第68話 ミリス
一夜明けました。
転移していたコペニュの腕は塔の外にあり、メラルの回復魔法によって、無事に結合されました。
しかし、コペニュはまだ目を覚ましていません。未だ、保健室のベッドで眠っています。
側に座っているサーニャに、メラルが告げます。
「サーニャ、さすがに寝たらどうだ。あれから一睡もしていないだろう」
「大丈夫。コペニュちゃんが起きるまで、寝ない」
「そうか……。私にできることがあれば、なんでも言ってくれ」
「うん、ありがとう」
メラルは保健室をあとにすると、校長室を訪れました。
ノックをして、返事も待たず扉を開けます。
中には校長先生と、メイスがいました。
「姉さん、やっぱりここにいたんだな」
メイスが目を逸らします。
「すまなかった。私がいないときに……」
「そんなことより、サーニャから聞いたよ。マリーが最後、私たちの母さんを奪うと言っていたと」
「……」
「なにか知っているんだろ!? 校長先生も! いい加減、私にも教えてくれ! 母さんになにがあったんだ!!」
妹に問い詰められても、メイスは黙ったままです。
痺れを切らした校長が喋りだそうとしたとき、
「私から伝えます。きちんと」
メイスがメラルの目を見つめました。
「母さんは封印されている。聖堂協会の大司教様の神の力で」
「じゃあ、母さんは生きているのか!? どうして封印など……」
「母さんは、自身の神の力は『空を飛ぶこと』だとお前や周囲に言っていたが、本当は違う。母さんの神の力は、世界崩壊の力。その名の通り、世界を滅ぼす災害を発生させる」
それを、マリトが狙っているのですね。
「私が入学する前、母さんは何者かに襲われた。おそらくマリトか、仲間だったジラーノ教諭だろう。そのとき母さんは、己の力が悪用されないよう、自ら命を絶ったのだ。だが、実際には死ななかった」
「しかし、母さんは死んだと……」
「死んだことにしたのだ。そのほうが安全だからな。そして、大司教様の神の力で、封印されることを望んだ」
「そんな……」
「私も入学してからこの事実を知った。どうにかしたかったが、これは神の力の領域。いくら私でも、どうすることもできなかったのだ」
語られた真実に、メラルは全身の力が抜けてソファに座り込みました。
ずっと追い求めていた母の真相、その裏に潜んでいた仇が、友としてずっとメラルの側にいたのです。
「それでも、不安だった。母が生きているという事実、どこから明るみになるか……。母を襲った犯人がいつ、誰を襲うかわからない。お前から情報を聞き出そうとするかもしれない。お前が真相にたどり着いたなら、確実に狙われる。だからお前には、この学校に来てほしくなかったんだ。お前に冷たく接していたのは……退学してほしかったからだ。母のことは諦めて……少しでも遠くへ、少しでも、平和でいてほしくて」
メイスは目を伏せると、少し、頭を下げました。
「お前を守るためとはいえ、すまなかった」
「そんなの……酷いじゃないか……」
ぐっと、メラルは歯を食いしばります。
追っていた母の謎。不器用な姉の優しさ。簡単に受け入れられない事実。
これから自分はどうすればいいのか。
メラルの脳内でグルグルと駆け巡って、まとまりません。
「それで、大司教の神の力とは?」
今度は校長先生が答えます。
「存在を消す力だ」
「はあ?」
「殺すのではない。この世から消し去るのだ」
「転移魔法のようなものですか? 異空間に閉じ込めている、と?」
「いいや。魔法では、優秀な転移魔法の使い手ならば簡単に他人が封じ込めたものを取り出せてしまう。大司教様の力は、誰にも干渉できない。まるで最初からこの世に存在していないかのように、消しされるのだ」
「マリトは、大司教を狙っているのでは……」
「神殺しの槍で殺せば、神の力は無効化され、塔の地下に隠してある君たちの母親が『現れ』てしまう」
「ならばいますぐにでも!」
「残念ながら、もう遅い。今朝方……」
殺されているのですね。マリトとゼウルに。
メラルの瞳に光が宿ります。いまなら母さんに会える。そう期待したのでしょう。
それを察したメイスが口を出します。
「悪いがまだ会えない。私が直々に、何重にも封印魔法をかけた」
「そ、そうか……。ところで姉さん、ゼウル先輩はどうするんだ」
「決まっている。父や政府からも許可がでた」
ミリスの力を奪われ、世界が崩壊する恐れがある以上、全力で阻止しなくてはなりません。
敵の戦力で最も恐るべきは、ゼウル。彼を止められるのは、メイスしかいない。
そう判断したのでしょう。
ゼウルの思惑通りになってしまいました。
来るべきときが、もうじき訪れるのですね。
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そのころ、保健室にアロマがやってきました。
そろりとベッドに近づいて、やや心配そうに、コペニュを見下ろしました。
「ったく、のんきな寝顔ね」
「あ、アロマちゃん」
「聞いたわよ。マリトが悪いやつだったって」
「……うん」
私ならばもっと早くに気づくべきでしたのに、普段のマリトに不審な点はありませんでした。
私が見ていないときにだけ暗躍していたのでしょうか。
そんな偶然が何度も続くとは思えませんが。
なんであれ、わかったところでこの子たちに伝える手段がないので、無意味なのですが。
「なんでコペニュはまだ寝てんのよ」
「わからない……もしかしたら、もう……」
目覚めないのかも知れない。
コペニュは既に死んでいるという事実が、サーニャを不安にさせます。
彼女は幻獣たちによって生かされていると、マリトは告げていました。
ならば幻獣とコンタクトが取れたら、コペニュを起こす手段が見つかるかもしれません。
「あー、サーニャ。ごめん」
「どうしてアロマちゃんが謝るの?」
「いや、ほら、あんたらが大変な思いしてるとき、私、寝てたから」
「気にしないでよ」
そりゃあ、いろんな魔法が使えるアロマがいてくれたら、事態はもっとマシになっていたでしょうけど。
瞬間、サーニャがハッと目を見開きました。
「アロマちゃん、召喚魔法使えるよね?」
「えぇ」
「コペニュちゃんの幻獣、コペニュちゃんの中にいるんだって。アロマちゃんの力で、外にだせないかな?」
「はあ?」
「お願い! 試してみてほしいの!! アロマちゃん!!」
ぐいぐいっと詰め寄られ、サーニャの圧にアロマはたじろいでしまいました。
「わかったわよ……」




