♡第43話♡ 1年の終わり 後編
それから庭を駆け回ったりババ抜きしたりと、子供らしくはしゃいだ後、ディナーの時間になりました。
テーブルに並べられた豪勢な料理に、コペニュちゃんよだれダラダラです。
「いただきま〜す! もぐもぐ……。ん! なにこのステーキ、肉柔らかっ!」
やがてひとしきり食べ終え、おもむろにコペニュが問いました。
「忘れてたけど、ここってメイス先輩の実家でもあるんだよね? 今日いないの?」
「あぁ。同盟国のテロリストの鎮圧に出向いているらしい。多忙だよ」
「物騒な世の中だね。魔王がいなくてもそこら中で人が死んでる」
食事中にする話か? それ。
「姉さんも嘆いていたよ。殺しはうんざりだって」
スープを飲んでいたサーニャの手が止まりました。
友達と過ごしているなかで、封印していた記憶が、呼び起こされたのでしょう。
私の父を、殺してしまった記憶が。
「どうしたサーニャ、顔色が悪いぞ?」
「へ、平気」
ぼそっと、マリトがつぶやきます。
「理由はどうあれ、殺人は殺人。いくらメイス先輩とはいえ、許されませんよ。たとえ平和のためとはいえ。あ、ごめんなさいメラルさん」
「いや、いいんだ。私も姉さんも同意見だし。だが世の中にはどうしようもないことがある、ということは理解してくれ」
殺人は殺人。許されない。
マリトの常識的な発言が、人知れずサーニャの心臓をわしづかみにします。
そして、
「サーニャ、ホントに平気?」
心配したコペニュが声をかけた瞬間、サーニャは胃の中のものを吐き出してしまったのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜も更け、コペニュたちはメラルの部屋で寝間着に着替えていました。
さすがお嬢様なだけあってベッドのサイズはキングサイズ。子供4人が並んでも広々です。
「メラルちゃん、本当にごめんね」
目を真っ赤に腫らしたサーニャが、枯れた声でそう呟きました。
あのあとサーニャは吐いたショックと申し訳なさで泣きに泣きまくったのです。
「気にするな。あんな話題を出した私たちに責任がある。水、飲むか?」
「大丈夫。ありがとう」
それから4人は仲良く眠りにつきました。
あ、そうですね、いますよ、マリトも。
まあ彼はコペニュたちを異性として意識してませんしね。
サーニャは泣きつかれたせいで、即眠ってしまいました。
メラルもサーニャが隣りにいるにも関わらず、ぐっすりです。
残りのクソガキちゃんは……。
「サーニャ、起きて」
「ん? どうしたの?」
「ちょっと話そう」
サーニャを起こし、部屋のベランダに連れ出しました。
夜風が2人の髪を撫でます。
物珍しく、コペニュは真剣な眼差しでサーニャを見つめました。
「サーニャ、魔王を倒したあと、なにかあったんでしょ」
「え……」
「魔王に勝って。サーニャの奇跡で私も無事。まさにハッピー大勝利。なのに戦いのあとから、サーニャ変だもん。じゃあ魔王を倒したあとの、1人だった時間になにかあったってことになるじゃん」
さすが天才。名推理ですね。
「ジラーノ先生と手を組んでいた謎の人物、そいつになにかされたの?」
「……」
親友が心配してくれているのに、サーニャは素直に言えませんでした。
ずっと胸に秘めておきたい。夢や幻だったと自分をごまかしておきたい。
だから……。
「ふふっ、言えないなら、いいよ」
「……」
「でも覚えていて。サーニャが辛いときは、私が手を握ってあげる。怖いなら、抱きしめてあげる。こんなふうに」
コペニュの細い腕がサーニャを包みます。
まるで母なる女神のように。優しく、暖かく。
それが引き金となって、サーニャの理性が溶けました。
不平不満を漏らす児童のように、堪えきれない感情が溢れ出します。
「殺し、ちゃった。ジラーノ先生を殺したの、私なんだよ、コペニュちゃん」
殺したくなかった。きっと恨まれてる。
殺さなければ謎の人物のことも聞き出せたかもしれないのに。
忘れたい。あの感触、血しぶき、断末魔。思い出すだけで気持ち悪くなる。
すべてを語り終えたあと、コペニュは、
「こっち向いて」
サーニャと唇を重ねました。
「元気出たでしょ?」
「コペニュちゃん……」
「罪の意識が消えないなら、それをバネにめちゃくちゃ良いことすればいいんだよ。そしたらだんだん、自分を好きになれる」
「そうかな」
「そうだよ。それにさっきも言っちゃじゃん、どうしようもなく辛いときは私が抱きしめてあげるって。だからもう、抱え込んじゃダメ」
「……うん」
サーニャの唇が綻びます。
話してよかったと、コペニュに感謝しているのでしょう。
完全に悩みは解決しなくても、少しは気持ちが楽になったはずです。
「コペニュちゃん、大好き」
私の死からはじまった謎は、まだすべて解決してはいません。
これから何度も困難が立ちはだかる予感がします。
それでも、この2人なら乗り越えられると信じています。
こうして、コペニュたちの1年が終わったのです。
一章終わりです




