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003-冒険者ギルド

 夜を通して降り続いた雪も明け方には止み、雲一つ無い青空が広がっていた。

 雪の照り返しが、睡眠不足の目に眩しい。昨夜はお楽しみでしたね……なわけあるかい。一つ屋根の下、年頃の女の子が寝ていると思うと、微妙に緊張してしっかり眠れなかっただけだ。俺のメンタルは中高生レベルか。


「うわー、結構積もったね」


 真っ白に染まった雪面に所狭しと足跡を刻みつけてまわるシアのメンタルは小学生かな。


 久々の地元の朝は死ぬかと思うほど寒かった。マイナス10度になるのもざらな、山間の街。

 永遠に布団に潜っていたいところだったが、シアの手前あんまりだらしなくも暮らしていられない。ありもので朝食を済ませて家を出た。せめて暖かいものが飲みたいと味噌汁を作ったあたり、褒められてしかるべきなのでは。

 まずは何にせよ生活の糧。今日は冒険者ギルドに登録手続きをしに行くのだ。


「ほら行くぞ」

「はーい」


 いつまでも道ばたの空き地をぐるぐる回っているシアを促す。


「ナオトおじさん、ポケットに手つっこんで歩くのおっさんくさいからやめた方が良いよ。背中丸まってるのもおっさんくさい」


 並んで歩き出すなりそんなことを言われて、げんなりした。


「もうおっさんに片足突っ込んでるんだから仕方ねぇんだよ。あとナオトお兄さんな」

「なんか言ってることすごい矛盾してるんだけど……」

「細かいこと気にすんなって」

「おじさん、なんか会社辞めて自由になったね。前はもっとなんか小難しい感じだった気がしたんだけど」

「そうか?」


 そうかもしれない。責任を持たないといけない立場も無い、元同僚や上司と出くわす心配も無い地元という名の新天地。どこに暮らしたところでそのうちしがらみは出てくるものだけれど、今のうちはまだ俺は、確かに自由だった。


 思えば、こんな朝のさわやかな時間に出社時間におびえることも無くほっつき歩けるということも、自由の象徴のようだ。よーし寄り道してスタバでマック決めちゃうぞ(田舎には無い


「そういえば、シアは学校はいいのか?」

「うん? 大丈夫だよ、相変わらず行ってない」


 頭一つ分ぐらい低いところから、こちらを見上げて、ぐるぐるに巻いたマフラーの隙間からにししと笑う。

 新世界ショックから時をほとんど経ずして生まれたエルフとのハーフのシア。

 このあたりは、こちら側の人間も異世界出身の人も溶け合って、だいぶうまくやっているみたいだが、それでも最初のうちは、いざこざばかりだったことは想像に難くない。学校に通うハーフエルフなんてのも、その頃はシアぐらいのもので、それこそ色々あったらしい。


 そこで学校なんて行かなくたって良いと言い切ってしまうのが、うちの姉の凄いところだけどな……。学校ぐらいは普通に通った方が良いとか、不登校なんて体面がなんてみじんも考えないところばかりは素直に尊敬する。その上できっちり家でシアに教えるべき事は教えたことも。


――――一度も試してみないのは良くないけどね。合わないことを無理して続ける必要もないでしょ。


 そんなことを、こともなげに言ってのけた姉。


 こっちに帰ってくるたびにシアと遊んで、色々どうでもいい雑学を教えこんだ俺も、少しはその健やかな成長に貢献できて……いたのなら良いなと思う。


「無職と不登校、荒野を行くってか」

「タイトルの感性が昭和」

「うるせえよ」


 頭を掻きやった俺に、シアは楽しげに笑う。

 まぁいつまでも、住所不定無職では居られない。住所はとりあえず定まったので、何はともあれ、冒険者ギルドだ。




――――冒険者ギルド。


 それは冒険者のための互助組織である。

 新世界ショックで異世界と融合するとともに、各地に生まれたのがダンジョンだ。濃いマナが渦巻き、大規模な魔法を行使するのに必須の魔力源である魔石を採掘可能な鉱山。同時に魔力により変異した異形の魔物がひしめく、危険な場所。

 

 ダンジョンを攻略し、大小の魔石や、魔物由来の様々な素材を持ち帰り日銭を稼ぐ、その職業を人々は冒険者と呼んだ。


 魔法士も大きなくくりでは冒険者だ。東京では組織だって冒険者を雇い、大規模なダンジョン攻略のプロジェクトを実行する企業がいくつも存在していて、かくいう俺もそう言う企業に所属していた。

