#16 ミンナと寝ると寝付けなイから起きとく。
(『目覚めし悪魔伯爵!』)
詠唱完了と共に一瞬にして黒い霧が辺り一面に広がり、雷雲の如く空を闇に染めた。
「むっ、止まれテスタント!!皆も待て!!…………なんという魔力、これ程の魔力を隠していたとは!小娘の分際で小癪な!」
◇突撃を止め兵を制止した王は黒い霧を払おうと力任せに剣を振った。しかし霧は払われる事無く、その中心へと吸い寄せられるように集まって行き、やがて禍々しいルベルアの姿を映し出した。
王と一団は突如現れた黒き化物を見上げ絶句、大きな王より遥かに巨大な黒い影、頭には二本の鋭い角、丸く光る不気味な赤い瞳。如何にも強靭そうな腕の先には狼のように鋭い爪が黒い光沢を見せ、その体の下側は鋭い牙を持つ大蛇の影となっている。
その姿に十体のドラゴン達は後退りし、王でさえ一瞬呆気にとられ剣を構える腕が下がり、それは戦士達の動揺に拍車をかけた。その上、追い討ちをかけるようにルベルアから腹の奥を震わせる程の不気味な声が響き渡った◇
『その反応、ここまでしてやっと俺の姿が見える訳か。四年前じゃ、こんなに多くの魔力は使わなかったからな』
実際の所、俺は少し嬉しかった。今まで何を試しても誰にも声や姿が伝えられなかったというのに、こうして姿が見え声を聞いている者達が居る事が。状況が違ったなら抱きついて涙していたかもしれない。
「おのれ化物め!幻魔族……やはりな、それが貴様の正体か!!我が積年の恨み、今こそ晴らそうぞ!」
周りのドラゴン兵とは違い王の戦意は失われる様子がなく、剣を握り直すと、切っ先を真っ直ぐ俺へと向ける。
『なんでお前に恨まれなきゃならねぇんだ、俺もメルも生まれて七年しか経ってないってのに、大昔から生きてる奴に恨まれる筋合いなんて無いんだよ!やられっぱなしは癪だし折角だから相手はしてやるけどよ!』
悪いがお前の機動力の弱点は知ってるんだよ。
「舐めるなよ化物め!」
王はテスタントドラゴンを巧みに操り俺の右後ろに回り込んだが、俺は既に視覚強化済み、難なくそれを眼で追っ――!?光!?
太陽を背にして回り込んでいた王、逆光により俺の反応が僅かに遅れ、その隙に上段に構えていた剣を一気に振り下ろした。
避けるのは間に合わないが、避けるまでも無い!
『オオオォォォオオウウゥゥゥウオオオウ!!』
雷鳴の倍程の大きさの咆哮、音の衝撃で王の体は仰け反り、空気は激しく振動、それと共にテスタントドラゴンの耳からは血が流れ大きくふらつく。
テスタントドラゴンと違い聴覚がそれほど高くないドラゴン兵でさえ意識が薄れ落下しかけた者も多い。バランスを崩した王は矢庭に体勢を立て直したが、その僅かな隙を突いて急接近した俺は、大きな手を広げ、爪を立てた両手で王を挟み潰した。
――ガッギィインッ!!
鈍い音を響かせ、火花を散らす爪と剣。
ギギ……ギチ……ギ……!
力と力が拮抗し、実に不快な音を立てた。巨大な両爪を剣を横にし辛うじて受けている王だが、かけ続けられる圧力に、その状態を抜け出せない。そこを影の大蛇で狙い飛び付かせる。
剣を塞がれている王は迫る影の大蛇を一蹴、その勢いを利用し後ろへ跳躍したが、跳躍した先に足場が無い事を考えていなかったようだ。
「むっ!!しまっ!!」
後ろへ跳んだ王の動きに意識が朦朧としているテスタントドラゴンはついていけず、霞む意識の中で王を眼で追うのがやっとの様子だ。ここで狙わない訳にはいかねぇよな!
『オォォォオオオオオオアアアウウゥゥ!!』
俺が再び容赦のない咆哮を上げ、衝撃波となった声がドラゴン化した天使達を襲う。
意識の回復しきる前に、直接三半規管を揺らされたドラゴン兵達は完全に戦意を失い上空からフラフラと落ちて始め、とうとうテスタントドラゴンも重力に抗う事無が出来なくなり落下を始めた。
耳が良すぎるのも考えものだな……テスタント、お前は以外と良い奴だったよ。ってあれ?あいつ、あのまま落ちたら死ぬのか?死なれるのは困るけど、今は王を倒すことに集中だ。
――ギッ!ギィィン!火花の代わりに魔力が散る。
落ち行く王を双頭に変化した影の大蛇に追撃させたのだが、あと一歩というところで、巧みに捌かれる剣に阻まれ王には届かなかった。
「くぅああ、まだまだ!!……ドラゴフォーム!」
双頭の大蛇を弾いた王が魔法を唱え、光を纏う。
やっぱり王も竜化を使えるのか!!
