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理不尽で加速度的な世界にて  作者: 嶋狛
第一章 魔法学院入学編
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新生活⑸

 

 魔法学院。


 最も歴史のある第1魔法学院を皮切りに国内に全6か所存在している。今日までの平和の要となっている魔法士や騎士、魔工技師を生み出す学舎だ。


 基本的に学院側からの推薦及び一般試験で新入学生は選抜される。だが、これ自体は皇国の若者が普通に通う高等学院とあまり大差のないことだろう。


 違う点を挙げるとするのなら、『入学式』と呼ばれる門出の式典がないことだ。


 どうしてないのかと理由を求められたのなら、学院講師陣はこう答えるだろう───そんな暇はないからだ、と。



 ◇



 西側の大門をくぐり、高くそびえる学院管理棟から北に数分歩いたところにある『大講堂』。


 堅牢な石造りに、三角屋根のその場所は主に集会や催しが開かれているところだ。


 暗い講内には全校生徒約700名全員が座れるだけの椅子が並び、その目の前には広々としたステージが広がっている。


 ステージ上にはスポットライトが当てられ、これから行われるものへの期待感を高めているように感じられた。


 その高揚感のためだろう。


 次々入ってくる新第1学年生徒───全200名で埋め尽くされた大講堂内は話し声で満杯だった。


 1人が話し、その相手も話しの繰り返し。一画がざわつきだせばその隣、そのまた隣と伝播して行く。


 どんなに取り繕おうとも、平和を享受してきた中等学院卒業したての十代半ば。同郷の仲間達やその場で仲良くなった友人と次々に駄弁り始めるのは仕方のない事なのだろう。


 だが、それが巻き起こす喧騒は、人というのはこうもまとまりがないものか、とセネトに深いため息をもたらした。


 一番後列にいるセネトですら感じる、鬱蒼とした森のような、蒸し蒸しとした夏のようなひしめきあい。


 肌寒さすら吹き飛ばす人の熱気にセネトの隣に立つコウガもセリーナも嫌気が差しているようだった。


 その時。


 カツッ、カツッとステージの床を打つ革靴の音が響く。その音に講内は一瞬にして静けさに包まれた。


 ステージ上を凛々しく歩くのは1人の男性。


 円形の金属を手に持ち、膝下まで裾のあるカーディガンを揺らしている。


 短い茶髪と鋭い紺色の瞳。


 出で立ちは私服そのものだが、まとう雰囲気は爽やかな顔つきからは想像できないほどに凛としていた。


 見れば、ステージ横に数人の男女が控えている。状況と場の空気に、おそらく講師の面々なのだろうとセネトは思った。


「なんだか若いよな」


 ステージ上の男の姿を見て、コウガが呟く。


「気にすることか?」

「だってよぉ、普通講師って言ったらおじさんとかおばさんとかよぼよぼのお爺さんとか想像しないか?」

「……偏見だろ」


 若いというのがどの程度のことを指すのか理解しかねるが、少なくとも台座の上に立つ講師は見たところ二十代半ばと言ったところか。


「若いって言うなら、あの真っ白な髪の女の人の方じゃない?」


 コウガの視線に合わせようとしているのか、コウガの肩に身を寄せながらセリーナが口を開いた。


「あぁ、あのめっちゃ綺麗な人な」

「いいなぁ……あんなに綺麗だったら、私だって……」


 返答するコウガを他所にセリーナはぽつりと呟いた。


 十分艶のある黄緑色の髪は、見る人が見れば羨望を集めるものだろう。だが、髪を時折いじり、鏡で自分の顔を見る様はどこか現状への不満を滲ませているように見えた。


 そんなセリーナの様子も梅雨知らず。


 コウガは変わることのない陽気さを手に白髪の美女に目を奪われている。セネトはコウガが見つめる視線の先へと目を向ける。


 さらさらとした、真っ白な長い髪。そして、碧い水晶のような透き通った瞳。他にいる女性講師とは頭三つも四つも抜けた美貌の女性がそこにはいた。


 セリーナが惚けたように言うのも納得の美しさだった。少し平均よりも高い身長に加え、女性的なラインが色濃く出た、それでいてすらりとしたスタイルの良さにセネトは見惚れていた。


