#22 セカイの時差、邂逅シ。
◇◆◇覇王歴千三百九十一年―――エンドルゼア北東部◇◆◇
◇
そこには短い草の生い茂る草原と、所々に見える岩肌に囲まれ、簡素な木造の建物がポツポツと並ぶ小さな村“ハクヌカ”がある。とても小さな規模であるハクヌカの周りで白いドラゴンに乗った者達が一本角を生やした大型の鳥型モンスター、ホーンバードと戦闘していた。
「そっちに行った!素早いからよく狙え!」
小型の白竜に跨り、白黒の長い髪をなびかせるスラリとした女戦士は、逃げ惑うホーンバードを目で追いながら後ろに続く味方に指示を出す。
「任せてっ、リエル!右!」
戦士達はそれぞれが少しずつ見た目の違う白竜に乗りホーンバードと戦っているが、戦士達の中で唯一雰囲気の異なる少女が居る。その少女は巧みに自分の乗るドラゴンに指示を出しホーンバードを追い詰めて行く。
「たあっ!」
「ギィェェエエ――――!」
少女が剣を一振りするとホーンバードが断末魔の叫びをあげて地上へと落ちた。
「良くやった!今ので全てだ、ハクヌカに戻るぞ!」
スラリとした女戦士がドラゴンを翻し地上に見えている村へと向かうと、他の四体のドラゴンとそれに跨がる男女の戦士達もそれに続いた。モンスターの驚異から救われたハクヌカの村人達は戻ってきた戦士達を歓声で迎えた。
「天使の皆様!今回も本当にありがとうございました!」
集まる村人たちの中から一人歩みでたハクヌカの村長は礼を述べて戦士達に深々と頭を下げると、それに続き他の村人達も全員が頭を下げた。
「礼には及ばんさ、我々も食料や生活用品を沢山頂いているからな。今日狩ればまた数日は村の戦士達だけでも大丈夫だろ」
「そう言って頂きありがとうございます。さぁさ、簡易なものですが食事を用意しましたので食べていってくだされや!」
そう言うと村長は用意してあった食事を村人達に運ばせた。外に並べられたテーブルにはパンや肉、この辺りで取れる食用植物が彩りよく入れられたシチュー等、食べやすい物が並べられてゆく。
「みんな、ハクヌカ村からの厚意だ、喰おう」
ズラリと並んだご馳走に、スラリとした女戦士の端整な顔立ちが綻ぶ。その声に応じ、周りのドラゴン達が姿を変えてゆく、気付くとドラゴンは一体も居なくなり、九人の天使と一人の人族が食事を囲い、わいわいと喋り出した。
「アリエス様!私達の動き、どうでしたか?」
尋ねたのは人族の少女、その横では少女と同じくらいの歳に見える天使の女の子がパンを齧りながらソワソワと女戦士の返事を待っている。
「ああ、メルもリエルも良い動きだったよ。もう竜騎士を名乗っても良いんじゃないか?」
アリエスは頷きながらシチューを頬張っていたが、二人があまりにも期待の眼差しで見つめるので、仕方なしにスプーンを持つ手を置き、精一杯の笑顔で二人を褒めた。
「しかし、この辺りもすっかりモンスターが増えたもんだな」
男戦士の一人が行儀悪く食べカスを飛ばしながら言うと、もう一人の男戦士も「全く、迷惑な奴等だよ」と愚痴をこぼす。
「そうだな、五年前にツナウ山脈界隈に黒き鳥ノ王がやって来たのが原因だろうが、ハクヌカもワプルもすっかり鳥型のモンスターが増えちまって、鬱陶しいクソ共め」
言葉悪く文句を言うアリエスは不機嫌そうに眉をしかめ、シチューを睨み付けると一気に口へと掻き込んだ。初対面の者が聞いたなら、それこそ眉をしかめたかも知れないが、村人も戦士達も慣れた様子で「うん、うん」と相槌を打つ。