光が収束し、ドラゴンではなく人型のまま背中に翼を生やした王が姿を現した。
影の大蛇の攻撃はこの間も続いていたが、王は翼を捻らせ、その反動で影の大蛇の攻撃を避けると、そのまま体を回転させ、下から振り上げた剣でもう一本の大蛇の頭を切り落とした。
「ゼェ……ゼェ……魔族めが!お前を終わらせてやろう!」
先程までは息切れ一つ無かった王が、呼吸を苦しそうにしている。
ん?もしかして魔法を使ったせいなのか?メルと同じく剣士特化で魔法が苦手なのかな。どうであれ、俺としてはこの好機を逃す訳にはいかない。
『メルを泣かせた分、返させてもらうぞ!』
俺の感情に呼応しているのか、両眼に熱い魔力がみなぎってくる。しかし、高ぶる俺の魔力に対抗するように王も音を立て軋むほど体に力を溜め始めている。
「余の期待に応えよ、神器・選定ノ剣!」
王は詠唱しながら力強く羽ばたき更なる上空へ舞い上がり、光りを放つ剣の切っ先を俺に向けると同時に急降下した。そのスピードが音速の壁を破り“ッパァン!”と音を立てる。
だが、俺は王が急降下を始めるよりも少し早く、魔力を爆発させている、《アウォーク・アモン》の真骨頂を見せてやるよ!
『刻の悪戯!』
魔法詠唱を終える頃には、王の剣は既に俺の額の真ん中を捉えていた。額に突き刺さる刃が放っている光の輝きを増しながら頭の深くへとめり込んでゆく。
「フハハ!討ち取っ――」
王の剣が俺の頭を貫通するかと思えた刹那、爆発させていた魔力は黒い影となり広範囲に広がり、辺りは闇に包まれた。
「――っ取ち討!ハハフ」
その広がった闇は再び収束を始め、額に剣が突き刺さった筈の俺は拳を構えた状態で王の頭上に現れる事に成功。王からすれば刹那の出来事、気付かれる筈もなく、俺は巨大な拳を動きが止まったままの王へと渾身の力で繰り出した。
ッッドッオォォッン!!頭の中が一瞬真っ白になるくらいの轟音。まともに入った攻撃。
「!!―――っガッふっ!!」
堪らず王の口から多量の血が吐き出されたが、それでも尚、俺は王の全身にめり込ませた巨大な拳を振り抜いた。
キュンッッ!!――――ドッッガァッッン!
無防備に受けた攻撃に対処する術もなく、とてつもないスピードのまま地上へと落下し叩きつけられた王、拳に残った手応えで俺は勝利を確信した。
「ルアさん!」
『おっ、もう大丈夫か?』
「ルアさん!私の我が儘だけど、テスタントさん達を助けられないかな!?」
――ッ!確かに死なれたら後味が悪い、テスタント達が落ちはじめて一分近く過ぎたか?だが、ここは雲よりも浮遊城よりも高い位置だ、まだなんとかる!
『行くぞ、メル!衝撃に備えてくれよ、防壁陣!』
出した防壁陣に、バネのように丸めて力をためた影の大蛇を押し当て、次の瞬間にその力を解放。
ヒュアッッ!ッパァン!!空気の壁を破る感覚。速さと衝撃は想像を絶する筈なのだが、防御力のお陰なのか想像よりもずっと簡単に音速を越えた。
ドラゴン達はふらふらと落下していたが、俺はそれを追い越しあっという間に地面を捉える。王の姿は見えないが、下に出来たクレーターがそうだろう。
俺は大地にぶつかる前に急停止したが風圧で砂埃が巻き上がる。大蛇で起こした風圧でそれを吹き飛ばし、急ぎ落ちてくるドラゴン達に標準を合わせた。
『影の大蛇よ!ドラゴン共を喰い千切れ!!』
じゃなかった!!
『影の大蛇よ!ドラゴン共を受け止めろ!!』
俺から一斉に十数本の影の大蛇が飛び出すと、何体かのドラゴンを咥えて、何体かは絡ませて、無事に地上へ降ろすことに成功した。
ふぅぅ、これでひとまず安心か。王様は分からんけど、アイツは丈夫そうだから多分大丈夫だろ。
「あの、ルアさん……」
『あ、おお。もう出しても大丈夫だよな、スマン スマン』
メルの奴、少し眼が腫れぼったいけど気にしなくとも良さそうかな……とにかく無事で良かった。
「ルアさん……」
『ん?』
「……ありがとう」
俺の事をギュッと抱きしめたメルは色々な思いを、精一杯の笑顔に変えて見せてくれた。
『………!ぅ…………おう!!』
危ない、グッと来た!まぁ、涙無いんだが。っと、魔力無限さんの俺とていつまでもこの姿じゃちょっとキモいか。
『メル、元に戻るから少し離れてくれ』
「うん!」
『魔法解除!』
ボアッッ――!
◇黒い霧が辺りに散り行き、巨大な黒い悪魔は姿を消した。だが、メルは霧が消えた後の違和感に気付きキョロキョロと周りを見渡した◇
ふぅいいー、疲れた疲れたー!気分的に!
(『さて、メル。とりあえずみんなを連れて浮遊城に行こうか!』)
ん?いつもより高い声が出るぞ?気のせいかな?メルが俺の方を見て“ビーバー”みたいな顔をしているが、どしたん?
「わぁーー!ルアさん!ええーっ!」
(『どうちた!メル!』)
何処かから、ヘリウムガスを吸った変態みたいな声がする。って……ん?まさか俺の声か!?
「ルアさんが!小さくなっちゃったーーーーー!!」
(『えーーーーーーーーーーーーーっ!!(ソプラノ)』)