 

 田舎の方にもダンジョンは存在するものの、企業が組まれるほどでもなく。皆小遣い稼ぎ、副業アルバイト程度の感覚で個人で冒険者をやる人ばかりだ。

 そんな人達を支援する、まぁ一応役所の配下にはなるらしいのだが、地元の人の互助によって運営がなりたっている存在が、冒険者ギルドだった。


「ぼうけんしゃさんですかー?」


 民家を一回り大きくした程度の、木造の家屋。隅っこでストーブが風音を立てて燃える。

 シアが冒険者ギルドだという、窓口にくりくりした目で座るどう見ても子供の姿に、俺はあごに手をやった。


「……見た目はこんなだけど、中身は100歳越えのロリババアとか?」

「そんなわけないでしょ。おじさんいい加減現実と妄想の区別付けようよ」

「ついてるわい」


 大体ハーフエルフの姪からそんなことを言われて俺はどういう顔をすれば良いと言うの……ハーフエルフの姪がいるなら、ロリババアのギルド嬢居ても良くない?


「こんにちは、はなちゃん」

「シアお姉ちゃんこんにちはー!」

「たえお婆ちゃん居る?」

「お婆ちゃーん、お客さんー!」


 はなちゃんと言うらしい、おかっぱ頭のその子は、どたどたと賑やかに足音を響かせて奥の方に消えていく。


「あ゛ー、はいはい、冒険者さんね。何か御用かい。特に目新しいクエストも入ってないけどねぇ……」

 

 はなちゃんに伴われて、奥から顔を覗かせたのは、腰の曲がった婆さんだった。


「たえお婆ちゃん、こんにちは」

「あらシアちゃん。どうしたの、もってったクエストもう終わっちゃった?」

「ううん、今日は冒険者登録希望の人の付き添い」

「まぁ、そういうこと」


 そう言われて婆さんは俺のことにようやっと気付いたらしい。皺の奥から眼差しを向けられて、俺は会釈する。小さい頃、祖母さんが友達が多くて色んなお年寄りに遊んで貰った思い出。おかげで、お年寄りの前に出ると未だに子供のような気分になってしまう。


「シアちゃんの彼氏かい」

「違うよー、私のおじさん」

「あんれまぁ、エルフの旦那って割には、ちょっと残念な感じだねぇ」

「残念ながら、人間の方のおじさんなんだなー」

「おい」


 美男美女揃いのエルフと比べられるべくもないことはわかっているが、それでも正面切って残念と言われれば傷つく程度の繊細さは俺も持ち合わせている。


「お見合いの相談なら、婆ちゃんがいつでものってやるからよ」

「結構です……」

 

 だからそういう類いの哀れみは要らないから。居るよね。お見合い話が生きがいみたいな親戚のおばちゃん。この婆さん親戚でもなんでもないけどな。単なるギルド嬢(83)


「んじゃこの紙にな、名前と住所と簡単にスキルとか書いてくれればすぐ証明書だせるから。あんただいぶ長いことやっとるんじゃろ、いちいち細かいこと言う必要もないね?」

「ええ……どうも」


 普段は農家でも営んでいそうな婆さんだったけれど、視線を交わして手を軽く握られただけで、見抜かれてしまった。

 冒険者なんて、誰でもなれる。シアみたいに書類上は学生の身分でも、アルバイト感覚でダンジョンに潜れるぐらいだ。

 もちろん、ダンジョンの層ごとの危険度はギルドによって管理され、深い層に進むには資格が居る。企業なんかは入社試験で実力の具合を計られるものだが……こんなに簡単に実力を見て取られたのは初めてで、あっけに取られてしまった。


「たえお婆ちゃんは凄いんだよ、幾人もの冒険者を育て上げた名物ギルド嬢なんだよ」


 胸を張ってみせるシア。別にシアがえばることではないと思うけれど、ほんと人は見かけによらないものだ。


 名物ギルド嬢(83)


 できあがってきた冒険者票はちゃんと、熟練の経験を示すゴールドだった。

 仕事でやっていた時も冒険者票は持っては居たのだけど、会社証明のものだった。個人の資格で持つ冒険者票はまた別の感覚があって面映ゆい。



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