002―コタツ
「しっかし、これまともに生活するには結構手、入れないとだめだな」
「ほんとだねー、ちゃんと物件調べたの?」
「今時、なかなか地方の物件なんて、ちゃんとした情報は入ってこないからなぁ……とりあえず住めればいいやくらいの気で居た」
「もう、これならうちに住めば良かったのに、あれだけ誘ったのにさー」
「姉さんと今さら一緒に暮らすなんてぞっとしなかったんだよ……シアだけだってわかってればまた別の判断したかもしれないけどな」
「やっぱり私と二人暮らししたかったんじゃんー、おじさんのえっち」
「なんでじゃ」
何かあった時にと鞄に詰め込んできた保存食の類で、なんとも味気ない食事を済ませてから、とりあえず二人で家の中を見て回った。水道はとりあえず生きている。大家さんが気を遣ってくれたか、布団とコタツが備え付けられていたが、それ以外は基本的に何も無いに等しい。
「魔法で何とかすればいいじゃん」
こたつに両足というか半身を突っ込んで、シアが投げやりに言う。髪の間から覗く尖った耳も垂れ下がって、すっかりだらけモードだ。
「熱変換って相当マナ消費すんの。流石にそんな無駄遣いできねえよ」
かく言う俺の方も、腹は膨れて、なんだかんだで旅の疲れも出て、一人暮らしだったならこのまま寝入っているところ。こたつの中を覗けば、木組みの向こうで豆炭が赤々と熱を放っている。ほんとこたつは救い……今度大家さんにお礼言わないとな。
「ちょっとスカートの中見える!」
「あ。す、すまん」
言われて初めて、向こう側から投げ出された細くて綺麗な足を意識してしまった。慌てて顔をあげれば、むくれて、若干赤くなったシアの顔。
「ほら……こういうことあるから二人暮らしは良くないって言ったんだよ。ずっと一人暮らしだったからあんま気遣いできる気がしねえし……」
「今更なんだから、ちゃんとデリカシー身につけてね」
「努力する……」
どうにも、サラリーマンだったころのどんな仕事より難しい話な気がした。
「そういえばナオトおじさん、今更だけどさ」
「うん?」
「どうして、こっち帰ってこようなんて思ったの? 今まで聞きそびれちゃってた」
「ああ、それな……」
仕事を辞めてこっちに帰ると、姉さんとシアに告げたのはほんの数週間前のこと。それからも、手続きやら整理やらどたばたで、まだちゃんと話していなかったっけ。
「東京の方がよっぽど便利でさ。都民になんてなりたくてもなれない人いっぱいいるのに」
『新世界ショック』以降、日本地図の様子もひどく変わってしまった。
異世界との融合なんていうのは随分生やさしい表現だ。実質的には異世界との衝突に等しかった。この地球の上に、異世界の上物――――文化とか、人とか、建物とか、そういったものがのべつ幕なしに投げ込まれたというのが実情に近い。
異世界側にほとんど押しつぶされるようになってしまった場所も多々ある。長野県の中部から南部にかけては、異世界にあったらしいなんとかという国に丸ごと占拠される形になり、未だもって中がどうなっているのかわかっていない。
地図を描くなら、本当、群雄割拠の戦国時代に逆戻りといったところだ。そんな中で、奇跡的にほぼ被害が無く保たれ、ショック以前とそれほど変わらない便利な生活を送れる東京圏に憧れる人は多いと言う。
「辞めるってかっこつけたけど、本当のところは仕事に失敗してクビになってなー。とりあえず生活できるこっちに戻ってきたってだけだよ」
「あ、そうなんだ……なんか、ごめん」
「いや別にそんな気にしてないし」
本当に。むしろ、せいせいした、という気分が強いぐらいだった。
魔法、魔法士、魔法使い。
