#17 今度こそ寝 ムリたい。
「どうして!?」
(『分からん! (ソプラノ)』)
俺の体に起こった非常事態の究明は後回しにし、メルと二人で天使達の安否確認を優先する事にしたわけだが、これが中々骨の折れる作業だった。
まぁ、俺に骨は無いんだが。
◇◆◇天使王との決着から十数分後◇◆◇
◇エランゲル北東に存在する、天使の住む島“浮遊城”その浮遊城から少し離れた地上に、寝転がる11人の天使の姿があり、その脇には小さな星降りでもあったかのように小さなクレーターができていた。
クレーターを覗くと“うんせこらせ”と動く女の子の姿があり、激しい戦いの衝撃により瓦礫に埋まった天使王をほじくり出そうと奮起していた◇
(『おいっちょ!おいっちょ!』)
「プハハッ!ルアさん、その声やめて!!」
(『仕方ないだりょ!』)
なぜメルが笑っているのかと言うと、戦いが終わり魔法を解いた俺は、魔力を使いすぎたらしく仔猫程の大きさになってしまった。
そこから更に、ドラゴン化が解けていなかった天使を元に戻す為“魔法解除”使った事で消しゴムのカス位の大きさまで縮まったのだ。
この状態の俺が声を出すと“とんでもなく高い声”であり、それが笑いのツボを刺激するようだ。
俺の声はメルだけに聞こえる思念みたいなモノなのに、何故そうなるのかは分からんが。まぁ、どうでも良いか!
(『むむむー!どんだけ埋まってんだコイチュ!!』)
◇一生懸命に働いている(風な雰囲気は出ている)ルベルアは豆粒みたいな小石をひとつ持ち上げると、ふわふわ飛び、30センチ程離れたところに小石を置き一息つく◇
(『ハァ、ハァ』)
もう二十回は岩を退かしてるのに、王の野郎全然出てこねぇぞ。
「プハハハッ!!ルアさん本当意味無いよね、それ。沢山空気吸ってみても元に戻れないの?」
すっかり元気を取り戻したメルは笑いながらもせっせと瓦礫を退かしている。今の俺には山みたいに巨大な岩石を片手でひょいと放り投げる化け物にしか見えないぞ。
(『何故か戻らないんだよ。空気を吸っても魔力にならないってことは、あの魔法を使うときにこの辺りの魔素を根こそぎ吸収しちゃったって事かな?』)
何度も試しているんだが、スゥゥー!………やはり変わらないか。
「あっ!王様の足が出てきた!今“ピクッ”って動いたから生きてるよね!?良かったー!」
(『それは良かったけど、また暴れたりしないよな……』)
頼むから暴れるなよ?この状態の俺じゃあ、暴れられたら王の鼻息だけで完敗する事間違い無しだろうからな。
「あっ!出たよ!王さまの脚!」
(『おお、本当だ。しゃーないから出してやるか』)
少しビクビクしながらもメルと俺は王を掘り出した! (掘り出したのは殆どメルだが)ピクリと動いた王は細く眼を開きジッとメルを見つめる。
「む……ぅ。人族の少女……?……う……余は生きていたか……」
ゲッ、意識あるんじゃん!頑丈モンスターか!空気読んで気絶しとけよ!!
