〝ねずみ〟のスーさん。この子は、私がこの世界に来た一番初めに友だちに、そして今では家族になってくれた子だ。
“ちゅ‼” 任せろと言うように、短く鳴くと他のねずみ達に指示を出し、男たちをどこかへ運んでいった。
スーさんは仕事が終わると帰ってきてくれるので、いつも手伝いをしてくれる彼らに、お礼もかねてご飯でも用意しようと、まだ明けたばかりの朝の街へと歩みを進めた。
~カラン♪カラン♪~
「おはようございます。」
店の扉を開けて中に入ると、全身を包み込むパンの匂い――
「あぁトモカ、おはよう。」
穏やかな声に迎えられ、思わず笑みがでる。
「バロルさん、おはようございます。今日のおススメは何ですか?」
60代のこの店の店主、バロルさん。白い肌に、柔和な雰囲気のロマンスグレー。すっと伸びた背筋が、年齢を感じさせない大人の色気を醸し出している。そこに奥から、
「バロル、次が焼きあがったよ。早く持って行ってくれないと、置くところがないじゃないか。」
まだ涼しい時間にもかかわらず、額から汗をにじませ出てきたのは、もう一人の店主エルダさんだ。こちらもバロルさんと同じ年らしいのだが、バロルさんより厚みがあり、褐色の肌に、赤茶の髪には所々白いものが混じっているが、若かりし頃はさぞイケメンだったであろうと想像できるくらいの美中年だ。
「そんなに怒らなくてもいいだろう。ほらエルダ、トモカが来てくれたよ。今日のおススメを君が教えてあげてくれ。そこは私が代ろう。」
そう言ってエルダさんが持っていた鉄板を行け取ろうとすると、
「これは重いから、俺がやるよ。」
バロルさんが取りずらいように、少し上に持ち上げると、エルダさんがバロルさんの頬にキスをした。だが、顔色を変えないバロルさんに代わり、私が赤面する……。
「おぉ、まだまだお子様には刺激が強かったかな?」
ニヤニヤしながら聞いてくるエルダさんのすねをバロルさんが蹴り飛ばしていた。痛みに悶絶するエルダさんを横目に、
「見苦しいものを見せてしまったね、トモカ。お詫びに今日はサービスしよう。好きなものを持って行ってくれ。」
「ちゃんと買います。それに見苦しいだなんて……、眼福ですッ。」
下げていた視線を恐る恐る上げると、きょとんとしながらこちらを見ている二人と目が合った。それから三人で笑い合い、エルダさんはまたパンを焼きに、バロルさんは商品を並べに、私は並んだ商品を見に行くことにした。
「今日は、このバケットがおすすめだよ。珍しい小麦が手に入ってね。それで作ったんだ。」
「なら、それください。それから、他の食材も届いてますか?」
「もちろんだよ。マジックバッグに入れてあるから、一緒に持って帰るといい。支払いはいつもの通りにやっておくから心配しなくていいよ。」
毎度世話を焼いてくれるバロルさんに、申し訳なく思いながら、この心地いい関係を止められない私。それから焼き立てのおいしそうな商品に空腹も相まって、しこたま買い込んでしまった。
「それでは、ありがとうございました。また1週間後に伺います。」
そうして、バロルさん、エルダさん夫夫が営んでいるパン屋〝レロ〟をあとにした。
思いのほか時間がかかっていたらしく、帰り道はそろそろ朝市で賑わい出しそうな雰囲気だった。私は頭から足までを、すっぽり覆うローブに身を包んでいるので怪しさ満点だ。
少し急ぎ足で、帰路を急いだ。朝の賑わいから外れて、まだ眠りの色の濃い区画に来ると、はぁーと息をすることが出来た。まだ人込みは怖い。こんな弱い自分はここにいてもいいのだろうか…
そんな考えが頭をよぎった時、〝ちゅ〟と足元から一声。
先ほどまで、そばにはいなかったはずの、スーさんがそこにはいた。
「スーさん、家に帰ってなかったの?」
〝ちゅ、ちゅ〟
「遅かったから、探しに来てくれたの?」
〝ちゅ〟
「そうだね、お腹もすいたね。帰ろう、私たちの家に――」
ここには、ちゃんと帰る場所がある。心配して迎えに来てくれる、家族もいる。
さっきまでの暗い気持ちが、一瞬にして消え去った。
目の前には街の中心にある世界樹。今の私の家がもうすぐそこにあった。