「あっ……」


 固まったようにじっと見つめるセネトの視線に気づいたのか、その女性講師が目を合わせてくる。


 すると女性講師は優しく微笑み、胸の前で組んでいた片手を上げてひらひらと手を振り始めた。


「な、何だよセネト! お前、あの人と知り合いなのか!?」

「い、いや別に知り合いとかじゃ……」


 静かになった講内で、目立たないよう声を荒げて迫るコウガを一瞥したあと。


 女性講師の視線はすでにこちらにはなく、ステージ上の男性講師へと向けられている。


 わかりやすく振っていた片方の手もしっかりと組み直されており、一体何だったのかとセネトが思考を巡らせていると、「ごほん!」という咳払いに意識を引かれた。

 それほど大きくも小さくもない一度の咳払い。しかし、何故かそれは生徒のざわめきを静めていた。


 咳払いの主はステージ上に立つ講師。


 その講師が台座の階段を登る際に持っていた円形の金属、それが咳払いの音を増長させていた。


 それは、俗に言う魔工音響機(スピーカー)という魔道具だ。中の魔帯鉱石(グリモタイト)の反響性を利用した最新の魔工技術。


 少し前までは喉を削らんばかりの大声でないと響きすらしなかっただろう講師の咳払いでさえ、周囲に静謐さをもたらしうる大音声へと変えていた。


 場が静謐さを持って約数秒。


 集まった生徒の集団を一通り見回し、全員の視線がこちらを向いていると確認し終えたのか、魔工音響機(スピーカー)を口元に当て、講師が口を開く。


「あー、新入学第1学年生徒諸君。私は君達の主任講師を務める、アヴィ・ソルトだ。これから卒業までの4年間、君達の成長を見守ることとなった。では、君達が先程から騒ぎに騒いでいた第一回段階選定ファースト・クラス・セレクションの内容を通達する。魔法士科と騎士科は模擬魔獣───デミの首元につけたタグを奪い合ってもらう。場所は総合棟区北側の森林演習場だ。次に魔法工学科は総合棟区東側の工房で筆記試験及び魔工技術実技試験を行ってもらう。すでに聞き及んでいる者もいるだろうが、これから行われる段階選定(クラス・セレクション)の結果によって、今後君達個人個人の指導過程を検討させてもらうことになるから、精一杯善処することだ」


 台座の上に立つ講師が語る段階選定(クラス・セレクション)


 それは生徒の実力を五段階評価による格付けで選定し、それぞれにあった指導過程を行わせる為の戦闘訓練、または実技試験などのことを言う。


 上は段階(クラス)A、下は段階(クラス)Eまであり、上位であればあるほど、実践に触れる機会や有名な魔法士、騎士、魔工技師との繋がりをつくる機会(チャンス)が在学中に得られるという仕組みだ。


 ソルト講師の語る通達を聞いた生徒達は再びざわめき出す。内容に関しての考察か、はたまたただの雑談か。


 兎にも角にも、魔法学院に入学したての新入学生はどこも大して大差ない。


 不安に胸を高鳴らせながらも、将来への希望に夢を馳せ、雄大に語る。周りに座る同級生の顔を見回せば、その表情は明るく、華々しい。


 しかし、その様子が気に入らないのかセリーナは眉間にシワを寄せ、


「ちょっとうるさいわね。緊張ってものを知らないのかしら」

「俺は知らないぜ?」

「コウガには聞いてないわよ」


 肩に力が入り過ぎているように感じるセリーナを一瞥し、セネトは再び周りへと視線を巡らせる。


 一度静かになった喧騒は次第に、少しずつその音を増幅させていく。ざわざわと波打つ人の声は周りも出しているという安心感からかどんどん増長する。


「付け加えて、言っておく」


 そんな最悪の空間にキーンという不協和音とともに講師の声が響いた。


 静かになり、講師が口を開く。


「君達が飛び込んできたこの世界は、常に死と隣り合わせだ。今のところ君達にその実感はないことだろう。そして、この学院にのみにおいての話だが、生徒が在学中に亡くなった例はもちろんない。しかし、ここは高等学院のような青春を味わう場所ではないということを、頭に刻んでおいてくれ。…………私からは以上だ。準備ができた者から所定の場所に集合、では段階選定(クラス・セレクション)でまた会おう、解散」


