#8 ワプル村の神童=悪魔憑きの少女。
◇太陽の気持ち良い収穫期の中頃、普段は穏やかな筈のこの小さな村において“空から落ちてきた謎の男によって村人が腕の骨を折られた”という事件は騒然となるには十分すぎる理由である。
但し、メルの背中には他の村人たちとは違った種類の汗が滲んでいた◇
「これを危害と言わずになんというのですか!!?」
ガリガリガリバーはワプルの中心で叫んだ。
その叫びの対象になっているのはテスタントと名乗る魔族のような見た目の男。
状況が理解出来ないといった様子で顎に手をやり、首を傾ると、なにやら少し考えこんだ後、特徴的な声でガリバーに答えた。
「すまぬが、私はこの者に危害を加えた覚えがない。しかし面倒事にはしたくありませんので、この者の腕は私が治すとしましょう……グラン・ヒール!」
テスタントが魔法を唱え終えると、髭おじちゃんの腕が緑の魔方陣に包まれてゆく。
――――。
変な方向を向いていた髭おじちゃんの腕が正しい方向に戻り、傷口まで綺麗に塞がった。
(『凄い!あんなに酷い骨折が一瞬で治っちまうなんて!』)
「うぉお!治ったべ!元通りさなったべさ!!あんがと!あんがと!んだども、ミルザさんどこさ行けねぐなっづまったか」
「これで私に敵意が無いと分かったでしょう?」
「ぁああ……奇跡……!僕は奇跡を見ました!貴方は素晴らしい人だ!聞きたいことがあると言ってましたね、何なりとお答えします!!」
ガリガリガリバーは興奮しながら返答しているが、ミルザが人を治癒するところを見たことが無いのかな。
というか先程まで疑っていた相手をこうも簡単に信用してしまうのだから、コイツの純粋度は世界に通用するレベルかもしれない。
(『メルも早くあんな回復魔法覚えてくれよな!ともかく髭おじちゃんの腕、治って良かったな』)
「(うん、凄かったね。私もあれくらいの怪我を治せるように頑張る!)」
俺が他人事のように言うと、メルがホッと胸を押さえながら小声で答えた。
やがて髭おじちゃんを囲んでやいのやいのと騒いでいた声が静まると、黙っていたテスタントがゆっくりと口を開いた。
「聞きたいことなのですが、実は先程もう見つけてしまいましてね。そこの小さき女の子よ、少し私と手合わせしていただきたい」
そう言いながらテスタントが指をさす。その指が向いた先に居るのは―――――。
「(やっぱり、私……だよねぇ……?)」
メルは“嫌な予感が当たった”という風に、自分を指さす。
「手合わせですと!?この子は確かに凄い才能を持っていますが、まだ七歳の女の子ですぞ!そんな子に手を出すなど黙って見てらいれる訳がありませぬじゃ!」
どこから湧いたのか、いつの間にか居た村長のジジイが叫ぶ。
「ふむ、それは困りますね。私としても主の命により来ている訳ですから」
テスタントはチラッと村長のジジイの方を見て一言呟き、またメルの方に視線を戻した。
その様子に、集まっていた大人達はどうしたもんかと困った様子で皆キョドキョドしている。
そんな周りの連中を見ていた俺は、野次馬の中にお馴染みの顔を見つけた。
を?集まっている連中の中にモルドーとエリスの姿も在るじゃないか。何やってんだあの二人、娘のピンチだぞ?
「ええっ、と……」
テスタントの誘いに、メルはどうしたら良いか分からずモジモジしている。
テスタントに姿を見られることの無い俺は、ふわふわと漂いながら困ったメルを助けるでもなく、余計な情報を耳打ちすることにした。
(『メル、左の方。モルドーとエリスがいるぞ』)
悪魔は場面など気にせずに、すぐに囁きたがるのだ。“自己中でも良いじゃない、悪魔だもの”である。
「(本当だ……!)」
メルも二人を見つけたようでボソッと呟く。すると、モルドーとエリスもその視線に気が付いたようだ。
堪らなく不安な様子のモルドーとは正反対に、隣に居るエリスからは心配してる様子が全く感じられない。
それどころか、運動会を見に来た親みたいなノリで手をブンブン回しているし、声は聞こえないけど、行けー!やっちゃえー!ぶっ◯◯せー!とか言いたそうにもの凄く笑顔だ。
「クスッ。(何あれ……普通は心配するよね。まったくもう、ふふ)」
(『まったくだ』)
文句を言いながらメルも少し楽しそうな顔をしており、その顔からは少し緊張感が取れていた。
「よしっ!」
一呼吸してテスタントに向かって歩き出したメル。なんだか分からんが、吹っ切れたみたいだな。
(『まぁ、これでも神童さんだからな。親 (特にエリス)からも信頼されてるって事だな、ククク』)
俺がそう言うと、メルはにやけて頷いた。
「くうっ、メル!皆の者、もしメルが危険になったら分かっておるな?」
村長のジジイはエリスの分までシリアスを演じているようだ。
「手合わせして頂けると判断しても良いのですね?」
「まず、理由をお聞かせ願えませんか?」
テスタントが目の前へと歩いてきたメルに問いかけると、メルも問いで返した。それに対し、テスタントは一瞬考えてから顎に手を当てて語りだした。
「分かりました。実は我が主はあなたが誕生した時から、今までずっとあなたに興味があったんですよ。
七年前、双竜星という物が現れましてね。それは長く生きている者にとって少し特別な出来事だったのです。
それの落ちた日、落ちた方向に生まれた子供は我が主君が臣下に命じて探させた限りではこの村のあなただけでしてね。
つまり、あなたが危険な存在なのかどうかを確かめる為に手合わせして頂きたいのですよ。
見たところ、小さな体の割りに大きな力を持っていそうですしね」
テスタントは嘘か真かは分からないがそれなりの理由を話した。
そして話が長えぇ!!話終わりに、もう一度聞きますか?《はい/いいえ》がありそうなくらい長ぇええ!