「はい、他の皆さんも無事……えっと、生きています」
「そうか……すまなかったな……」
「……はい!」
王の言葉に何を感じたのか、メルはギュッと唇を噛み締め俯いた。俺的には“いまさら謝られても!”と言いたいが、メルは違う想いを抱いたようだ。さすがの俺も今のメルの顔を覗き見ようなどと野暮な事はすまい。
(『良かったなー、暴れなくて!後はどうやって上に戻るかだな』)
一度だけ軽く目を拭ったメルは、腕を組み足をトントンしながら考え始めた。
「うーん、今のルアさんじゃあ完全無理だし。とりあえずテスタントさんを回復して連れてってもらうとか?」
(『なるほど、それが一番可能性あるか。テチュタントなら起こしても戦闘にならないだろ』)
テスタントの方へ歩いていくメル、小さすぎる俺は移動中に行方不明になりかねないので、メルの肩に埃のようにくっ付き様子を窺う事にした。
テスタント等はいつまで気絶してるんだか。確かにアレはただの大声じゃなくて“魔力を乗せた衝撃波”みたいなもんだけど、そろそろ起きても良いだろ。
「テスタントさん、今回復させるからね!癒しの女神よ、我に奇跡の力を授けたまえ……ヒィーッ!!」
詠唱の途中に突然肩をビクッとさせるメル。肩にくっ付いていた俺は、その反動で悲しいくらいぶっ飛んだ。世界最小ロケットの打ち上げは成功したぞ。
(『メル、どうちたー!?』)
◇タンポポの綿毛のように飛ぶルベルアが心地よい緩やかな風に乗りフワフワと漂う。その眼下には、ポヨンポヨンと動く謎の物体が……◇
「モ、モモ、モンスター!ルアさ、あれ?ルアさん何処っ!?」
◇謎の生物に狼狽えるメル、気付かぬうちに大きなジェル状のモンスターが現れていたのだ◇
これは……スライム!?テスタントが少しスライムと重なっており、上半身の服がシュワシュワと溶けている。
……え?溶けるのこれ。確かにスライムと言えば服が溶けるのは定番かもしれないが、なぜ男の服を溶かすんだ!この無能モンスターが!!
しかし、ここに居る女の子は未発達の幼女一人、肝心のグラマラス美女が居ないではないか!まぁまぁデカいスライムだけど、どうにかして一匹持って帰ってミルザにでもぶつけてみるか。
◇綿毛のように飛んでいるルベルアが、不埒な事を考えている間にもスライムはシュワシュワしている◇
「あっ……あついっ……あっ!」
テスタントが変態みたいな声を出している。てか、お前もう気絶から目覚めてねぇ?
「嫌ー!!私が溶かされるのもヤダけど、皆の裸を見るのも嫌だー!!」
メルがテスタントを凝視しながら叫び、モルドーから貰ったショートソードをグッと握りしめた。
すると、殺気に反応したのか、スライムが突然メルを目標にして突進した。
「キャッ!!ホント、なんなの!」
メルは文句を言いつつも上に跳びスライムの突進を避け、跳び越えた際にスライムの上部を斬りつけた。
タンッ!――シュッッ!!――スタッ…!
流れるように斬りつけられたスライムは見る間に動きが鈍くなり、やがて動きを止めた。
ポヨ……シュワァァ……。
スライムは形を崩し、水溜まりのように地面に広がってゆく。
「えっ?これで倒したの!?……弱いっ!」
生まれて初めてのモンスターであるスライムを倒したメルだが、喜びよりも驚きの方が大きそうだ。ゲームでは時たま強いスライムも居たもんだが、コイツは弱かったみたいで良かったよ。
ポヨヨ!!ポヨン!ポヨッ!ポヨヨン!
「えー!一匹じゃなかったの!?」
クレーターの上に隠れていた四体のスライムがメルを挑発するように自由に動き回り、時折テスタントへとのしかかる。何故かスライムから交互にすり寄られるテスタントは上着が溶け、褐色の肌とこんがりした乳首が露となった。
「もうっ!!」――ヒュッ!
「なんで!」――ッスパッ!
「こんなこと!」――シュッッ!
「しなきゃなんないの!!」――シュパパッンッ!
◇スライムの間を縫うように駆け抜けたメルが瞬く間に四体を仕留めると、そこへピチャリと小さな音を立て、綿埃の様なルベルアがスライムの残骸の上に落ちてきた◇
(『しゅげーなー!メル!カッコ良かったジョ!!』)
スゥゥ――ッ。ん?俺の下半身が……大きくなっていく!!あっ、決して下ネタでは無いぞ!ってなに考えてんだ俺は。
スライムの残骸に接触した部分が大きくなっていき、それと並行して残骸が消えてゆく。
(『こ、これは。もしかして……スウウゥゥゥゥウウ!ズッ!ズッズズズッルッ!!……うおっぷ!』)
思い切り息を吸いこみ、スライムの残骸をも強引に飲み込んでみた。うーん、無味無臭だがテスタントの乳首をシュワシュワしていたスライムだと思うと少しやるせない気持ちになるな。
体がグググッと大きくなる感覚。よし!狙い通りだ!