「ハクヌカだけでも二日に一回は来なきゃいけないのに、ワプル村の守りまでして下さって……。天使の皆には本当に感謝してます」
「何言ってるの。メルは私達の盟主なんだからそんな事気にしなくても良いんだよ」
食べる手を止め申し訳なさそうに皆の顔を見回すメルの言葉を聞き、隣に座っていたリエルが勢いよく立ち上がり、トンと自らの胸を叩いた。
「その通りだぞメル!お前が来てからというもの、何百年も暇そうにしていた我らが王も楽しそうなのだから気にするな!」
屈強な男戦士がリエルの言葉に同調すると、他の戦士達も「そうだそうだ」と笑い頷いた。そんな談笑の最中、猛スピードで向かってくる影にアリエスが気付き眼を細めた。
「あれは、テスタント様か?」
戦士達の間を割って降り立った大きな白いドラゴンも天使へと姿が変わり、それを見たハクヌカの村長は慌てて近寄り頭を下げた。
「これはこれは!テスタント様!よくぞおいで下さいました。浮遊城に送れる分の食糧はまだ少し足りてませんが、良ければ持っていって下さいませ」
「いや、村長。お気持ちはありがたいですが、食糧を頂きに来たわけでは無いのです」
村長に軽い会釈をし、戦士達の方を向いたテスタント。その顔は難しく、良い知らせでは無い事を戦士達が察するには充分であった。
「何かあったのですね?」
「はい、戦闘で疲れているであろう皆には悪いのですが、ワプル村に常駐していた戦士の一人が浮遊城へと大型モンスターが出たと知らせに来ましてね」
常駐の戦士達とは天使王ミハエル・カーライルの命を受け、ワプル村に滞在したままワルプ村を守っている天使達であり、その実力はアリエスを除き、ハクヌカで戦っていた戦士達より一つ上をいく者達である。
その常駐の戦士がわざわざ浮遊城まで知らせに行かなければならない程のモンスターとなれば、通常のモノでは無いという事が想像に難くなかった。
「我らが主と直属の兵士は知っての通り、浮遊城を離れられない。よって、皆にはワプル村への加勢に行って欲しいのです。一応、浮遊城に居た戦士達も数パーティは向かわせましたが」
特徴的な声で語るテスタントの表情は、行けば無事では済まないかもしれないと物語っている。その言葉に一番慌てたのはワプル村で生まれ育ったメルに他ならない。
「あ、あの!私は行きます!私だけでも行きます!」
「まぁ、待て、焦るな。みんな、腹一杯喰ったか?」
アリエスが硬めの干し肉を頬張りながら戦士達に声をかける。言葉とは裏腹にアリエスのパートナーである天使は既にドラゴンへと姿を変えており、準備は万端といった様子だ。
「おう!」
「いつでも行けるぜ?」
「まぁ、なんとかなるさ」
ムグムグと急ぎ、皿の物を口に運んでいた戦士達から、ワプル村に行く気満々な声が飛び交った。
「みんな……ありがとう!」
「お礼なんて要らないよ、メルの故郷をモンスターの好きにさせたらミハエル様に怒られるもん。それに私とメルはパートナーじゃん。ほら、行くよっ、ドラゴフォーム!」
リエルが早口気味にメルを捲し立てたのち魔法で竜へと姿を変え、メルが身軽に飛び乗った。
「リエル、お願い!」
その一声を受けワプル村へと向かい飛び始めたリエルドラゴン。
「よーし!みんな続け!」
アリエスの号令と共に南の空へと駆け出した戦士達を、ハクヌカの村人達は激励の言葉で見送った。
(待っててね!お父さん、お母さん!村のみんな!)
