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理不尽で加速度的な世界にて  作者: 嶋狛
第一章 魔法学院入学編
9/37

新生活⑺

 

 寮監マダムに急かされ押され、学院寮の中へと通される。


 セネトの部屋である305号室は寮の入り口から最も遠く、さらに角部屋。長い通路をテクテクと荷物を引きずりながら歩き、そして階段を登った先にある。


 加えて。


 そこは最も狭く、最も使い勝手の悪い部屋と言われている場所だ。


「やっと着いた……」


 扉はどの部屋とも変わらず、簡素な木製の扉。

 ただし、


「狭いな……」


 内装は機能性に優れていた。


 特に何か家具を揃える必要もなく、ベッド、机、本棚から衣装棚、さらにはシャワールームもついている至れり尽くせりでホテルかと見紛(みま)ごうばかりだった。


 だが、圧倒的圧迫感があった。


 家具の密集地帯とでも言えばいいのか。


 ベッドから手が届く範囲に机があり、そしてベッドからも机からも手が届く位置に衣装棚や本棚が並ぶ。


 一見するだけで、窮屈だ。


 その惨状にため息を吐き、荷物を目の前に、ふかふかとしたベッドに座る。


「遠いし狭い。シャワールームは結構きちんとしてそうだけど、他は家具そのままぶちこんだ感じだな……はぁ、狭い」


 キャリーケースのロックをパチンパチンッと外しながら重たく呟いた。


 すぐ目の前に机があるため荷物は大っぴらに床で広げられない。渋々とばかりに、セネトは持ちこんだ荷物の中身をベッドの上に広げ始める。


 その時。


「セネト、準備は終わったかー」


 ギィイイという扉の開く鈍い音を響かせながら、コウガが姿を見せた。その服装は準備万端といったところのようで、赤と灰色が混ざる作業着に身を包んでいた。


 暑いのか、上半身の作業着ははだけられ内側の半袖が見えている。


「終わったかって……今来たばかりなんだけど。見てわからないか?」

「ああ、そう。悪かった」


 セネトの不機嫌そうな表情を目の当たりにし、コウガは声音を落として答える。


「新しい作業着か?」

「おう、新調したんだ〜、どうよこれ」


 ふふんっと高らかに鼻を鳴らし、コウガは見せつけるように両の腕を広げて見せる。


「痛っ!」


 ガンッと広げられたコウガの腕にベッドの柱が当たった。


「うわっ、狭いな」


 セネトの部屋の様子にようやく気づき、コウガは、はぁ〜、と感心めいた息を吐きながら室内を見回す。


「気づくのが遅い」


 その反応にセネトはより不機嫌な顔を見せ、苛立ちを息に漏らしてそう言った。


「何でセネトこの部屋なんだ? いじめか?」

「学院ぐるみで俺いじめてどうすんだよ」

「いやほら、推薦者への最初の試練とか……」

「こんな試練があってたまるか!」


 不満をぶちまけるように大声を発し、セネトは再びキャリーケースへと手を伸ばす。


 中に残っていたのは主に戦闘用の魔法衣(マギアクロス)(ブーツ)。かさばらないようしっかりと圧縮してあるそれをベッドの上へと広げていく。


 そして、


「やっぱそれでやるのか?」

「これしか思いつかなかったんだよ」


 最後にセネトの手に握られたのは、腰から大腿部までをすっぽり覆えるよう柔らかく手入れされた───幾振りもの短剣(ナイフ)が納められている鞘だった。


「随分古くなったな、それ」

「センガさんにつくってもらってからだいぶ経つからな」


 大事そうに目の前でその鞘を広げながら、セネトは感慨深そうに呟いて見せた。


「言ってくれりゃ、ちゃんとした武器の一つや二つ、つくってやったのによ」

「そんなことまで頼めるかよ」

「強情な」

「強情って、人に頼り過ぎる癖がついたらもう自分でやったことにならないだろ? 俺はそれが嫌なんだ」


 セネトの言葉に、コウガは呆れたようにふんっと鼻を鳴らし「変わらないな」と返した。


「うるせえ」と少しばかりのうんざりを込めて言い返すセネトは、着々と準備を進めていく。


 鞘を置き、先に置いた丈夫な魔帯生糸(マジックスレッド)で編み込まれた魔法衣(マギアクロス)に袖を通す。


 分厚くも固い素材のそれは新品ということもありセネトの体に合わずぶかぶかとしている。


「……なあ、セネト」


 セネトの魔法衣(マギアクロス)をまじまじと眺めながらコウガが言った。血の気が引いたように若干青ざめたコウガの表情に、セネトは「どうした?」と心配そうに返した。


「その魔法衣(マギアクロス)……素材は何だ?」

「素材? ああ……確かセンガさんは大竜種(ドラグーン)の体皮と魔帯鉱石(グリモタイト)を編み込んだ魔法生糸(マジックスレッド)って言ってたかな」


 セネトの言葉を聞き、さらにコウガの青さは増していく。その珍妙な様にセネトはただ唖然としていた。


「な、なあ……大丈夫か?」


 友人の変わりように心配して声をかけたセネトに、コウガは、


「大丈夫な訳あるか」


 どこか怯えたような声を発した。


「この魔法衣(マギアクロス)が何か問題なのか?」

「問題も何も……それ完全独創注文(フルオーダー)だろ? それも超貴重な素材使ってるし……」

「は?」


 疑問符を浮かべるセネトに、コウガは冷や汗を流しながら答えた。


「それ、普通に売り出したら5000万Gald(ガルド)はする高級品だぞ」

「……は?」


 セネトの口が力なく開かれた。


大竜種(ドラグーン)って今んとこ絶滅種に数えられてる貴重な生き物だし、魔帯鉱石(グリモタイト)を編み込んだ魔法生糸(マジックスレッド)だって軍事用でしか使っちゃいけないことになってんだぞ!?」

