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004―この街について

「もうちっと、ゆっくりしていけばいいに」

「すみません、このあたりのダンジョンの感じ掴んでおきたいんで、ほら」

「またねー、おばあちゃん。はなちゃんも!」


 婆さんの固有結界、無限の世間話を回避して、俺達はダンジョンへと向かった。危うくシアもろもと巻き込まれるところだった。血潮は渋茶で、心は野沢菜漬。

 

 冒険者登録即ダンジョンというほど、冒険に飢えてるわけでも無いが、お年寄りと日柄縁側でお茶を飲むまでには人生枯れてもいない。

 

「こんな田舎のダンジョンにそんな興味あるの?」

「いや半分は、あの田舎のお年寄り時空から抜け出すための口実だけどな……ま、ダンジョンによって出る魔物もまちまちだし、感覚掴んどくに越したことないだろ」


 とはいえどこのダンジョンにいくかと後頭部を掻きやった俺に、シアは鞄の中からごそごそとタブレットを取り出した。


「ちょうど未完了のクエスト一つ、私もってるよ」

「どれどれ」


 マナを動力源にしたタブレットは冒険者の標準支給アイテムの一つだ。クエストのやりとりからダンジョンのマッピングまで、こなしてくれる役割は多い。

 未完了のアイコンがついたクエストは、オーソドックスな素材収集任務。ドウクツネズミの毛皮、小物づくりにでも使うんだろうか。ドウクツネズミは俺も相手にしたことがある、どこのダンジョンにも出現する低級の魔物だった。


「このクエストクリア出来たら今晩はお肉に出来るよ!」

「別に、肉食えないほど金ないわけじゃないけどな……まぁまぁ蓄えあるし」

「クエストクリア報酬で食べるお肉は美味しいじゃん?」


 ま、仕事の後のビールは美味いみたいな感覚だよな。いや、いかんいかん社畜思考。


 このあたりで、歩いていけるダンジョンは、王城公園ダンジョン、稲荷ダンジョン、佐久平駅ダンジョンの三つ。難易度は後ろに行くほど高いらしい。


「私はいつも大体稲荷ダンジョンが根城だよ。王城公園は潜る人が多くて、やりにくくて」

「他の冒険者ともうまくやれよな」


 そんな通り一遍の俺のお小言に、シアは至極不満そうに唇を尖らせた。


「別にいいじゃん、別に仲良く組んで潜るほど難しいとこじゃないしー、学校の友達も居ないしー、私の戦い方パーティーに向いてないらしいしー……」

「ぼっちか」

「ぼっちじゃない!」


 ぷいと顔を背けられて、俺は後頭部を掻きやった。俺もそんな人付き合い良い方じゃないが、社会に出て期間を経ると、初対面やら親しくない人とでもそれなり付き合うやり方は嫌でも身につく。

 だが、シアはまだ学生。思い出してみれば俺も学生の頃なんて、軽薄な人付き合いなんてするもんじゃないと心から思っていて……そう、本当の友達とかそんな言葉に拘っていたっけ。


「悪かったよ」


 そっぽを向いたままのシアの頭に、少しためらって、ぽんと手を置く。子ども扱いするなって、また怒られるかと思ったけれど。


「ほら……お前は俺とパーティー組んでくれればそれでいいから」

「何それ口説き文句?」


 ぷっと噴き出して、振り返ったシアはけらけらと笑った。


「ちげぇよ」

「おじさん絶対女の人口説いたりなんてしなさそうだもんね」

「そうだな。純情派だからな」

「そういうの、最近の若い子には響かないかなー、私は姪っ子補正で許しちゃうけど!」

「どうも。優しい姪っ子をもって俺は幸せだよ」

「ナオトおじさんちょろいね!」

 

 この場合ちょろいのはシアの方なんじゃないかと思うが、口には出さないのが大人の貫禄というやつだ。しょぼい貫禄だなおい。




 そういえば我が新天地の紹介が未だだった。

 佐久市は長野県の東、群馬県と県境を接するところにある。ああ、軽井沢のあたりねって思った奴、このあたりは佐久地方と言ってな、軽井沢はその一部。

 軽井沢? ああ、佐久のあたりねって言うのが正しい。良いね?