◇◆◇メルがハクヌカを飛び立つ少し前・エンドルゼア人界東部に位置する村・ワプル◇◆◇
「村人達は無事か!?」
ワプル村に常駐している天使の戦士達、そのリーダーであるガッシリとした体つきの男戦士・トマスが緊張した面持ちで味方の戦士に確かめる。
「村人達は無事だ。しかし、なんだこれは……。何が起こってるんだよ」
戦士の一人が目の前の光景を呆然と眺めながら言った。というのも、見たこともない化け物が現れ、その化け物の仕業により先程から止むこと無くモンスターの叫び声が響いているのだ。
「グエエェ!」
「ギェエエ!」
「クァアッ!」
いつも通りに、ワプル村の周りを飛び回るホウキ頭の鳥型のモンスター・ブルームヘッド達を狩っていた天使達。だが、二時間と少し前にここらでは見掛けない大型の異質なモンスターが現れたのだ。
その出現に呼応するかのように大量に集まってきた鳥型のモンスター達。異質なモンスターが現れた時、戦士達はついに黒き鳥ノ王が自ら襲ってきたのかと思った程だ。
「ギャャアア!」
「グルゥアア!」
「ガアアゥウ!」
しかし、けたたましい叫び声を上げて、また三体のモンスターが絶命した。そう、モンスター達が、死んだのだ。
その時、様子を伺う戦士達に向かって異質のモンスターが何かを口にした。
『キイエモイエカ……オアアラエンシソクオ……!』
大地の底で亡者が叫んでいるような、言葉なのか呻きなのかも分からない不気味な声で。
「消えてもらおうか、愚かな天使族よ……?」
トマスが異質な魔物の言葉をなんとか聞き取り繰り返す。
「やはり、こいつも敵なのか!まともな言葉を喋れないところを見ると知能は低そうだが、モンスターも俺達も無差別に殺すつもりみたいだな。どうする……?トマスさん」
戦士の一人が額に大粒の汗を浮かばせながら 小さな声で尋ねた。
「奴が何者だろうと逃げるわけには行かない!奴がこっちに攻撃を始めたら村人達だけでも守らねばならぬのだから!」
怖じ気付く戦士達に渇を入れるトマス。しかし、目の前に立ちはだかった困難により、トマス本人も流れる程の汗を滲ませている。
『オォオ……カヌイガァオオアジャハァ!』
「下等種族共は邪魔だ!って言ったよな?」
再び得体のしれない呻きを上げた異質のモンスターの言葉を必死に翻訳するトマス。この行為に意味があるとは思えないが、相手が相手なだけに僅かでも不安要素を減らそうと試みていたわけだ。しかし、不安は無くなるどころか増すばかりであった。
「本当かよ、だとすればいつ村を襲って来てもおかしくないぞ!応援はまだ来ないのか!?」
叫ぶ戦士は応援が向かってくるであろう北の空を見上げるが、そこには味方の影すら見えず途方の無い絶望感を覚える。
「仮に全速力で向かって来てたとしても、ここから知らせを向かわせた時間を考えると、まだ来ないだろう。皆、覚悟を決めろ!俺達は天使族のドラゴンナイトなのだから!」
怯える仲間を、そして自分自身を鼓舞するように言い放ったトマスが力強く剣を握りしめると、その声に合わせて竜化したパートナーに乗り武器を構えた戦士達。天使族のドラゴンナイトである誇りが震える手足を鎮め、トマスの力強い言葉が覚悟を決めさせたのだ。
「行くぞ!!」
「「「おおーっ!!」」」
勇ましく飛び出した戦士達が鳥型のモンスターの間を縫って異質のモンスターへと向かって行く。
「みんなぁーっ!大丈夫っ!?」
響いたのはメルの声。アリエス率いる戦士達はワプル常駐の戦士が注視していた場所より遥か上空から滑空するように駆けつけたのだ。応援が駆け付けたその瞬間、異質のモンスターが一段と大きな雄叫びをあげた。
『オオォオオオォォォオエルルゥ!!ダアアウハァウドォオ!!』
雄叫びと同時に異質のモンスターから黒い腕が伸び、数体残っていた鳥型のモンスターを全て握り潰し、攻撃を仕掛けようとしていた戦士達は突然の出来事に迂闊にもドラゴンの上で体勢を崩してしまった。
「しまっ……気を付けろ!次が来るぞ!!」
一際大きくゴツいドラゴンに乗ったトマスも体勢を崩し、立て直そうと必死な声を響かせたが、駆け付けたメルにはその声が届かなかったのか、止まることなく異質なモンスターへ突っ込んで行った。
「わぁぁぁあっ!!」
異質のモンスターを目の当たりにし、叫ぶメル。その声は戦士の雄叫びと呼ぶにはあまりにも明るい少女の声。タンッ――!リエルドラゴンの背を蹴り異質のモンスターへと飛びかかったメル。
長きに渡る戦闘の経験から、メルの特攻があまりに無謀で危険極まりない行いなのかを瞬時に理解したアリエスとトマスは時が止まれと願わずにはいられなかった。他の戦士達も、想像だにしなかった無防備な強襲を目の当たりにし、皆等しく息を飲んだ。
パフッ!
「「「んっ?」」」―――――――!?
皆が注目する中、メルは異質のモンスターに抱きついていた。
「「「えええええぇ―――――――っ!?」」」
息を飲んでいた戦士達は目玉が飛び出るほど驚き叫んだ。パートナーであるリエルドラゴンも心配そうに見つめる中、眼から落ちる大きな雫を隠す素振りも見せないメル。
「グスッ……!おかえり……ルアさんっ!!」
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