段階選定《クラス・セレクション》⑵
突然、生徒達は空へと投げ出された。訳もわからず、ソルト講師の申し訳なさそうな眼差しを最後に、体は浮いている。
「嫌ぁぁあああッ!!」
何が起こったのかわからず、呆然としているセネトの隣で、セリーナは絶叫を上げていた。
見れば、あの場に集った生徒全員が森の上空を、まるで空に投げられたボールのように渡っている。
先程までセネトのことをひたすらに見下し、からかっていたノートルでさえ、恐怖で涙を浮かべる有様。ざまぁみろ、と思ってしまう光景だったが、そんな状況ではないと首を振る。
絶叫はこだまし、地に足つかない不安が生徒達を襲う。意味はないと分かっていても、どうしても何かに縋ろうと、セネトは必死に手を右往左往へと伸ばす。
当然何かを掴めるわけでも、だからといって助かるわけでもない。だが、ひたすらにわちゃわちゃと手足を動かしている。
ふわり、ふわりと空をただ漂っているだけだったのなら、まだ見える景色に感じる気持ちも、抱く感情も違っていた。
景色は緑一面。
前を見れば山、左を向けば街、右を向けば大きな湖。広い。その一言が頭に浮かび、すぐにセネトの視線は、
「ああぁぁぁああ!!」
目下の大地へと向いている。
─── 300M。
─── 200M。
─── 100 M。
捉える森の木々への距離は勢い良く縮まり、今にも大地が体を粉微塵にしようと迫っているようにも見える。
しばらく森の上空を飛んでいた生徒達。
体は地面に向かって傾き始め、生徒達は再び奇声、悲鳴、絶叫を上げ始める。
セネトの右斜め前で落下真っ最中のセリーナには叫ぶ元気すらないようで、胸の前で手を組み、必死に祈りを捧げている。
「炎爆ォォ!!」
その時、一人の少年がけたたましい雄叫びを上げた。見れば、コウガが話していた青黒い髪の少年───リウートだ。
左腕を業火で包み、左手はもはや炎の塊と評して相違ない猛々しい熱を帯びていた。もう片方の手は隣にいる少年の手としっかり握られている。
澄まし顔で落下しながら、リウートの手を掴んでいるのはヴィルムンド。
襟足茶髪の金髪。耳飾りの少年だった。
炎を纏ったリウートの左腕からは、局所的な爆発のような炎が何度も噴き出し、その勢いで空気は熱せられ、熱気はセネトたち他の生徒の元へと向かう。
少しずつ他生徒の塊から流れていき、いち早く森の中へと消えていった。ヴィルムンドとリウートが落ちていった場所では、爆炎が噴き上がる。
無事着地できたのだろうか。
そんなことを考えていたが束の間。
生徒の一人が悲痛で阿鼻叫喚な言葉を吐き出した。
「し、死にたくないッッ!!!」
皆同じ気持ちのまま落下し続け、そして───ポヨン、ポヨン、ポヨンッ。
体を柔らかくひんやりとした触感が包み、すぐまた浮き上がって地面へと転がった。
「た、助かった……」
バクバクと鳴る心臓を必死に呼吸で押さえつけながら、衝撃を和らげてくれた救世主を見る。
「な……球状水袋植物」
セネトたちの数倍はあろうかという巨大な植物。それは落ちてくる生徒達の衝撃を見事吸収し、誰一人怪我人を出すことなく地面へと弾いている。
ひらひらと漂う大きな葉。
幾重も備えられた葉、その中心にあるのは透明なガラスのように透き通る薄い膜。球状のその膜の中には大量の水がこれでもかと蓄えられている。
ポヨン、ポヨン、ポヨンッ。
生徒達は次々と命を助けられ、一人、また一人と地面へ転がる。
セネトのすぐあとに地面を転がっていたセリーナは冷や汗を流し、顔面蒼白になりながら、必死に自分の無事を確かめている。
「ここがフィールドか……」
周囲を見回しながら、セネトはぼそりと呟く。通常の木々よりも若干背丈の高い森林。
伸びた枝と葉が生い茂り、空が小さく見える。そんな小さな空には数十羽ともとれる監視梟がバサバサと飛び回っていた。
中には木々の枝に止まり、じっと生徒たちを眺めているものもいる。
ポヨンッ、ポヨンッ、ポヨンッ。
申し訳なさそうにしていたソルト講師の顔が浮かぶ。どうしてまたあんな顔をしたのか。
目の前で跳ねている生徒たち。地面に寝転がっている、『助かって良かった』と安堵している生徒たち。
目の前の光景が当初の計画通りだったとするなら、入学したての生徒達に少なからず恐怖を超える死の危機を感じさせた責任を追及したくなる。
そんな苛立ちをぐっと押し込み、セネトは再び周りを見渡した。背丈が高く、広い以外には特に他にある森と変わらない。
だが、森の中から聞こえてくるのは可愛い鳥のさえずりや虫のさざめきなどではなく。
『グルルル───』
精巧に再現された唸り声。
まるで本物が威嚇しているかのような様に、鳥肌が立っていた。しかし、その外装は黒い金属製。
口の牙も、四足の先に装備する爪も柔らかい素材。
なんら危険なことはない。噛まれても、爪を立てられても、血が噴き出すようなことにはならないだろう。
「うわあああぁぁぁああ!!」
だが、その脚力は本物と見紛うばかりだった。先に捉えた生徒目掛けて飛びかかり、噛み切れぬ牙を生徒の頭に突き立てながら、体を抑え込んでいる。
蹴飛ばされている生徒も中にはちらほら。
もう、段階選定は始まっているのだと皆が理解し始めた頃。
一番先に仕留められかけている生徒に覆いかぶさる獣の首が、光の筋に両断にされた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ……助かったよ。グリフォード君」
落ちた首からドッグタグを回収し、手を差し伸べる。片方の手には黄金色の魔力の剣。
襟足茶髪。耳飾り。
どう見ても、ヴィルムンドだった。
セネトが唖然としている間に、生徒達は各々動き始める。一人森へと突き進んでいく者。友人同士なのだろう者達で固まる者。
そして、セリーナは。
「行きましょう、ミラーナ!」
「ま、待って、セリーナちゃん!」
赤茶髪の女子生徒と森の中へと向かっていった。
「早く行かないと……!」
セネトも慌てて動き出す。鞘から一振り、お気に入りの短剣を抜き、眼前で構えながら森へと進む。