 新世界ショック以前には、新幹線や高速道路が通っていたのだけれど、ショックによって新幹線の駅やトンネルは大規模なダンジョンへと変容してしまったし、ガソリンもだいぶ貴重な品となって気軽に車も使いにくくなってしまった。今や、中央線を山梨まで下り、そこから八ヶ岳のあたりを超える小海線だけが、このあたりと首都圏を結ぶ細々とした交通網だ。


 鼻面稲荷神社は、湯川の川岸の崖に貼り付くように作られた神社だ。湯川は、未だ現役の活火山であり、ショックからしばらくたって火竜が住み着いたなんて聞く浅間山のあたりに水源をもつ、それなりの流れを持つ川だった。


 赤い鳥居が連なる、古びた神社。

 子供の頃は賑やかなお祭りもあり、よく遊んだ。そんな場所がダンジョンになるなんてこと、夢想こそすれ、誰が現実におこると思うんだろうか。


「お待たせ」

 

 それなりの人が今や生業とする冒険者にとって、ダンジョンというのは仕事場のようなものだ。入り口には休養の取れる施設が設けられる。ほったて小屋レベルのものなのは田舎ならではと言うべきなのか。

 そこから出てきたシアは、一応籍をおいてはいるはずの学校の校章が入ったジャージ姿だった。


「何お前、これから組み体操の練習でもすんの」

「失礼な、私の仕事服だよ! おじさんこそ何も変わらないじゃん」


 こっちは、冷え込む佐久の冬に備えた私服の上に、仕事の時から使い古しのトレンチコート。頑丈な造りだし、ポケットやら小道具をぶら下げるところが多くてなんだかんで重宝している。魔法士なんて、狙ったタイミングで適切な魔法を繰り出せるかが全てだ。装備も着慣れたものに、強化の魔法を通した方がよっぽど効率が良い。

 だが。


「シア、前衛メインなんじゃねぇの?」

「そうだよ、この拳が全て! みたいな?」


 綺麗な髪をパステルカラーのシュシュでポニーテールに束ねて。半身に構えてみせた仕草は堂に入っているように見えなくも無かったけれど。


「大体エルフ連中っていや、魔法士か、前衛でも折れそうな細剣で戦うのばっかだったんだけどなぁ」


 東京の方で出会ったエルフの中に、モンクスタイルなんていやしなかった。


「この種族はこの武器、なんて考え方が古いんだよー、おじさん」

「ほんとお前見た目以外姉さんに似たよなぁ」

「うわ、それは傷つくかも。あんなに私がさつじゃないし!」

「どうだろうなぁ。ま、とりあえずこれでもかけとけ」


 そう、俺は一つの魔法式を中空に描き出す。簡単な強化の魔法だった。ちゃんと素材に丹念に魔法を織り込み、ほぼ永続的な効果を持たせたものとは異なり、効果時間は1日弱の時限制。だが、とりあえずこのクエストをこなすまでには十分だろう。ジャージだろうが何だろうが、鎖帷子程度の防御力を持たせることができる。


「やっぱり後衛支援があるって、素敵だねー」


 にっと満面で笑ってみせるシアに、俺はため息をついた。


「とりあえず適当に支援いれるから、お前は自由に戦ってみせろよ、とりあえず癖とか掴みたいからさ」

「何だかプロっぽいねナオトおじさん」

「こう見えても元プロだよ」


 もう一度ため息ひとつ。後頭部をかきやって、俺はダンジョンの入り口へと向かった。


「とりあえずさっと片付けちまおうぜ。色々商店街で買い物できる時間も残しとかねぇと、昨日みたいな夕飯何日も嫌だろ」

「だねー。あ、おじさん、ダンジョン入る前にちゃんと神社お参りしないと!」

「……あいよ」


 別にお参りしないといけないというルールがあるわけではないのだ。

 ただ、魔法やら何やら、科学以外の力が台頭したこの新世界ショック後では、信心深さとかそういうものや、神様みたいに目には見えない存在の加護みたいなものも、重みが増したのは確かな気がする。

 古びた陶器の狐が、数知れず並ぶ格子のに覆われた拝殿の向こうに五円玉を投げ込んで、俺とシアはパンパンと手を打った。


「今日も無事にお仕事こなせますように!」


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