「あ……ご、ごせん……え、あ、え?」


 開いた口は変わらず開いたまま、あまりの衝撃にセネトの口からは声にならない声が漏れ出ていた。


「親父……なんてものつくったんだよ」


 頭を抱えながら、悲痛を露わにしながらコウガが言った。セネトは自分が着込んだ高級品を掌に感じながら、ただただ呆然としている。


 知らなかった。


 それで済めば良い話なのだが、そんなお気楽なことを思い浮かべる余裕もなく。


 軍事用でしか ───つまりは現役の騎士や魔法士しか扱ってはならないものを、今自分は持っている、あまつさえ着用しているのだという衝撃は計り知れない。


「それ、どうするんだ?」


 万事休すといった感じで、コウガが諦めたように呟く。


「どうするって……折角つくってもらったし、これしか無いし」

「5000万だぞ!?」

「知ってるよ!」

「何騒いでるのよ……」


 コウガの背後から上がった声にセネトとコウガの2人はビクリッと飛び上がった。


「セ、セリーナかよ……びっくりした」

「びっくりした……って、何で準備が終わってるコウガがここにいるの? 待ってたのに」


 コウガを一瞥し、すぐにセネトへと視線を移す。その瞳の奥には妙な嫉妬が見て取れた。


 またあんた? と言いたげな、冷たい視線を目の前にセネトは準備へと取りかかった。


 じっとしていても、何かを口走っても、勢いと圧力で圧倒しそうなセリーナの雰囲気はセネトに妙な汗をかかせる。


 コウガはそんなことを気付く感性すらないのか、先程の怯えたような空気を振り払い通常運転に戻っているようだった。


「そのセリーナの魔法衣(マギアクロス)って|マークグリード工業のAD6式か?」


 セネトが準備を進める中、コウガがセリーナにそう言った。


「そ、そうよ。お父さんの知り合いがマークグリード工業にいるらしくって、試作品を入学祝いにって。よく知ってるわね……」

「当たり前だろ。確かそれ身体系魔法士の為に調整されたやつじゃなかったか?」

「そうみたいね」


 セネトのものとは違い、セリーナの髪色に合わせた色合いの魔法衣はビジュアルにも気を遣っているのかスタイリッシュにも見える。


 体のラインに合わせた、裾の長い魔法衣(マギアクロス)。そしてさらに同じ素材で作られているであろうショートパンツに(ブーツ)


 動きやすく、そして丈夫。


 それが魔法士の装具の特徴である。セリーナとコウガが友好を深めている間にもセネトの準備は進む。


 セネトがまとった魔法衣(マギアクロス)は一見するとセリーナの魔法衣と変わらない。変わらないからこそ、扱っている素材とそれに関わった職人の技量が見て取れる。


 さも当然とばかりに、バレないよう仕込みをしているかのようだ。


 セネトの体に触れた瞬間から、魔法衣はセネトの体内魔力に添うように馴染み始める。


 数分も経った頃にはぶかぶかだった魔法衣もセネトのサイズぴったりに変化していた。


 竜の体皮という爬虫類独特の肌触りは感じず、どこかひんやりと心地いい。体の各関節部分は特に頑丈にできているようだが、動かしにくい感じもない。


 セリーナの目線を気にしながら履いたパンツや(ブーツ)もしっかりと馴染んでいる。まるで何年も使っているお気に入りの道具であるかのように。


「やっぱり人って服装ひとつで変わるんだな」


 チラッとセネトを一瞥し、着替え終わったことがわかるとコウガが口を開く。


「失礼なやつだな」


 自身の武器が納められた鞘をしっかりと腰に固定しながら、不満気にセネトは答える。


「だってよ、セネトの髪って生えた先から銀髪になるし結構周りからすると不気味だぜ?」

「頭真っ赤のやつに言われたくねえよ」

「何、なんか私も傷つくんだけど」


 セリーナの髪を一瞥し、セネトはセリーナの問い詰めに「いや、そういうわけじゃ」と気圧されたように答えた。


「お、やべ、もうあと1時間くらいしかねえぜ。早く行かねえと」


 セネトの部屋の隅に飾られていた備え付けの時計。その時間を目にしたコウガが促すようにセネトとセリーナに向かい、言う。


「もうそんな時間? セネトとコウガがゆったりしてるから……」

「俺たちのせいかよ」


 なら先に行けばいいだろ、という反論は心に押し込み、セリーナの不満にセネトは答えた。


 答えたが束の間、時計がぴったり1時間が経過したことをボーンという鐘の音で伝える。


「じゃ、それぞれ頑張ろうぜってことで、行くか!」


 元気に言うコウガとは対照的に、セリーナは怪訝な視線をセネトに向け、


「ええ、コウガは絶対大丈夫よね」


 と含みのある言葉を並べた。


「なんだよ」


 その視線と言葉に、セネトは眉をひそめて返し、


「いいえ、何もないわ。ただ、何故か推薦状を受け取ったセネトは大丈夫なのかしらと思っただけよ」


 すっきりとしない嫌味とも取れる言葉を吐くセリーナから目を逸らし、


「精一杯頑張るさ」


 とセネトは声に力をこめず、答える。


 そして3人はセネトの部屋を出て、段階選定(クラス・セレクション)の場所へと向かったのだった。

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