まぁ、理由を聞かせろと言ったのはこっちなんだから我慢してやるけどさ。
でも、自分のボスの名前は言わないように誤魔化してるし、どういう時にメルを危険な存在と判断するのかも言わないし……二十七点ってとこだな。
ただ、俺の判定とは裏腹にガリバーだけは納得したように何度も頷いている。
「えーっ……と、よく分かんないけど分かりました。やらなきゃ帰ってくれなさそうなので、やりましょう!」
メルは修行用の木刀をギュッと握りしめると体を落とし構えた。その姿に俺も何か惹かれるモノを感じる。
実戦というのは初めてなのに、なかなか度胸があるじゃないか。よし、初の実戦なんだ!俺も集中しよう!
♢
そう、初の実戦。メルにとって、ルベルアと対しているいつもの練習と違い実戦においてはルベルアの力を共有できると言うことだ。
といっても魔法は使用者が自ら作り上げたイメージで唱えるものであり、ルベルアの魔法はルベルアにしか使えないのであるが、メルの姿しか見えぬ相手にはそんな事は関係ない。
実際はメルと同時にルベルアも相手にするという事であり、戦闘力は大幅に跳ね上がるというわけだ。
♢
「では、お相手願おう!そこの髭のお方、開始の合図をお願いする!」
テスタントが武器も持たずに構えながら言うと、髭おじちゃんが頷いた。――――息を飲む村人達。
「だっぺ!!」
髭おじちゃんが合図を叫んだ!
「(ルアさん、相手の力量が分からないから少しずつお願い!)」
メルは他の連中に聞こえぬ様に言うと、素早く後ろに跳びテスタントから距離をとった。
(『任せとけ!とりあえず、身体強化、視覚強化!後は、武具強化!とりあえずこんなもんか?ヤバそうだったら早めに言ってくれ』)
メルの強化レベル壱といったところ。俺の声はメル以外には聞こえないので、相手からしたらメルが無詠唱で身体強化したことになる。ククク。こちとら悪魔だ、卑怯だなんて言うなよ!
けど、とりあえずは強化魔法だけにして様子を見ることにするか。手を貸しすぎてメルの実戦での成長に悪い影響を与えるのは良くないもんな。
身体能力が強化されたことを感じたメルが、今度は前方に全体重を乗せるとテスタントへと向かって跳び込んだ。
それを受けるテスタントは後ろへ下がったメルに急接近して蹴りを繰り出そうとしていたが、突っ込んできたメルを見て脚を出すのを止めた。
テスタントはそのまま身体を半分ひねり小さく後ろへ跳ぶと、メルの攻撃を受ける体勢をとった。
一瞬のうちにメルとテスタントの間で駆け引きが行われているのが分かる。
元冒険者である村長も、二人のスピードを目で追うのがやっとな様子だ。
村人に至っては速さを目で追いきれずに、何処を向けば良いのかさえ分からない。
うおお、コイツ、ポッと出のモブ野郎かと思ったら結構強そうじゃねぇか。
メルは分かりやすく突きの構えを見せ、テスタントの反応を見ると、首を狙った上段斬りからの中段斬り――と、フェイントを入れて木刀を振った。
透かさず突きを受け流す素振りを見せたテスタントだがフェイントに気付いたようで紙一重で頭を後ろに引き、上段斬りをかわすと、さらに後ろへ跳んで中段斬りも避けた。
「ほぉ、すでに中々のモノですね。剣の腕前もさる事ながら……あなた、まさかとは思いますが、無詠唱が使えますか?」
「はぁ、はぁ、んっ?む、無詠唱? 何の事でしょう……私は剣の方が得意ですので」
質問を挟むなんて余裕しゃくしゃくだな、メルは少し息が上がっている……でも、この程度ならまだ大丈夫かな?