世界が変わる前は、誰だって一度ぐらいは憧れたことのあるだろうそんな職について、だけど、やっぱり会社組織の中でやっていくには色々あって。10年ちょっと、まぁ堪え性の無い俺が良く持った方と言って良いだろう。未練は無かった。
「ってか気使うなよ、らしくない」
バツが悪そうに目を伏せたシアに、なんだか申し訳ないくらいだった。
「らしくなくないし! シアちゃんは優しくて気遣いの出来る子なんだぞ」
コタツ越しにシアの頭をわしゃわしゃしてやる。細くて柔らかい髪は、絡むことも無く流れて、心地良い。
「子供扱いするなし!」
「シアは良い子だよ、昔っからな」
「だから子供扱いするなってー!」
そうは言われても、赤ん坊の頃から見てきた間柄だ。エルフの血の入ったシアの成長は普通の子供より速くて……びっくりすることはあっても、こう、なんだ、面倒見てやらないといけない相手っていう認識はなかなか変えることができない、思春期の子にとってはそんな態度は鬱陶しくて仕方無いだろうけど。一人前として認めるとかとはまた違う種類の事柄なのだ。
いつまでも俺がにこにこしていると、シアはふん、と鼻を鳴らして立ち上がった。
「あー、雪の中歩いて汚れたし、シャワーでも浴びたいなー。ナオトおじさん一緒に入る?」
「入るわけねぇだろ」
即答する俺を、シアは意味深な笑みと一緒に見下ろしてくる。
「ほんとにー? 私は別に良いんだけどな」
「入らねぇって!」
さっき背中越しに抱きつかれた感触を思い出して迷ったりはしていない、決して。それでも、きらきら星の輝くような大きな瞳でじっと見つめられると、ちょっとした気の迷いも見透かされそうで、ついつい目を逸らしてしまう。
「ふふ、やっぱりおじさん顔に出てかーわい」
一本とってやったとばかりに上機嫌に身を翻したシアの背中を、俺はげんなりして見やった。
何なの、子供扱いの仕返し? 最近の若い子怖いわ……大人をからかうんじゃありませんよ。直人お兄さんは女慣れしてないんだからね。あと、大学生ぐらいまでエルフの女の子とか大好きだったんだからね。だからといってどうすることもないけどな。
一つ屋根の下シャワーだの風呂だの、そんな青春ラブコメ用語満ちあふれた生活をしていては、くたびれた社会人は胸焼けしてしまう。やっぱり早急になんとかしないとなぁと思う。とりあえずまずは生活圏にちゃんと線引きするとかからかなぁ。洗濯物の取扱とかもちゃんとルール決めして、寝室は当たり前だけど分けて。朝起きたら布団に潜り込んできてる、とか絶対避けないと(ラブコメ脳
「ちょ、ちょっとおじさんーっ!?」
突然、遠くからシアの絶叫が聞こえて、俺は肩をふるわせた。
ばたばたと板張りの廊下を賑やかに駆けてくる足音、魔法灯の光の下、涙目になりながら、バスタオル一枚巻いただけのシアの姿に、俺は心底慌てて自分の目を覆った。
「あ、お前、ば、馬鹿服を着ろ!」
「だって、シャワーからお湯が出ない!」
「当たり前だ! 電気もねぇしボイラーも無いんだから、出るわけねえだろ! 服を着ろ!」
「き気付いてたんなら言ってよ! さささ寒い死んじゃうなんとかして!」
「服を着ろ!」
言葉まで震えるシアが流石に不憫で、俺は諦めてため息をついた。あられも無く晒された鎖骨とか、すらりと長い手足とか、今は気にしてる場合じゃ無い、むっちゃ気にしてるけど。
「ほんと熱変換クソ大変なんだぞ……」
お湯を沸かすなんて魔法式はストックが無い。コタツから遠く離れた浴室で俺自身もガタガタ震えながら、即席の魔法式を組んで、風呂に溜めた水をお湯に替えていく。明かりを灯した時とは比べものにならない量のマナを、姪御の風呂のためだけに浪費してしまって、申し訳なくなった。
「ごめんねー、おじさん。お代は私のバスタオル姿で」
「うるせえ」
出会って1日以内に風呂ハプニングイベントとか、ほんとラブコメ力の高い姪御だな!(ラノベ脳