 重々しい言葉の数々を眼下の生徒達に向け言い放ち、講師は口を閉じる。


 静まりかえった講堂内にいる生徒たちは何を伝えたいのかまったくわからないといった様子でお互いに顔を見合わせながら首を傾げていた。


「なんか、堅苦しい講師だな」


 そう呟くコウガをセリーナは不満げに見つめる。


「なんだよ」

「別に」


 コウガも含めてではあるが、生徒たちの大多数が見せる意味不明といった様子は講師にどう映ったのだろう。


 セネトから見るステージ上の講師はどこか悲しげで、伝わる訳がないか、といった諦めも垣間見える。


 たった数秒。


 しかし、されど数秒といった具合にセネトはその瞬間が長かった。


 言葉を紡ぎ終えたソルト講師は魔工音響機(スピーカー)を口元から話し、何事もなかったかの如く泰然とした面持ちでステージ横へと消えて行った。


 講師の背中を見送りながら生徒達はしばし沈黙を保つ。多少ざわざわとしているが、それでもどうにも動きにくいものとなってしまった場の雰囲気。


 皆が皆お互いを伺っているようだった。


 それはとても珍妙で、コウガは少し肩を揺らして笑っている。その時、セネトの右隣から沈黙を破るように声が上がった。


「寮に行くか、ヴィル。こういう空気は勘弁だ。それに熱気がすごくて汗かいちまう。まったく、女の子たちから嫌われるぜ」


 青みがかった黒髪に派手やかさのある目つき。両耳につけられた碧色の宝飾品(イヤリング)は暗がりの講堂内でも爛々と輝いている。


「リウート……ここまで来てまだ身嗜みに気を使う余裕があるのか。いい加減、女生徒に声を掛けるのをやめろと言っているだろう」


 女遊びに慣れていそうな振る舞いの少年。その隣で華麗に佇む少年はこれまた派手だった。


 襟足だけが茶色に染まった妙な金髪。左耳の宝飾品は整った顔立ちをさらに豪勢に見せている。


 名前で呼び合っているあたり、友人同士なのだろう。2人は、周りの静けさを気にするそぶりも見せず立ち上がり、


「まぁまぁ良いじゃねぇか。どうせたかが第六だし、女の子に囲まれてないと俺死んじゃうから」

「はぁ……行くぞ」


 青黒(ブルーブラック)の髪の少年───リウートの言葉にヴィルと呼ばれる少年は頭を抱えながら、深く息を吐く。


 そして、他の生徒たちに背を向けると講堂の出口へと向かった。


 その行動は他の生徒たちの気まずい空気を変えるのには十分だったようで、呼応する様に他の生徒たちも重い腰を上げ、講堂の出口へと次々足を運んでいく。


「何だ、あいつら」


 うるさくなったことで喋りやすくなったのかセネト静かに口を開いた。去っていく先程の2人の背中をまじまじと見ているとコウガが続けて口を開く。


「堅物そうな方はヴィルムンドだな。もう片方はリウート……だったか」

「知ってんのか?」

「あぁ、有名だぜ? リウートの方は皇国貴族ハイヴァラート家の次男坊、ヴィルムンドの方は第六魔法学院の最大出資者、グリフォード家の次男坊。どっちもぼんぼんだ」


 コウガは、けっ、と嫌味たらしく解説して見せた。


「よく知ってんな」

「まぁ、セネトよりは世間に詳しい方ってくらいだけどな」

「あいつらノートルとは違うみたいだけど……たかが第六、か。あんな言い方することないだろ」

「本当のことなんだから仕方ないんじゃない?」


 唐突に、先程まで不満たらたらだったセリーナが自然と会話に混ざってきた。


「仕方ないって、どういうことだ?」

「今年で設立4年目。戦舞祭(せんぶさい)じゃ三年連続惨敗。最弱って言われてた第二魔法学院にも負けたって話じゃない。そんなところに妙な希望を抱くのが無理な話よ」


 セネト達の代で新設四年目を迎える第六魔法学院には妙な異名が付いていた。


『最弱の魔法学院』

『無能製造機』

『サンドバッグ』、などなど。


 それはもう散々に、ひたすらに罵られている。


 歴史も浅く、実績が少ないことも影響しているのだが、世間的に見れば結局のところ実力がすべてなのだろう。


「別に気にすることか?ともかく段階(クラス)Aを取って、あとは自分の努力次第だろ。どこに行ったって変わんねぇよ。さっ、早く寮に行こうぜ。ふかふかベッドに猛ダイブだ!」


 快活な笑顔を見せながら、コウガは元気よく語った。適当で、力強く、でもおちゃらけていそうなコウガの言葉にセネトとセリーナは反論する余地もなく、一様に口を閉ざす。


 その2人の様子にコウガは一瞬だけ首を傾げ、不思議そうな顔を作った後、


「ほら行くぞ、セネト。荷物運び込んで、準備して、初戦だ」

「あ、ああ……」


 再び明朗な顔つきを取り戻し、はきはきとセネトに向かい口を開く。


 この自信家とも取れるメンタルはどこからきたものだろうか。セネトが考え付いていたとしてもやらないことを平気でコウガはやってのける。


 それはもちろん出来ない事、出来る事の線引きが存在する上での行動。


 何故なのだろうという純粋な疑問がセネトに巡っていた。


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