メルの強さは知っているから心配するには早い気もするけど、テスタントはまだまだ本気じゃなさそうだし、一応聞いておこう。
(『もう少し強化しようか?それか、俺も攻撃に参加しようか?』)
「(ふぅ、まだ大丈夫。けど、この人の方が強いみたい。もし相手が本気出してきたらルアさんが守ってね)」
(『うーむ、さじ加減が難しいから、キツくなってきたら早めに教えてくれよ』)
「(わかった!)」
「まだイケるようですね、では!」
テスタントは先程より格段にスピードを上げて、メルの顔めがけて突きを放つ。
メルはその腕を木刀で払ったが、その隙をつかれて脇腹に蹴りを喰らってしまった。
「ケホッ!」
メルの小さな口からひとつ咳が出る。
その隙を逃すまいと、テスタントは小さな突きでメルの顔を狙った。
その突きは紙一重で避けることに成功したメルだが、避けた拍子にほんの少し足を縺れさせた。
あまりのスピードに村人達は時間が止まったかのように、先程までテスタントが居た場所を見続けている。
汚い手を使わぬ二人の攻防は見ている者達にとって称賛に価するだろう。が、汚い手を使ったわけでもないテスタントの攻撃に、傍観者である悪魔の腹は煮えくり返った。
この野郎!いきなりスピード上げて来やがって!しかもこんな小さな女の子相手に顔面狙いかよ、酷い真似しやがって!!
テスタントはさらにスピードを上げて、距離を取ろうとしているメルヘ、追い打ちの蹴りを繰り出す。
――チッ!
辛うじてそれを避けたメルだが、つま先が掠ったらしく、頬が少し切れうっすらと血が滲む。
それを見て、遂に俺の堪忍袋の緒が切れた。五百本くらい切れた。自分の声がテスタントには聞こえ無いということも忘れて言い放っていた。
(『この野郎、遊びは終わりだ!』)
◇その時、ルベルアの眼は怒りで黄色から赤へと変わっていた◇
(『身体強化!視覚強化!再生強化!限界突破!後の事は考えなくていい!やっちまえ、メル!』)
俺は絵本からヒントを得つつ、この七年で編み出した強化魔法の中でも、特に強力な魔法を連続詠唱した。
「ちょっ!ルアさん!?」
突然体が軽くなったメルは“わっ”となりながらも、地面を蹴り体勢を立て直すと、再び低く腰を落とし剣をかまえた。
ッッ――!瞬間放たれたテスタントの蹴りを、フワフワ飛ぶシャボン玉でも眺めるかのように横目で見ながら前に踏み込んだメルは、勢いを殺すことなくテスタントの胴体目掛けて木刀を一振りした!
バキィッ―――!
テスタントの横腹へ思い切り当たった木刀は先っぽが折れ―――折れた剣先は回転しながら飛んで行く。
木刀の剣先は離れて見ていた村人の間を縫って飛ぶと、やがて宿屋の壁を突き破った。
「ウッグハッ!」
――――ドォッオン…!!
まともにメルの攻撃を受けたテスタントは呻き声を上げ、身体をひしゃげたまま村の北西の防風林へと吹っ飛んだ。
「あっわわ!強すぎた!」
メルが心配そうにテスタントの元へ向かう。防風林の所で新たに舞い上がった砂埃を見た村人達の視線がやっと現状に追いつき 、ざわつきを始めた。
テスタントの元へ近づくと、口から血を流し地面に倒れたまま動かない。死んでしまったのだろうか……アーメン!
「ぐ……ハァ……私は…本当に木刀でやられたんですか……?」
おっと、生きてたか。
テスタントは苦しそうに体を持ち上げ、メルに尋ねた後、再びバッタリと倒れ、もう一度起き上がることは無く気絶してしまった。
(『木刀には違いないぞ!』)
魔法の効果で普通より固かったかもしれないけどな。テヘ。
「木刀……だったんですけど……。ちょっとやりすぎてしまいました。ごめんなさい!」
メルはそう言いながら “キッ!”と俺を睨んだ。
(『すまん、やりすぎちゃった!』)
怒ったメルも可愛いけど、とりあえず謝っておくか。
テスタントが魔族だろうが、これだけのダメージを負えばしばらくは起き上がれないだろ。
ちょっと手を貸しすぎたかも知れないが、メルの勝利だ!
「え……と、とりあえずトドメ、さしますね!」
そう言うとメルはギュッと唇を噛みしめ眼を瞑り、折れた木刀を高々と振り上げた!
―――えっ!?
俺の無いはずの心臓は飛び出て、そのまま宿屋の壁にめり込んだ!とかじゃなくて!トドメをさしていい相手なのか!?
そんな事を考える間もなく、メルは勢いよく木刀を振り下ろした。
アヒィーーー!
(『防壁陣!』)
――ギィン!
俺は咄嗟に魔法を唱え、寸前の所に張られた防壁魔法がメルの木刀を弾いた。
(『いきなりトドメとか刺しちゃらめぇぇぇぇえ!!』)
俺の心の叫びはメルの頭に響き渡った……。