(『うおー、戻ったぁ!助かったぞ、メル!』)
「わぁ!良かったぁー!これで安心だね!」
俺とメルは手を取り合って喜んだ。魔力の蓄積量はまだ全然足りない気がするが、コイツらを連れて浮遊城へ戻るくらいなら余裕だろう。
「じゃあ、お願い!」
キラキラした眼で俺を見つめるメル。それに応え、王とテスタント、10人の天使兵に実体化した影を絡ませてゆく。
(『よしっ!任せとけ!準備オーケーだ!行くぞメル!』)
「うんっ!」
俺は体の下の部分をバネのように変え、地面に踏ん張り力を溜めた。その力を開放し、上空へ向かって一気に飛び上がった!上空に……上空……上く……。
メルが氷のような眼で俺を見つめてくる。
(『ス、スマン!重くて無理だった!』)
魔力が全快じゃない俺はなんて不甲斐ない悪魔なんだ。結局、そのまま30分ほど時間をかけて俺達は浮遊城へと戻ってきた。
グッタリした王、気絶している兵士達。そんな彼らをふわふわと宙に浮かせながら飛んできた小さな女の子は浮遊城の住人達の目に随分と不気味な光景として映っただろう。
「すいませーん!だれか、王様達に治療をしてあげて下さい!」
メルの叫びに沢山の天使が集まって来て王達を医務室へと運んでいった。全員が連れていかれたのを確認し、くたくたに疲れた俺達は浮遊城・城下町の食事所 兼 宿屋の“ラミス亭”で一泊することにした。
(『はぁー、たった一日で色々ありすぎて、すっかり疲れちまったなぁ!』)
風呂上がりで髪を乾かしながら俺の愚痴を受けているメルも目を開けているのがやっとといった様子だ。
「そうだねぇー、今日はもう、寝よう……」
俺は普段なら眠らなくても問題ないんだが……今日は、眠……い。
◇◆◇翌朝◇◆◇
「メル様、起きてください!どうか城へお越し下さい!」
むにゃ、この特徴的な声は……、テスタントか?おっ、テスタントか!無事で何よりだ。
「ふぁ…ぁ。テスタントさん、おはようございます」
半ば強引に起こされ、宇宙の戦闘民族みたいな寝癖がついたメルは、そのまま城へと引っ張っていかれてしまった。
「メルさんをお連れしました!」
謁見の間の扉は王の所為で壊れたはずだが、元通りに直っており、部屋の中の兵士達や王も初め見たときと変わらぬ様子である。
「ふむ……昨晩はよく眠れたか?メルよ」
「は、はい!とおてもゆっ良くゆっくりと眠られまました!」
相変わらず緊張しているメル、一体何と言ったのだろう。
「であるか、それは良かった」
王は納得したように頷き、さらに言葉を続けた。
「して、お主は一体何者なのだ?」
やっぱり聞かれるよな……姿見られちゃったし。けど、改めて姿を見せれる程の魔力はまだ無いしなぁ、仕方ないからメルに答えてもらうか。今さら隠すよりはその方が良いだろ!
(『メル、悪いけど俺の代わりに説明してもらっても良いか?』)
こういう時、普通に会話できないというのはかなり不便だ。小さく頷いたメルの拳には、ギュッと力が入っている。
「わた」
「主よ!私はテスタントです!」
胸を張って一歩踏み出したテスタントは、とても凛々しい顔をして言い放った。この堂々さたるや俺も見習わなければいけないな。――じゃなくて!
「おお、テスタントか………………ハァ」
俺とメルは長い悪夢でも見ているのだろうか……って、いいかげんにしろ!!